第18話
かつてロイエスが偉大なる大精霊より力を授かったとされる神山――レジェドリクス山。その麓に居を構えるのは勇者適性試験の運営本部だ。今日もその本部の明かりは深夜になっても灯っていた。
本部の一室に紙を捲る音が響く。一人しかいない部屋で男は乱雑に束ねられた紙を読んでは捲ってを繰り返す。ただあまり興味はないようで時折あくびをしていた。そんな男の左目には大きな切り傷の痕のようなものがあり隻眼だった。
この部屋には勇者適性試験の参加者の情報が纏められて保管されている。その中でも男は二次試験の通過者の一覧を束ねたものに目を通していた。
ペラペラと、煙草を燻らせながら紙を捲る音は続く。そうして最後の一枚になったとき、そこで男はぴたりと視線を止めた。しばらく見入るように視線を走らせたあと、バンッ! と突然不機嫌そうに紙の束を机に叩き付けた。
「あの野郎、失敗しやがったか」
思わず立ち上がってベランダに出る。睨むように夜空を見上げたあと、ベランダの石製の手すりで煙草の先端を潰して新しいものを吸い始める。
「竜の襲撃で事故死に見せかけようと思っていたんだがなぁ」
煙草を大きく吸って、吐かれた白い煙が夜空へと吸い込まれていく。
「道理で戻ってこないわけだ」
声は苛立ちを孕んでいる。襲うようにけしかけた竜が逃げ出したこともそうだが、先日に仕向けた誘拐も失敗と立て続けに計画が思い通りの結果になっていないことで男の苛立ちをさらに助長させていた。
「手間はかけさせやがる。大人しく退学になってりゃもっと楽にやれたんだがな。さて、次はどうしたもんか」
思案するように男は手元の煙草を弄ぶ。
そんなとき、ふと下の方から声がした。
「今年の参加者は有望な候補生が多いな」
ベランダから少し身を乗り出して確認すると、それは同僚の本部の職員だった。どうやらベンチで今回の勇者適性試験の雑談をしているようである。
「特にアリーゼって子はあのロイエスの血筋だからな。学院で成績が振るわなかったらしいが、二次試験も通過して伸びてきていると思うし注目株だよ。いずれは大英雄ロイエスの再来になるかもな」
どこにであるような当たり障りのない会話。特段気に留める必要もないものとして、それらは雑音として隻眼の男の耳を通り抜けるようになる。
「そういえば、アリーゼには付き人みたいな人が一緒にいるらしいけど、あれって規約的には大丈夫なんですかね?」
(付き人?)
聞き流していた雑音に不意に混じる気になる単語。少しだけ意識をそちらに割く。
「ゼノウって人みたいですけど」
「試験自体は一人で参加しているみたいだし、直接戦いに加わるようなことをしなければ大丈夫なんじゃないか」
その後もしばらく職員たちは雑談をして職務へと戻っていった。再び一人になって夜の世界に静寂が訪れた。
ふとなにか思い付いたように男は笑みを零す。
「あのガキの快進撃を支えているのは、ゼノウって野郎か。なら次はその方面から攻めてみるか」
静寂に満ちた世界に溢れ出す不気味な笑い声。
「もうこの世界に英雄なんか必要ない。悪いが英雄の意志を受け継ぐ奴には消えてもらう。忌まわしいロイエスめ……、必ずここで途絶えさせる」
隻眼の男の思惑は誰にも知られることなく静かに動き出した。
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