第23話
夕食後、最後の調整を終えたアリーゼとヒルダは客室へと戻って来ていた。客室へ戻る途中、アリーゼはゼノウを探したが見つからなかった。彼のことなので野宿くらい問題ないだろうが、少しだけ心配だった。
最終試験の前夜。これまで二つの試験を突破し、やれるだけのことはやってきたつもりだ。だが、それでも不安がないわけではない。眠りにつく前に話くらいはしておきたかったのだ。
「明日の朝一にでも会って話すことね」
寝る準備をしながら言うヒルダ。
「そうなんだけど」
朝一であれば話す時間も十分ある。それなのにアリーゼはやはりどこか不安げだ。
「今まで一緒だったからいざ離れると寂しくなった、とか?」
「そ、そんなことは!」
茶化すように言うヒルダと赤面気味に否定するアリーゼ。
「まあでも、実際強いし頼りになるわよね、貴方の先生。あの強さ、憧れるわ」
「そうだね。わたしもいつかはゼノウさんにみたいになりたいな」
「あれだけの強さがあって、今まで一度の名前を聞いたことがなかったのは少し妙ではあるけどね。貴方、なにか知ってる?」
「うーん、そういえば聞いたことなかったなぁ」
竜を退けたあの一撃必殺の抜刀。現役の勇者と比べて引けを取らないレベルだとアリーゼは思う。シャレイネ学院長の口から聞くまで一度もその名を口にしたことはなかった。言われるまで気付かなかったが、いざ指摘されると急に気になり出してしまう。
「でも今気にすることじゃないわね。今の私たちがもっとも気にすべきことは明日の最終試験。余計なことは気にせず集中しましょう」
ヒルダは最後のイメージトレーニングを終えて就寝するようだ。
「そうだね。ゼノウさんみたいになるためにも、明日の最終試験は絶対に突破して合格するんだ」
ぱんぱんと頬を叩いて気合いを入れ直す。少し不安はあるけれど、学院で最下位だった自分がここまで来ることできたその事実が今のアリーゼに自信を与えてくれる。
「見ていてくだいさい、ゼノウさん。わたし、必ず合格してみせます」
そう強く思ってアリーゼは眠りについた。
翌日。まだ朝日が昇っている中、一足先にアリーゼは街を歩いていた。目的はもちろんゼノウの話すためだ。まだ最終試験の開始までは時間があるので、それまでにどうにか見つけようという算段だった。
「野宿するって言ってたけど」
起きてから街の中を探し回っているが、いっこうに見つからない。
「どこ行ったんだろう……」
彼のことを考えているうちにふと昨日の別れ際での一言を思い出した。
いっけんすれば、よくある相手を鼓舞する言葉だ。だが、もしそれを別の見方をするならそれは違った意味になる。
例えば、別れを悟っての言葉だったとしたら。
そんな一瞬よぎった一抹の不安を振り払う。そんなことは有り得ない。列車の中で彼は言ってくれた。最後まで付き合うと。
「また、会えますよね?」
初めて自分と真正面から向き合ってくれた人。いなくなって初めてその存在の大きさに気付いた。もし本当にいなくなってしまったとしても、彼ならきっと戻ってくるとアリーゼはそう信じた。
しばらく立ち尽くして、今までゼノウのことを考えていた頭が周囲の音を拾い始めたとき、その異常を自覚した。
騒々しかった。最初は勇者適性試験の最終日で現地の人もみな盛り上がっているだけかと思ったが、それにしては妙な緊迫感があったのだ。なにより、外にいる全員が一様に同じ方向に視線を向けていたことが異質だった。
アリーゼもみなが向く方向に視線を移動させる。
「うそ……」
神山の山頂。その山頂に渦巻く暗雲。そこから雷撃を伴って現れる一匹の金色に輝く竜。かつてロイエスと対等に渡り合ったとされる逸話を今に残す伝説的存在。その圧倒的な強さから『雷神竜』という異名を持つほどだ。今は竜の生存圏の片隅で余生を過ごしているはずの竜は今遥か遠方にいた。
二次試験で乱入してきた竜とは大きさは比較にもならない。遠方からでもしっかりと視認できる時点で想像するもの馬鹿らしい。戦闘面においては言わずもがなだ。
勇者を呼べ、誰かがそう言った。
勇者適性試験、その最終試験の日。その一日の始まりはあまり絶望的な状況から始まった。
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