第10話チロルの山の中で

仕事仕事さあ仕事探しだ。

おじさんも罰金の元を取り返すと意欲満々。

物価の高いスイスでの仕事探しを決めた。


インスブルックからリヒテンシュタイン、

スイスへの山深い国境地帯、

列車で車を運ぶほどの険しい山なみ。


そんな中でもこの地方にすみつかれた日本人の婦人の方が

車の浮世絵ポップを見つけて、

おにぎりの差し入れがあったりした。


いつのまにかリヒテンシュタインを抜けてスイスに入っていた。

チューリッヒのユースでダボスの教会が人を

探しているという情報を得てダボスへ向かった。


日暮れてダボスに到着。相当の山奥だ。駅の近くで車泊。

朝、目が覚めてびっくり。なんと30センチの積雪でドアが開かない。


ほうほうの態で雪道を抜けて何とか教会にたどり着いたが、

もう仕事のほうは埋まっていた。残念遅かった。

大雪の中をノーマルタイヤでそろりそろりと抜け出した。


幹線道路にでると雪はなく360度アルプスが見える。

すばらしい大自然の中をベルンからジュネーブへと駆け抜ける。

ドイツ語からいつのまにかフランス語になっている。


スイスメイドのハイライト1カートンに1個おまけ付とか。

ユースで名物料理ホンデュとか、ちっとも腹はふとらない。

あちこち当たってはみたが仕事はなかなか見つからない。


本格的な冬が来る前に安くてもインスブルックか

ミュンヘンへ戻ったほうがよさそうだ。よし。

大急ぎでインスブルックへ引き返すことにした。


途中イタリア行きの有料道路に入りかかって、

バックバックまたぶつかりそうになる。

もう事故らんとこな、おじさん。


「イッヒメヒテアルバイト」(仕事ありますか)

何度も必死で練習する。さあインスブルックだ。

アルプスの少女ハイジが出てきそうな


山間の工事現場で声をかけてみた。

いきなりボスが出てきて明日からこいとのこと。

二人は跳び上がって喜んだ。


さあ仕事は決まったことだし、祝杯をあげよう。

その夜はインスブルック市内のヴィーネンバルト

(ウィーンの森)というファミリーレストランで乾杯。


すると、チロリアン風の生バンドが、スキヤキ

(上を向いて歩こう)を演奏してくれた。

どうして日本人と分かったんだろう?さて、


翌朝から猫車とセメントと穴掘りの毎日が始まった。

秋で大忙しの現場がいくつもあって、

毎日があっという間だった。


そうしたある晩、インスブルックの体育館に、

ウドユルゲンスという、当時西ドイツNO1の

ポップシンガーのライブを見に行った。


星散りばむチロルの山々、山深い谷あいの町に、

ともし火の集まりの如くウドユルゲンス。

すばらしい歌声とピアノの協奏曲。


日本ではドイツの歌手などほとんど知らないのではないだろうか。

森と泉に囲まれた”ブルーシャトー”が聞こえてくるようだった。


11月にはいるとチロルはもう冬の気配だ。

やっと1か月分の給料をもらう。

なんと数百シリング(日本円で3万円くらい)。


何じゃこりゃあ。早くミュンヘンへ行こう、おじさん!

ボスに丁寧に挨拶をし、トルコの口ひげ仲間たちにも

別れを告げてミュンヘンに向かった。


この頃わが愛車はもうぼろぼろでブレーキの利きも悪く

廃車寸前。なんとしてでもミュンヘンで、

仕事を見つけなければ、と必死だった。

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