第12話無口なシェフ
シェフは無口でほとんどしゃべらない。
ある時そのシェフが新聞を持ってきた。
『ヤパーニッシハラキリ!』
三島由紀夫が割腹自殺をしたのだ。
写真入で出ていた。このドイツでも
ハラきりのインパクトは大きかった。
どんな天才でも早死にすれば意味がない。
仏典には極めつめれば自殺か発狂かになるとある。
俺は長生きするぞゴキブリの如くとオサムは思った。
12月が来た。雪景色とクリスマスの飾り付けで
ミュンヘンの町はとても美しい。
ホワイトクリスマスそのものだ。
この頃オサムも一人前の助手として、シェフの部屋の
一室に折りたたみベッドを持ち込んで居候していた。
クリスマスのイブの晩、閉店後に無口なシェフが
珍しく声をかけてきた、三つ揃いのスーツを着ている。
「タンツェンタンツェン」(ダンスダンス)
「トリンケントリンケン」(ドリンクドリンク)
仲間が待ってる一緒に行こうという。
「着るものがない」
「イガール」(かまへん)
二人は外へ出た。とても寒い。
有名なミュンヘン通りのこれまた有名な建物の脇に、
大きな寒暖計があって、マイナス12度を示していた。
ホッホッと白い息を吐きながら、ハウプトバンホフ
(中央駅)方面へ向かう。すぐに着いた。
大きなフロアと吹き抜けのある大ホールだ。
シェフは2階席へと駆け上がった。
30人ほどのメンバーだろうか、中国系が多い。
年齢もさまざまでなんだかあまり上品そうではない。
シェフはオサムのことを自分の弟子のヤパーナー
と説明しているみたいだ。2,3人くらいがオサムの
方を見ている。上目遣いに会釈をする。
他の連中はもう飲み食いで完全に無視されている。
早めに帰ろう、一人浮いている。食うだけ食って
飲むだけ飲んだら、シェフに「ツリュック」(戻る)
と言って先に帰った。
にぎやかだけど孤独だった。真夜中の大通り、
誰もいない遊園地のようだ。イルミネーションは
こうこうと輝いているのに音が全く聞こえない。
人の姿はなくてとても静かだ。雪が道脇に積み上げられている。
超大型のサンタクロースが、おいでおいでをしている。
オサムが通り過ぎても、誰もいない空間に向かって
ずっと、おいでおいでをしている。とても孤独だった。
子どもの頃クリスマスツリーはとても大きかった。
だけど今はとても小さく見える。ビージーズを
聞きながら毛布に包まってとにかく眠った。
うとうとしたら向こうのベッドのものすごいきしむ音で
目が覚めた。シェフがドイツ女とやりまくっている。
酒のせいかとても激しい。何故ドイツ女と分かったか?
静かになってしばらくして金髪女がオサムの部屋を
トイレと間違えて侵入、オサムに”まあかわいいべビィ”
と頬擦りしてきたからだ。
ふけた女だったが、なぜか顔は涙で濡れていた。
自分にもこのくらいの子どもがいたのかも?
オサムはむしょうにハラが立って寝返りうって
知らん顔をしてひたすら眠った。
早く春になれ。借金返して、スウェーデンで稼いで
来年こそは絶対に最高のクリスマスにするぞ。
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