第7話リューベックで

デンマーク郊外は山地もなくなだらかな平野が続く。

ビートルズやサイモンとガーファンクルはこちらでも全盛だ。

ヒッチハイクでハンブルグ行きの学生に乗せてもらった。


ウッドストックの映画が大ヒットしていて

この国境のプトガーデンという小さな町で、

ウッドストック並みの野外コンサートをやっていた。


”行こう行こう”ヒッチの学生と一緒に乗り込んだ。

入り口らしき森のゲートで10マルクを支払い、

腕にスタンプを押してもらって森の奥へと進む。


駐車場は森の中どこでも自由に。遠くでサウンドが聞こえる。

森が途切れ視界が開けて、だだっ広い芝広場へ出ると、

もう大勢の人人人。若者、ヒッピー、軍服、テント。


トップレスにマリファナの香り。夜通しのロックコンサートだ。

真夜中のジョーコッカーが最高によかった。

ここでマリファナを初めて吸った。


独特の甘い香りですぐ分かる。

その香りがすると順に回ってくるのだ。

みんなのまねをして吸う。


光と音だけがすこぶる敏感になってくる。

吸いすぎると体が鉛のように重たくなってきて、

こんな時に尿意を催すと大変だ。


とても立ち上がれない。トイレに行くまでに、

あっちに取りすがり、こっちに倒れこみ、

わずか数メートルが地獄道。


つい最近コペンでマリファナの吸いすぎで

大きな交通事故を起こした日本人がいたと聞いた。

ああくわばらくわばら、悪いものには手を出すな。


さてさてリューベック。ハンザ同盟で有名なこの町は、

西ドイツ北の町、あるはあるはドイツ車。

ベンツ、ワーゲン、BMW、オペル、ポルシェ、アウディ。


やはりドイツでもベンツは高くて手が出ない。

やっと買えてワーゲンビートル1200。$300。


片言の英語と数字とジェスチァで

相当古いワーゲン第一号を買った。


”イエローサブマリン”を口ずさみながら、

さあヨーロッパ一人旅の始まりだ。


もちろん左ハンドル右手にレバーがある。ところが、

バックミラーもサイドミラーもない。

いろいろ聞いたがどうも安い車はこれが普通らしい。


ラジオもクーラーももちろんない。ワーゲンは

ハンドルの切れがとても悪い。広い道でもUターンは至難の業だ。

坂は全然登らない。何という車だ!フォルクスワーゲン。


その名のごとき国民車。平坦な道をただひたすら毎時80キロ

で走るためにのみ作られた真に安価な国民車だったのだ。


だけどやはりあのビスビスビスの音だけは、

全てのマイナスイメージを覆させてくれた。


その後ワーゲンヴァリアント、ワーゲンポストワゴンと

乗り継いでいくがこの左ハンドルにビスビスビスは最高であった。


初めて走る右側通行、左折で何度も間違いかけたが、

ビッテシェーン(すんまへん)とベンツィーン(ガソリン)を憶えた。


全財産をつぎ込んで一文無しにはなったが、

さあ、コペンへ戻ってアルバイト探しだ。


天気もよく意気揚々と、旅だ!と叫びながら、

国境を抜けた頃から何か気になる音がしだした。


あとコペンまで20キロのところでついにガチガチと言う音がして、

車は止まったまま全く動かなくなってしまった。万事休す!

なんとクランクシャフトが折れてしまったのだ。


近くで修理屋を探し英語もドイツ語も片言で全く大変だったが、

何人かがかりで絵と図とを書いてやっと理解ができた。


しかし辞書にはないが非常によく使うカプゥト、カプゥト

(壊れた、駄目駄目の意)をこの時しっかりと憶えた。


しかし修理に3週間で300ドルはかかるということだった。

「2,3日待ってくれ。コペンの友人と相談して修理するか

廃車するかきめるから。必ず連絡する」


(ベック=捨てるという意味かよく使う)

ベラホイのユースにいる、と言伝してコペンへ向かった。

ヒッチでベラホイへ。


ユースに着くと真っ先に掲示板を見た。あった!

「青タオルへ、職見つかる連絡されたし東京館へ。マメタン」


あのコペンで有名な日本人レストラン

東京館で働けるようになったみたいだ。

早速電話してその晩中央駅で会った。


事情を話したところマメタンは、

「私は大丈夫だからこれ使いなよ」

と言って、300ドル。


まっさらのトラベラーズチェックにサインしてくれた。

全部10ドル札だったから30枚を

駅の銀行でサインしてくれた。


欧州まで来てまだ何もしていないのに、

さあこれからだという時に、

日本の女の子に世話になるとは情けない。


それでもありがたく300ドルを借りて

車を修理することにした。


翌日ユースで仕事ありませんかとたずねてみた。

幸い日本人が二人ほど働いていて、

もしここで働けたらユースで泊まれて一番良い。


はたして、もう一人の日本人がちょうど帰国していて

3週間の空きがあるとのこと。車の修理もそのくらいかかる。

グッドタイミング!ベラホイのユースで初めてのバイトが決まった。


とにかく一文無しでいきなり300ドルの借金。

前途多難な旅の幕開けにもわずかな光明が見えてきた。


デンマークは人口500万人の小さな国だ。

アンデルセンとフリーセックスで有名だ。

酪農豊かな高福祉国でもある。


税金がべらぼうに高くバイトでも半分は持っていかれる。

それでもなごやか子ども連れで週末ノーカットの

成人映画を楽しく見に行くような町だ。


さあこれから3週間、まじめに働こう。

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