第4話シベリアの空

ナホトカ号は中型のソ連船でホテルで言えば三つ星クラスか。

夜になると生バンドとダンスパーティーがあってベンチャーズを弾いたりしている。

船が傾くたびに皆ぞろぞろと踊りゆれた。


当時はやりだしたヒッピースタイルの西洋人が数人

フロアの回りにしゃがみ込んだりしていた。


津軽海峡を抜けるとナホトカへ一直線だ日本のテレビも映らなくなった。

コンパートメントは二人一部屋で日大の落研と同室になった。

”走れコータロー”のマネがとてもうまくそれからずっとコペンハーゲンまで一緒だった。


食事は円卓で50代の小説家夫妻と東京からの女性二人に我々を加えての6人で上陸まで同席した。

初日とその翌日はまだまだ元気でトランプしたりうろうろしたりしていたが、

3日目日本海に出た頃から波荒く船酔いで食欲はなくなり皆一様に元気をなくした。


日本からかなり遠ざかるとさすがに真夜中に目が覚めたりして、

俺は今一体何をしてるんだろうと思ったりした。


治は首からいつもブルーのバスタオルをかけていたので”青タオル”と呼ばれていた。

同卓の女性の一人は元東京都の職員で”まめたん”

その名のとおり小柄でぴちぴちして元気一杯の娘だった。

JUST MARRIEDのTシャツをいつも着ていたので乗客にからかわれたりしていた。


乗客は200人くらいで半分以上が日本の青年でほかは欧米人だったようだ。

まだまだ日本語オンリーで欧米人と話すのは大変だった。それでももう後戻りはできない。

ファイト!何とか自分自身を元気付けていよいよ上陸間近。


4日目になってやっとナホトカ港が見えてきた。いよいよ上陸だ。

コンパートメントで荷物をまとめ入国カードを書き上げてじっと待つ。

緊張のひと時、やっと入国審査官が来た。


5分ほど厳しい顔をしてパスポートと荷物を調べる。

最後に真正面からパスポートの写真と見比べている、怖い。

パスポートを閉じるととても優しい顔でにっこりと微笑んでくれた。


あー、ほっとしたがなんとも肩がこりそうな国だ。

アナウンスのあとやっと上陸だ。

船から見るとナホトカはなんとなく薄暗くすすけて見えたがその理由はすぐに分かった。


長い船旅ふわつく足でインツーリスト(国営旅行社)付のバスに乗り市内を一巡する。

全く看板宣伝広告と言うものがない。時々あるのはめちゃくちゃ大きなレーニンの肖像画、

しかもバックは赤だ。ほかは青もなければ黄色もピンクもない。


色彩というものがまるでないのだ。最新式の労働者団地と説明されても、

日本で言えば相当古い市営団地みたいなものだ。

平等を突き詰めていけばこうなるしかないのかという印象を強く感じた。


インツーリストのガイドさんはとても親切で日本語も上手だった。

モスクワ大学の日本語科を卒業したんだそうだ。

通訳ガイドと言うのはエリート中のエリートなのだ。


翌朝ナホトカ駅からシベリア鉄道でハバロフスクへ向かう。

大きな線路に大きな客車。東の窓から見えるのは時折白樺の林と、

いつまでもどこまでも続く荒野の大平原。


西の窓から見えるのは、これまたどこまでもつづく黒い山々。

ほんとに沈む夕日は馬鹿でかく圧倒的であった。

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