第26話
牢の中はひんやりとしていた。時折、聞こえてくる振動はヘイトリッドの計画が始まったのだと感覚的に理解した。本部を忙しなく走る職員たちを見るにそれは間違いないのだろう。
「……勇者を殺した、か」
ふと、ぽつりと口にする。
「思い出したくなかったな」
ヘイトリッドから言われて思い出す。忘れていたわけではなかった。どれだけ時が経とうともそれは事実として彼の心に重くのしかかる。勇者にはなれない、なる資格がないことを突き付けてくる。
自分にあるのは破壊の力と他者を強制的に従わせる力のみ。人間のように精霊を関わることはできない。
あの日、ゼノウは勇者として生きる道を自ら閉ざした。こんな血で汚れた手で勇者になるなど許されない。憧れの存在――ロイエスが目指した勇者像からもっとも遠いからだ。
「結局は俺も奪うことしかできない」
激情に身を任せて三人を殺したときの感覚は今でもよく覚えている。同時にロイエスが亡くなったこと、勇者という存在が彼の理想とするものからかけ離れたものになったこと
に絶望した。彼の思想は誰にも受け継がれることなく泡沫となって消えた。だからこそ、ゼノウのそのとき決意した。
いつかロイエスのような志を持った者が現れたとき、彼の全てをその者に伝承しよう――と。
そうして、現れたのがアリーゼだった。
最初こそどうなることかと思ったが、彼女は自らの危険を顧みずエルフを助ける選択をした。あのとき、顕現した蒼炎も彼女が助けたいと強く願ったからこそ精霊が力を貸してくれた。数多の勇者が行う命令では決して引き出し得ない精霊の本当の力。そのロイエスを想起させる光景を見て思った。
彼女ならきっと――。
「こんなところで捕まっている場合じゃない」
指導を始めるとき、こんな汚れた手で教えていいのか葛藤もあった。だが、それ以上に彼女なら今の勇者の在り方を変えてくれるかもしれないと思った。だから、師として彼女を導き、その行く末を見たかった。彼女がどんな世界に変えてくれるのか、その先を見届けたい。いつしか彼女に自分が成し遂げられなかった夢を見ていた。
建物の壁を通り越して激しい落雷のような音が聞こえる。ヘイトリッドの配下の何某かが暴れているのだろう。
ここを抜け出したとして、どちらに向かうべきか。
アリーゼとヘイトリッド。身を案じるなら間違いなくアリーゼだし、首謀者を押さえるならヘイトリッドだ。その究極ともいえる二択の答えをゼノウはすでに出していた。
「もしアリーゼにロイエスと同じ素質があるのなら、神山でもしかしたら……」
神山でロイエスは精霊王から力を授かった。アリーゼも同じように神山で力を得ることができれば、何某かの暴走を食い止めることができるはずだ。そして、自分がヘイトリッドを押さえてしまえば増援も出せない。どちらも最善を尽くすならこの手しかないのだ。
「アリーゼ、信じてるぞ」
ゼノウは立ち上がる。鉄格子越しに周囲を窺うが、人がいる気配はない。ヘイトリッドの謀略でそれどころではないのだろう。
鉄格子を破壊するとゼノウはヘイトリッドを探すために行動を開始した。
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