第21話
「今日はありがとね。一緒に使っていいって言ってくれて」
持参した荷物を置きながらお礼を述べる。
ヒルダが使っている部屋は二人用の部屋のようだった。ベッドが二つあり、部屋もそこそこ広い。
「別に大したことはしてないわよ。たまたまここを予約したら二人用を宛がわれて持て余していたから」
「それでも普通は一緒にならないと思うよ」
「ただの知り合いのよしみってだけよ。さあ、お腹も空いたし食堂に行くわよ」
すたすたと先に部屋を出るヒルダ。
「あ、待ってよ」
その後ろをアリーゼは追いかけた。
一階の食堂はロビーで感じていたとおりの賑わいぶりだった。列車の中で見かけたことのある人も多い。二人はなんとか席を見つけ食事を始める。
「やっぱり試験参加者の人多いね」
「それはそうでしょう。今夜は謂わば決戦前夜。みんな英気を養おうとしているってことね」
それを聞いて改めて周囲を眺めると、参加者の顔つきは絶対に合格するという気概に溢れているように見えた。
「よーし、私も負けないぞ!」
勢いよく料理を口へと運ぶアリーゼ。しかし、変なところに入ったのかこれまた勢いよく咽せる。
「もう、なにやってるの」
背中を擦って水を飲ませると、しばらくして落ち着いた。
「決戦前夜だというのに、貴方は変わらないというかいつもどおりよね」
「そんなことないよぉ」
アリーゼはむぅっと言って頬を膨らませて抗議する。
賑やかな雰囲気に促されるように二人も箸を進めていく。
そんな折。
「そういえば、貴方に聞きたいことがあったのよ。貴方が勇者を志したきっかけってあるのかしら?」
ヒルダが食事の手を止めて尋ねる。訊かれたアリーゼは咀嚼しながら思案して、飲み込んだあと口を開く。
「きっかけか……。もう昔のことだけどね――子供の頃にロイエスさんの話をよく聞いてて、村を救ったとか、争わずに魔獣と人の諍いを止めたとか、とにかくかっこよくて。今でこそ人と他種族の仲は悪くなっちゃってるけど、種族の垣根を超えて仲良く暮らしていた時代があったって聞いたときは本当にすごいって思ったんだ。そんなすごい人にわたしもなりたいなぁって思って勇者を志したんだ」
自分の原点を語るアリーゼの顔はロイエスへと憧れと尊敬に溢れていた。とても眩しく表も裏もない純粋な気持ち。
「ヒルダちゃんはどうなの?」
アリーゼは聞き返す。話の流れとしては順当だ。
「私は――」
そう開いた言いかけた口をヒルダは一度噤む。そうして、けじめを付けるように改めて切り出した。
「アリーゼ。私は貴方に伝えたいことがあるの。私は、貴方に嫉妬していた」
「ヒルダちゃんがわたしに?」
まさかと言いたげな顔。
「本当よ。私は貴方が羨ましかった。どこまでも純粋に、なにものにも縛られず勇者になろうと努力し続けるそんな姿が眩しく見えた。以前、竜に襲われたときも貴方は私も助けようとした。自分だけ確実に助かる選択肢だってあったのに」
今まで内に押しとどめていたものが堰を切って溢れたようだった。アリーゼは口を挟まず静かに続きを待つ。
「私が勇者を志した理由、今の私にそんなものが残っているか分からないけど、あえて言うなら……そう、比類無き強さに憧れたから、かしら。全ての人の光になれるそんな希望に溢れた強さに」
「強さか……。うん、それはなんとなく分かるかも。だってヒルダちゃん、いつも遅くまで訓練してるもんね」
「アリーゼ、貴方知ってたの?」
「知ってるよ。だって、ヒルダちゃんはわたしの憧れだもん」
にこっと微笑むアリーゼ。
「あのね、竜に襲われたとき、ヒルダちゃんを助けたのはわたしがそうしたかったからだよ。もしあそこで見捨ててたらきっとわたしはわたしを許せなくなると思う。だからヒルダちゃんも自分の思うように行動すればいいんだよ」
「私の思うように……?」
「うん。わたしと違って家のこととかもあるし大変だと思うけど、きっとできる。だってヒルダちゃんは強いもん!」
底抜けに明るい笑顔。根拠なんてなんにもない。でも何故だろうか。彼女に言われるとできるような気がしてくる。
ふっと肩の力が抜けたようにヒルダが笑う。
「そうね。なにを迷っていたのかしら。私は強い。私はマクギラン家のヒルダ。私にできないことはない」
「その意気だよ」
「アリーゼ、私は絶対に試験に合格するつもりよ。貴方も絶対に合格しなさい。そして、どちらが最高の勇者になれるか競争よ」
「よーし、そういうことならわたしだって負けないから!」
そんなやり取りを交わして、ヒルダは残りの料理を一気に食べ終える。
「私はこのあと最後の調整をしようと思うけど、貴方も来る?」
「うーん、わたしも行きたいけど、ゼノウさんが身体を休めろって言ってたしなぁ」
「そこまで長いことやるつもりはないわよ」
「それなら行こうかな」
アリーゼも夕食を食べ終わると、二人は飛び出すように外に出ていった。
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