第41話逃げ足の速い人大募集!

ミュンヘン、ハイデルベルク、フランクフルト、ハンブルク、

デュッセルドルフ、この5つのユースの窓口脇掲示板に

あまり目立たぬよう張り紙を出した。


『1ヶ月で1000ドル稼げます。逃げ足の速いファイトマン

募集!針金細工の路上販売。全西ドイツ各地。面接、11月

20日12時デュッセルドルフのユース前にて』


全部日本語だ。11月20日まで掲示しておくように窓口で頼む。

「何が書いてあるんだい?」

「1000ドルのラッキーレターだ。11月20日までよろしく」

「OK!]


オオツキがコペンから2人連れて来ることになっていたから、

あと5人は欲しいところだ。


11月中旬、デュッセルドルフにオオツキたちがやってきた。

新人の一人はオガワというクールな男で、黒のタートルネックに

サングラス、ブラウンの革ジャン。低音であまりしゃべらない。


もう一人は京都出身のなよなよっとした大柄な見るからにボンボン。

2人とも一応ファイトだけは満々だ。他の面接を5日後に控え、

この2人をまず特訓しなければ。特訓はすぐに始まった。


「ビッテシェーン。ツェーンマルク。

ダンケシェーン。ツェーンマルク」


大声で何度も繰り返し、模擬販売から逃げる練習。ユース脇に

人垣ができてきて、これはもう早く現場へ出たほうが良い。

夕方から早速アルトに出す。


ドイツ人とフランス人との間にオサムとオオツキと並んで出す。

まだまだ売れるデュッセルドルフ。毎度おなじみポリツァイも来た。

パタパタパタのパフォーマンスも健在だが、とにかく店が増え


すぎて、あちこち反対側の角にまで出している。二人は次の日は

もう一人前の販売。三日目にはベテランの顔付きになっていた。


「どうもボンボンが逃げ遅れそうやな。つかまったらつかまった

時のことや。マニュアルをしっかり暗誦してすぐ釈放されなあかんで」


オサムは2人に念を押した。


さあ11月20日の面接当日になった。

ユースの入り口脇に『針金販売面接会場こちら→』

と日本語で書いたパネルを置かせてもらう。


面接会場は石松達がいつも製作をしていた右サイドの軒下だ。

長テーブルをひとつ置いて椅子を2人分、軒下に5人が座った。

11時半準備完了。誰も来ない。”逃げ足の速い”がまずかったかな?


それでも1ヶ月1000ドルは破格だ。ちょっとやばそうだけど

針金細工の路上販売ということでそれなりに想像は着くと思うのだが。

やはり面接に来るものはそれ相応気合が入ってなければ来れない。


12時を回った。やはり誰も来ない。パネルを見てこようかとオサムが

ユースの入り口に向かうと、3人ほどがパネルを見ている。


「面接?」

「ええ、受付どこでしょうか?」

「受付なし。そこで面接やってます。どうぞ」


3人の若者を案内してオオツキ達の待つテーブルにつれてきた。

オオツキさんが面接の主任で両脇がオガワとボンボンだ。

オサムとマメタンはちょっと離れて同じ軒下に座っている。


パネルの前に山男風の二人の若者が来た。こちらへ手招きし

オサムの横に座らせる。オオツキさんの説明にじっと聞き耳を立てる。


「いつ来たの?英語独語片言でもできますか?ま、特訓しますから

何とかなります。少しやばいですよ。実は・・・・・」


3人の若者の顔は真剣になってオオツキさんの説明を聞いている。

5分ほどの説明で、


「・・・ではその気になったら夕方5時にもう一度ここにきてください」


3人と入れ代わりに山男風の2人が立った。すでに次々と若者が増えて

なんとなく忙しくなってきた。ほとんどが着いて間なしの短髪の学生だ。

一人あるいは二人連れで3時ごろまでに20人ほどを面接した。


人が途切れてパネルをはずす。オオツキさんご苦労さん。


「さあ、5時に何人戻ってくるやろか?」

夕方の5時には10人が戻ってきた。大金を扱うので

みんなの意見を取り入れてさらに信用できそうな次の

5人に決定した。早稲田の山男。名古屋のひょうきん。


大阪のもじゃもじゃ。イスラエル帰りのイスラエル。

それに俳優志望の映画俳優。この新人5人を引き連れて

ユース前のバーへ。ここで初めて自己紹介をし、オサム


は再びカリスマになった。黒ビールで乾杯。極秘

マニュアルを各人に渡す。オオツキさんが、


「今晩中に丸暗記して置くように。明朝9時より

ライン河畔にて特別訓練を開始します。以上、解散」


オサムたちは解散後マンツーマンの組み合わせを決めた。

山男にマメタン。ひょうきんにオサム。もじゃもじゃに

オオツキ。イスラエルにオガワ。映画俳優にボンボン。


もじゃもじゃ大槻組は大阪人同士で漫才のようだ。早稲田

の山男は呑み込みも早くとても安心できる。名古屋の

ひょうきんは技術屋タイプ。くせがあるのはイスラエル。


旅慣れしてて頑固なところがある。熊本の出身だ。

映画俳優は京都生まれの美少年。身のこなしも優雅で

あか抜けている。ボンボンといいコンビだ。


午後からは模擬販売と逃げる練習。何度も繰り返し

だんだんと真剣みを帯びてきた。夜は本番だ。

ユースで夕食。緊張して皆食が進まない。


「ええやんか。つかまったらつかまった時のことや」


オオツキさんが何とかなごまそうとする。マメタンが、


「イミグレだけは行ったら駄目よ。とにかく謝って勘弁して

もらうことね。商品は自分の物だから必ず返してもらうこと」


経験者の言葉は重かった。外は真っ暗だ。緊張が高まってくる。


アルトのいつもの場所に昨晩同様ずらりと5人分のスペースが並ぶ。

いつものドイツ人に今日だけと耳打ちをして一番角をオサムが取った。

販売しながら常に十字路向かいの路地奥を見つめている。


各パートナー、始めは客の側に立っていた新人達ももう内側に入って

忙しく手伝っている。乱れ飛ぶお札とケッテとビニール袋。ならべる

暇もないほどの宴たけなわ、やはり来た。ブルーのライトがちらりと見えた。


「ポリツァイ!」


と叫んでオサムはベッチンをまたいで四隅を掴みすばやく持ち上げて

カバンにしまう。皆一斉にパタパタパタとしまっていく。実に鮮やかだ。

ワーゲンがのろのろと現れて去っていく。手ごたえは十分だ。


2時間ほどで各ペア5万円の売り上げだ。新人は皆興奮していたが、

面接で選りすぐり、今日の特訓のかいがあって大いにやる気満々。

どうだ!悪くても1ヶ月で1000ドルは稼げるってことだ!

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