第20話
「ここもダメかぁ」
レジェドリクスに到着して数時間後。ゼノウとアリーゼは都市の中を歩き回っていた。目的は本日の寝床を確保するためである。
「そろそろ本格的に暗くなってきた。いい加減見つけられないと、今夜は野宿だな」
軽い調子で言うゼノウ。
「そういうこと言うならゼノウさんも手伝ってくださいよぉ」
抗議半分、懇願半分といった具合でゼノウに縋り付く。実際、今まで手当たり次第に宿屋を訪ねているがどれも空振りだった。その理由は空いていた部屋はもうすでに他の参加者によって予約されているからだ。
「手伝っているだろう。誰のおかげで初めて訪れた都市で迷わず歩けていると思っている」
「それはそうですけど……。うぅ、まさかこんなところで苦戦することになるなんて」
アリーゼはうなだれる。本来であれば商工ギルドを通して事前に予約をしておくべきだったのだが、二次試験を突破することで頭が一杯だったアリーゼはそのことがすっかり抜け落ちていた。当然それにゼノウは気付いていたが、これも試験の一環と考え黙っておいた。
「まあ過ぎてしまったことを嘆いても仕方がない。さっさと次行くぞ。俺は別に野晒しでも構わないが」
「それは絶対に嫌です!」
よほど野宿が嫌なのか、俯かせていた顔を勢いよく上げて早足で歩き出す。
レジェドリクスは神山を観光に据えた都市だけあって宿屋の数は他の都市などと比較しても多いほうだ。だが、今の時期は試験で多くの人が訪れ宿屋は埋まっていることがほとんどであるため、予め部屋を押さえておかなかったのは失策といえる。
「まだ行ってない宿屋ってどれくらいあるんですか?」
「俺の記憶ではあと一カ所だな」
「一カ所っ!? じゃあ次で断られたら本当に野宿ですね……」
アリーゼの顔は絶望したように暗い。それでも一縷の望みに賭けて、ゼノウが案内する最後の宿屋を目指す。
夜が顔を出し始め繁華街が賑やかになってきた頃、最後の宿屋に到着する。外観はかなり年月の経ったようなくすみ具合だ。
「ここで、最後」
緊張した面持ちでアリーゼは戸を開く。少し広めの玄関を見回して受付を見つける。店内は一階の受付の奥に食堂があり、ここにいても聞こえてくるくらいの賑やかさだ。客室は二階にある造りになっている。かなり繁盛しているようだが、心の中で祈りつつ尋ねる。
「あの、今日こちらの宿で泊めてもらいたいのですが」
アリーゼに気付いて戻ってきた若い壮年の店主は申し訳なさそうに口を開く。
「申し訳ございません。本日はもう全ての部屋が埋まっていまして、もう少し早くいらしてくれたらご用意できたのですが」
「そ、そうですか……」
これで野宿確定、そう思い落胆した表情で踵を返そうとしたとき、今度は店主が口を開いた。
「失礼ですが、もしかしてその腰に携えている剣はロイエスが使っていたものではないですか?」
思いも寄らない店主からの言葉に跳ねるようにアリーゼが振り返る。首肯するアリーゼを見て、店主はやっぱり、と言って続ける。
「実は初代と一緒に写っている人がよく似た剣を持ってしまして」
そう言うと店主は受付カウンターの中を探し出す。そうして、一枚の写真をアリーゼに差し出しだ。
「これがその写真です」
「ゼノウさんも見ますか?」
「いや、俺はいい」
写真を受け取ってまじまじと見つめる。確かにそこにはエストレア学院や勇者ギルドに飾られているロイエスの肖像画とそっくりの人物が写っている。もちろんその腰には今はアリーゼが携えている剣と同じものがある。当たり前だが写真の中のほうが状態が綺麗だ。
「この写真は初代の残した写真でして。よくこの宿屋を利用していただいていたと先代から聞いています」
ロイエスが肩を組んでいるのがきっとこの宿屋の初代店主なのだろう。非常に賑やかそうな雰囲気がこちらまで飛び出してくる良い写真だが、一つ気になることがあった。
「この写真、一緒に写っているのは人だけじゃないんですね。例えばエルフとか」
写真には確かにエルフを始めてとして、あまり友好的ではないはずのオークやゴブリンまでもが一緒に写真に収まっているのだ。
「それについては、ロイエスさんが色んな種族を集めて大宴会をした、と私は聞いています。といってもその話についてはどこまで本当か分かりませんがね」
苦笑する店主。だが、そう考えるのも無理はない。人とそれ以外の種族では価値観そのものが違う。価値観が違う者同士が集まればそこに争いが生まれるのは自明の理だ。だからこそ、写真のような光景は有り得ないことであり、同時に奇跡でもあった。
「ロイエスさんには初代がお世話になったこともあるので、どうにか泊まっていただきたいのですが、どうしたものか……」
悩みに悩む店主。
「あの、お気持ちはとても嬉しいですけど、そこまで無理をお願いするわけには」
気持ちはありがたいが、世話になったといっても遠い昔のことだ。それにアリーゼ自身がなにかをしたわけではない。他の参加者もいる中で自分だけが特別な計らいを受けるわけにはいかないというのが彼女の本心だ。
「私の部屋、二人で使ってもいいなら構いませんよ」
互いに譲り合いの押し問答が始まろうとしたとき、客室から一人の少女が降りてきた。
「ヒルダちゃん!」
その声の主はヒルダだった。
「お客様が同室でもいいということでしたら私は構いませんが……」
「なら決まりね」
「そちらの方はどうされますか?」
ゼノウに話が振られる。
「俺は野宿で構わない。アリーゼは最終試験に向けてゆっくり身体を休めろ。分かったな?」
アリーゼはこくりと頷く。ヒルダに連れられる形でアリーゼは客室へと進んでいく。
「ああそれと」
アリーゼを呼び止める。
「明日の最終試験、頑張れよ」
いつもの気難しい顔をしているゼノウには珍しい穏やかな笑み。
「はい!」
元気よく返事をするアリーゼ。その後、ヒルダの客室へと消えていく。
「調べたいこともあったしちょうどいいか」
ゼノウは客室へと入っていくのを見届けて宿屋をあとにした。
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