第15話マルメの別れ
職安にはなぜかアラブ系とトルコ系が多かった。
書類に書き込む。スベンスカランデ(スウェーデン語
できる人)がほとんど。ほかでも探す。
中央駅の近くにあるブルーハウス。ユースのチャップマン。
ガムラスタン(旧市外)のディスコ”ホワイトシープ”。
いろいろと情報を探る。ユースで知り合ったアメリカ
渡りが加わって4人で探す。オゾネは造園の技術を
生かして郊外の牧場へすぐに決まった。レストランに
欠員1名、先輩ずらしてアメリカ渡りに譲った。
やはりマメタンが決まらないと、オサムはその後だ。
この数日間の間に夏季労働協約というものが急遽締結され、
工場の期間労働者は全てアラブ系とトルコ系とに独占されて
あぶれたアラブとトルコに我々日本旅行者とが入り乱れて
仕事の奪い合いになった。カフェテリアもレストランも、
もう手遅れだった。歩き疲れて港にたたずむ二人。
オサムは意を決してマメタンに言った。
「俺にはまだ農場も土方もある。君はワーパミを持っている
んだからコペンに戻ったほうがいいのでは?」
ヒッチハイクでマルメまで送っていくからコペンに帰りな。
幸い東京館からは是非帰って来いという返事みたいだし。
しかし、それでも彼女は帰るのをためらった。
それにはやはり訳があったのだ。マメタンは静かに話し始めた。
”時には母のないこのように”、カルメンまきの透き通った
声が遠くに流れていくようだった。
その男は佐藤武というそうだ。講道館柔道五段。
欧州に柔道を広めるべく日本代表としてコペンに派遣された。
世界柔道界のプリンス。もちろんパトロンやスポンサーが
かなりいて、その女性パトロンとマメタンとが人目も
はばからず派手に遣り合っていたのだ。佐藤はこれまた
相当のプレイボーイで他にもその手の話には事欠かなかった。
ところが今佐藤は日本に帰国中ということで、そこはそれ、一度
決着をつけて身を退いたが、悪く言えば負けて逃げ出したのに、
おめおめコペンへ帰れるか、ということだったようだ。
しかし今となっては、このピンチの中では、コペンへ戻るのが
一番だ。恥を忍んで東京館へ戻ろう。そうマメタンは決意した。
「はよコペンへかえり。ヒッチでマルメまで送っていくから」
二人ともなんとなく気が重い。口数も少なく元気が出ない。
負け戦だ。とにかくマメタンをコペンに返してすぐにストック
へ戻り必死で仕事を探そう、オサムもそう決めた。
さいわいヒッチハイクで乗っけてくれたご夫婦がとても良い人
たちでやっと少し元気が出てきた。マルメの北のほうの小さな
町で新聞社をやってるご夫婦で、是非泊まっていけと言う。
日本という国のことを取材させてくれということで一晩お世話
になった。
日本の言語は世界で一番難しく、漢字、ひらがな、カタカナ、
アルファベットとタイプも四種類あり、表意文字の漢字たるや
数万語。ひらがな、カタカナは各50文字。アルファベットは
わずか26文字とか、えらそうなことを一杯しゃべった。
ようやくマメタンもオサムも元気になった。
後日、東京館に送られてきた新聞に、写真入で
この言語のことがそのまま紹介されていた。
さて、白樺に囲まれた広い邸宅。かなり歴史
のありそうな伝統的な造りだ。一部屋づつ時間
をかけて家具から小物まで詳しく説明を受ける。
お返しにヒデとロザンナの歌や、赤とんぼを歌い、
夕食をご馳走になり、マッサージをしてあげて、
すっかりと夜も更けてきた。
別宅の2階の寝室に案内された。子どもたちが
昔使っていた部屋だそうだ。本格的な山小屋風
ログハウスだ。その2階は屋根の傾斜に沿って
大きな出窓がある。星がとても美しい。ベッド
は引き出しのようにフロアに直接スライドして
くる。出窓をはさんでベッドが二つ。
とても星のきれいな初めての夜だった。
彼女は思い切り泣いた。悔しくて泣いたのか?
悲しくて泣いたのか?それはまさに、
訳の分からない青春の涙だったと思う。
翌日のマルメの港。小型のフェリーに汽笛がなる。
二度としたくはなかった船での別れだ。こんどは
送る側だ。船が見えなくなるまでずっと突っ立っていた。
何故だかとても悔しい。負け戦だ。今のところ負け戦だ。
「仕事が決まるまで毎日はがきを出すからね。
君もしっかりがんばれよ」
「私は大丈夫よ。コペンにいれば何とかなるから。
オサムも頑張ってね」
青タオルがいつのまにかオサムになっていた。
昨晩のヒデとロザンナの歌が、
あのほしぞらと共によみがえる。
『♪自由にあなたを愛して愛して二人は傷ついた♪』
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