第9話ウィーンの西駅で

ミュンヘンは大きな町だ。ホフブロイハウスでは

朝から皆ビールを飲んでいる。

駅ではコーラよりビールのほうが安いのだ。


生水は硬泉で飲めないから喫茶店で日本のように

勝手に水が出てくるというような事はない。


もし初めてのドイツ人だったら、

私は水を注文していないとはっきりと断るだろう。


北のニーダーザクセンよりは南のバイエルンのほうが

小太りしたチロル風の人が多く人なつこい。


バイエルン方言でグリュースゴッド(まいど)

ビーダーシャウエン(さいなら)と言うととても喜ぶ。


ここから南、オーストリアとの国境付近一帯の山岳地帯を

チロル地方という。ザルツブルグ、インスブルグの町々

サウンドオブミュージックの世界だ。衣装も独特だ。


そういえばデュッセルドルフの東京銀行で、女子行員が

チロルの伝統衣装を着て仕事をしていた。

当時の日本ではとても考えられないと思う。


ミュンヘンのユースに泊まりつつおじさんが、友人が

ガルミッシュにいるということで、車を貸してあげたら、


帰りにバスに追突して、これが急遽裁判所に出廷ということになって

ユースにポリツァイの緑と白地のバンが到着、二人は連行された。


革ジャンに角ばったポリスの帽子。ドイツ人はほんとに

この軍服姿がよく似合う。必要もないのに

サイレンを鳴らしてひた走り、裁判所に着く。


小法廷で日本領事館の人を交えて裁判が始まった。

すぐに判決が下りた。おじさんに800マルクの罰金。

おじさんはお金持ちだったので即金で払って二人は釈放された。


やっと古都ウィーンに着いた。

アウトバーンもミュンヘンまでで後は一般道。

ザルツブルグの美しいお城を見学してオーストリアに入る。


言葉はドイツ語だが貨幣はシリング。

スウェーデン、デンマーク、ドイツと物価は下がって

暮らしやすくはなるが、ここではさらに安く

トルコ人の出稼ぎが多く驚いた。


さあ、待ちに待ったくるみとの再会だ。

モスクワから列車で西駅に入るはずだ。

今日の夕方の到着。くるみと出会ったら、


早速おじさんと別れてくるみとコペンへ行こう。

と思いつつ待った。もう夜は寒い。

列車が到着したみたいだ、日本人の団体が降りてきた。


いよいよだ。一人一人じっと顔を見ていく。

何故だいないぞ、そんなばかな。

数十人の団体だ、もういないと分かる。


唯一のくるみの写真を手にして三々五々別れ始めた

グループに一つ一つ聞いて回る。


「この人見ませんでしたか?」

「ご存知ありませんか?」

「いませんでしたか?」


恥も外聞もなくとはこのことだ。何故だ?。

何度も手紙を交わし、広島の親元や

東京の勝秀とも協力してもらって、


彼女は間違いなくこの10日前まで、

間違いなく出発のはずだったのに。


画家のおじさんが慰めてくれたが何かの間違いだ。

もう一日待ってみよう。さらにもう一日。

三日目、5星の最高級ホテルから国際電話を入れた。


『1週間前に土壇場でキャンセル。どうしても行けないと、

くるみが泣きながら勝秀の所へ連絡してきたとのこと。

もうオサムはコペンを出た後で連絡も取れず、どうしたものかと』


相当苦しかったろうな。大きな賭けだったもんな。すまん。

『よく分かりました義兄さん。皆に心配掛けてほんとにすみません。

コペンの人には訳を言って半年待ってもらいこっちで稼いで返します』


当時300ドルの送金というのは全くもって困難を極めたのだ。

仕事はある。体力も気力も十分だ。さあ、おじさん!

一緒に仕事を探そうか。


ビートルズの”ロールオーバーベートーベン”をがんがんかけながら、

ポップアートのかぶと虫はとろとろとウィーンをあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る