第25話ついに取ったり一番角
冬のアルトは日暮れが早い。場所取りは日暮れから始まる。
12月にはいると夕方4時半ごろから場所取りだ。あまり早
く行ってもまるで雰囲気が合わず。すぐポリスに通報される。
日が暮れて雰囲気ががらっと変わりどの店も忙しくなりかかる
直前がベストなのだ。一番角は常連のドイツ人3人のうちの一人
が必ず取る。両脇にイタリアンヒッピーとフレンチヒッピーが
定番なのだが、時々誰もいないことがある。縁日や石松がそれに
並び、あと入れ代わり立ち代りオランダやイタリア系フレンチや
アラブ系等全部で十数軒が並ぶ。金都の夫婦も顔なじみになって
きてすこしずつ一番角に近づいてきた。常連のドイツ人たちは古
くからのヒッピーらしく、マリファナ狂で作品も今ひとつだ。
なんどもつかまってはすぐに戻ってくる。ここは自国なのだ。
イタリア人は何人かいたが作品も販売パフォーマンスもとにかく派
手だ。可愛い子が来ると商売よりナンパが優先らしく、さっさと店
をたたんでディスコへ行くようだ。かなりいい加減で常連はいない。
キプロスという好青年がいて、彼はすぐいなくなったが、実にすば
らしい作品を作っていた。後日彼の作品のひとつをさらに改良して
超ヒットのベストセラー”太陽”が誕生する。
さて問題なのは、アラブとイスラエル。とにかくいつももめていた。
それがこうじてクリスマスの夜に大乱闘事件がアルトで起こるのだ。
これは新聞にもでかでかと載った。
デュッセルドルフの針金師は少しずつだが着実に増えてきて、
その国際色の豊かさと作品群のすばらしさとで
アルトの名物になってきた。
南フランスから来たおとなしい少女が時々小石のペインティングを
売っていた。ユースに泊まって一人こつこつとペイントをしている。
名前をパフという。彼氏はいないみたいだ。ある時朝目覚めてみる
と彼氏はベッドから消えていてそれっきり帰ってこなかったそうだ。
ヒッピー仲間の女性はこのパフとマメタンくらいだったので、時々
ホテルにも泊まりに来た。ダンボールで一杯の狭い部屋で二人は
おとぎ話をするようにぽつぽつとおしゃべりをしていた。この頃は
日本人グループは3つあって。石松縁日金都の夫婦組とよれよれ
ジャガー、日本館組。それにベルリン獣医組だ。
よれよれは刑務所から出てきてアルトに復活した。ある晩、一番角
をよれよれが取っていた。ドイツ人とは古株同士で顔なじみなのだ。
挨拶がてらその作品をまじまじと見つめたが、縁日のほうが上だ。
その日、日が暮れてしばらくして、さあこれからだという時に、その
よれよれが我々の布の上を跳び走って「ポリスや!」と叫んで消えた。
すぐにたたんで待つことしばし、確かにポリスカーはいつものように
来はしたが、緊迫感もなくのろのろと去っていった。刑務所帰りの彼
にはポリスカーの青ランプがよほど恐怖に見えたのだろう。
ベルリンと獣医はベルリンヒッピーの流れでいやな二人だった。かっ
てに5マルクに値下げしたりして皆からひんしゅくものだった。
どこにでも必ずいるなこんなやつ。
ある晩、気が付いたら十字路にパトカー、
いつものワーゲンパトがさりげなく止ま
っているではないか。大急ぎでたたんだ
が間に合わなかった。近くに止まっていた
車の下に放り込んだかばん、よせばいいの
に誰かがポリスに指差している。石畳の
向こうでじっと見つめていると、とうとう
しゃがみ込んでかばんを持って行かれてし
まった。さあどうしよう?よれよれの話では
罰金を払わなかったら刑務所行きだそうだ。
初めてならそうきつくはない、せいぜい100
マルクくらいだろうとのこと。
オサムはポリスを追いかけて警察署まで行く
ことにした。現行犯で何人かが捕まっている。
駐車場から取調室に行くまでの間にあのワー
ゲンパトを見つけた。助手席に我がかばんを
見つけた。作品と布がはみ出したままポンと
置かれている。脇にいた若いポリスマンに、
「これはわたしのだ。返してくれ」
とまじめな顔をしていったら。
「あいよ」
という感じですぐに返してくれた。
両手でかばんを受け取ると、すぐさま、
オサムは足早にその場を去った。
今晩何故そうなったのかよく考えてみよう。
今日の一番角はあのマリファナドイツ人で、
その彼が見張りを怠ったのが原因なのだ。
それだけ一番かどの見張りの責任は重い。
なんということだ!次の日、石松や縁日と
相談してオサムは一番角を取る決心をした。
夕方かなり早めに一番かどの上にかばんを
置いて、常連が来るのを待った。
「いつも向こうの角を見ている。パッと
パトカーの青いランプが見えたら、ただちに
たたんですぐ逃げる。一番かどの使命は最
重要だ。君の昨夜のミスは許されない。私の
目はカメレオン、いつも片方の目は向こうの
角を見張っている」
とまくし立てるオサムの剣幕に常連のドイツ
人たちは皆納得してくれた。そしてついに、
オサムはアルトの一番角を取った。
オサムは深呼吸をして一番角に大きく布を広げた。
向こう角が奥までよく見える。販売しながらいつも
向かい角の奥を見張っている。なかなか大変だ。
責任重大。そしてその日もついに来たーっ!
青ランプが奥の暗がりに見える。まちがいない
パトカーだ。右隣のドイツ人にまず合図をして
「ポリツァイ!」
と叫んで1秒でたたむ。パタパタパタと最後の
一人がたたみ終えた頃、ワーゲンパトが現れた。
絶妙のタイミングだ。パトカーが去ってもすぐ
には広げない。オサムが広げるのを待って皆、
パタパタパタと再び広げだした。これはなかなか
骨が折れる、大変だぞ一番角は。
それから毎晩一番角を取った。
ある晩再び広げてすぐまたパトカーが現れた。
オサムは直ちに合図してすぐにしまった。すば
らしいタイミングでのダブルパフォーマンス。
観衆からは大喝采だった。無遅刻無欠勤、一番角
の金都の夫婦はまたまたカリスマになってきた。
スタイルも全く去年のジーザスクライストだ。
稼ぐぞ今年は!マメタンに一大旅行をプレゼントだ。
さらに製作に拍車がかかってきた。
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