第16話トーマスペンション
とにかく真剣に仕事を探そう。オサムはストックに戻ると
まず。絵葉書を十枚買って東京館宛でマメタンの住所と
名前だけを書いた。毎晩書いて翌日出すことにした。
相変わらず職探しは困難を極め、必殺40軒ノルマも
途中で挫折し、郊外の牧場もくまなく回ったが・・・。
「おげんきですか?きょうもだめでした」
「お元気ですか?すばらしい大自然の中の牧場でしたが
トルコとアラブに占領されて駄目でした」
「はーい、お元気ですか?仕事なくともこちらは元気で
あちこち歩き回っています。足が棒になってます」
「スベンスカランデばかりで全く駄目です。空きも
なかなかありません。ドイツに戻ろうかと思ってます」
マメタンからユースに返事が来た。
「東京館で再び頑張ることにしました。
頑張ってください。 マメタン」
「明日仕事が決まらなければドイツへ戻ります。
デュッセルドルフかミュンヘンで、皿洗いなら
いつでもあります。 オサム」
「ドイツまで行かなくてもコペンに仕事があります。
トーマスペンションに部屋を借りました。マメタン」
「・・・・・・・オサム」
「近くに友人の操さん、あの大阪弁丸出しの美人が
住んでいます。彼女が勤めているノアポップカフェテリア
に空きがあります。厨房にはデンマーク人と結婚した
小林君もいます。是非コペンに帰ってきてください。
また一からやり直しましょう。 マメタン」
一番恐れていたことが起こってきたみたいだ。
不思議な魔力でコペンに吸い寄せられてしまう。
外国での日本人村にどっぷりだ。
ええもういい。天に向かってオサムは叫んだ。
「負けた負けた。悔しいけれど大敗北だ!」
コペンで、肩身の狭い思いで、一冬辛抱しよう。
冬は必ず春となる。いつか必ず皆を見返してやる。
特にあの佐藤武、今に見ていろ。
オサムはことさらニヒルになっていった。
ベラホイのユースは旅行者の情報拠点だったが、
トーマスペンションは在デンマーク長期滞在
日本人の情報拠点だった。しかもその中心的存在が
マメタンだったから人の出入りが多く大変だった。
彼女はちゃきちゃきの江戸っ子で東京都の職員を
3年で退職し追いすがるストーカーまがいの彼氏を
振り切ってとにかく海外へという履歴の持ち主だ。
目にあまるほど面倒見がよく、そこまでしなくても
というほど、よくこまめに動き回る。マメタンその
ものだった。昔甲状腺を患ったことがあるらしく、
ときどきじっとしておれなくなることがあるそうだ。
血液型0型のせいもあるやも?八方美人で何にでも
ちょっかいを出す。その半面読書し始めると没頭して
オサムの声も全く聞こえない。結局オサムはその居候
になった。新しい彼氏を一目見ようと何かといろんな
人が出入りした。
「どんな人?元全共闘?」
「長髪でヒッピー風、無口なのね」
「ロマンチストで詩人らしいよ」
日本の旅行社、レストラン、商社員、領事館員、銀行、
芸能人そしてあの柔道の連中。無口でニヒルなミスターオサムは
ただひたすら働いた。暗くて長い北欧の冬だ。暗いうちに
出かけて暗くなって帰ってくる。夜はいろんな人がやってきて
彼女に相談やら愚痴話やら色んな悩みを打ち明けている。
オサムは黙って横で本を読みながらじっと聞き流している。
まるでカリスマ教祖のように。トーマスペンションには
部屋が30近くあってその半分が日本人の長期滞在者だ。
あの柔道関係者も入れ代わりが激しく次々と挨拶に来る。
そしてとうとう、あの佐藤武とクリスマスイヴのディスコ
パーティーでばったりと出くわすことになったのだ。
『ヘイジュードー。ドントビーアフレイド!』
ビートルズが励ましてくれた。
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