第14話

「ヒルダ・マクギランとアリーゼの関係について教えてくれ」

 第一試験の合格発表から数日後。状況確認で連絡を寄越してきたシャレイネに、ゼノウは単刀直入に尋ねた。

『いきなりだな。こっちは試験の状況に確認をするつもりで連絡したんだが』

「それついては一次試験を突破した。まあ色々あったが結果オーライだな」

『聞いたぞ。特例でポイントが付与されたそうじゃないか。人助けが巡り巡って自分を助けるとは、なんとも泣ける話じゃないか』

 シャレイネは身振り手振りが浮かぶような大げさな口調で言う。

「俺もああなるとは思っていなかった」

「二次試験も上手くいってくれると私としても安心するんだが」

「残念だが二次試験はより厳しくなりそうだぞ」

『もう二次試験の組み合わせが届いたのか?』

「だから、さっき訊いたんだ」

 まさか、と言ってシャレイネはそう言って少し表情を暗くした。

『成績最上位者と最下位者、運命とは数奇ものだな』

「あいつはそのヒルダという奴と仲が良いのか?」

『一年の頃からよく一緒にいたのは覚えている。端から見ていて仲が悪い感じではなかったが、いつの間にか疎遠になっていたみたいだな。なにがあったか知らないが』

 シャレイネの話を聞きながらゼノウはあのときのアリーゼの顔を思い出した。ヒルダという少女が見ていると告げたらアリーゼは露骨に顔を暗くした。あの反応は疎遠になったことを後悔しているように見えた。

『アリーゼはどうにかして関係を元に戻したと思っているみたいだが、見ている限りでは上手くいっていない感じだな。ヒルダについては、マクギランという名を聞けばある程度想像がつくんじゃないか』

「あの勇者の名家か」

 マクギランという名にはゼノウは聞き覚えがあった。

 アリーゼと同じように大英雄の血筋を引き、特に炎魔法の扱いに長けた家系だ。先々代ぐらいまでは今の勇者の在り方に異を唱えていたが、先代から血筋や権力を重んじるようになり、現当主ではそれがより顕著になっていると聞いたことがある。

『娘のヒルダにも次期当主として多大な期待を寄せているようでな、それが二人を疎遠にしたのかもしれん。実際、ヒルダは学院でも屈指の実力者で対等に渡り合える奴はそういない。アリーゼのことは応援したいが、お前の見立てとして勝算はどれくらいある?』

「単純な勝ち負けでいえば、万に一つも勝ちはないだろうな。ただ、知ってのとおり二次試験の合格基準は計三戦のうち二勝が条件だ。仮に一戦負けたとしても残りを勝ち越すことができれば合格もあり得る」

『それを聞いて安心した。つまり可能性はあるってことだな』

「といっても本人次第だからな。決闘中は口出しもできないし、二次試験はあいつの踏ん張りにかかってる」

『そうか。可能性があるなら私もアリーゼを信じて吉報を待つとしよう。二次試験も頑張って、と伝えておいてくれ』

 分かった、と短く返事をしてゼノウは席を立った。


 勇者適性試験の二次試験はランダムに選ばれた二人による決闘だ。一切手加減なしの正真正銘の実力勝負。ランダムで相手を組まされるため、実力が不釣り合いな組み合わせになることも珍しくない。計三戦のうち二勝できた者のみが最終選考へ進めることができる。

 両者ともに決闘の開始前にペンダントに加工した魔石を渡され、先に魔石を破壊されるか、降参したほう負けとなる。

 そして、二次試験で周囲に人的被害が及ばないように人里から離れた場所で行われる。今はその場所へ移動の最中だった。木々が多くなってきたが、地図によればもうそろそろ到着してもいい頃だ。

「と、以上が二次試験の概要だ」

 道すがらゼノウは説明する。

「た、対人戦ですか。人と戦うのは初めてなので上手く戦えるかどうか不安です……」

 勇者ギルドに集まる依頼の中には盗賊や無法者を追い払うものや救助といったものもある。勇者はただ戦えばいいというわけではないのだ。

「で、でも、勝敗が全てじゃないならわたしにも可能性はありますよね?」

 懇願するように訊いてくるアリーゼ。それは暗に肯定してほしいという言っているようであった。参加者の中でおそらくもっとも実力の低いアリーゼとって勝敗が重要視のは朗報だ。どのような相手であれ勝ち目が薄い以上、内容で勝負するしかない。

「確かに内容次第ではお前にも可能性はある。ただ……」

 そこでゼノウは言葉を濁した。

 そして、一拍置いてこう口にした。

「お前はまず対戦相手のことを気にしたほうがいい」

 アリーゼは一瞬ゼノウはなにを言っているのか理解できなかったが、鬱蒼していた森を抜けて開けた場所に出たとき、すぐになにを意味しているのか理解した。

 まるで決闘するために存在するような森の中に突然現れた丸く開けた場所。おあつらえ向きのその開けた場所の中心でその者は立っていた。

 燃え盛るような紅蓮の髪。

 地面に突き刺すは、脈動するように煌々と輝きを放つ炎を纏う大剣。

 それはアリーゼの知っている人物だった。

「ひ、ヒルダ、ちゃん……」

 頬を撫でていく風が少し熱い気がした。


「久しぶりね、アリーゼ」

「ヒルダちゃんのほうこそ……」

 瞑想するかのように閉じていた目を開けて、紅蓮の髪の少女――ヒルダ・マクギランはその双眸でアリーゼを見据えた。

「組み合わせを見たときはさすがに驚いたわ。まさか貴方とここで相見えることになろうとはね」

 再開を喜ぶにはあまりにはぴりぴりとした雰囲気が漂う中、試験官が判定用の魔石のネックレスを両者に手渡す。このネックレスを付けて、あとは両者のタイミングで決闘が開始となる。

 沈黙が降りる。

 どちらかが動かない限り状況が変わることはない。

「アリーゼ、決闘の前に私は貴方に謝りたいことがあるの」

 おもむろに口にしたのはヒルダだった。

「謝りたいこと?」

「私は貴方のことを少し見縊っていた。私は無策に、無謀に叶いもしない夢を追い続けることを愚かなことだと思っていた。けれど、そんな貴方は今こうしてここに立っている。私と相見えている」

 呼応するようにヒルダの炎の大剣が輝きを増す。

「私は、貴方を対等の存在として認める。決して愚かではない。死力を尽くして戦うことを約束するわ。だから貴方も――全力でかかってきなさい」

 今のアリーゼとヒルダには天と地ほどの差がある。格上であるヒルダがアリーゼを対等の存在であると認めた。それは実力ではなく、同じ勇者を目指す者として全力で戦うに値すると認知してくれたということだろう。

 アリーゼは内心ではヒルダと戦いたくないと思っている。だが、ヒルダはすでに覚悟ができている。であるならば、自分もまた覚悟を決めて戦うべきだろう。関係の修復はこの戦いを終えてからにするしかない。

「分かったよ、ヒルダちゃん。わたしも全力で、行くね」

 今の実力でどれだけ渡り合えるかは分からない。それでも鍛錬を積み一次試験だって突破した。ゼノウから聞かされた二次試験の主旨も踏まえると可能性は十二分にある。

(やれるだけやってやる)

 目の前に立ちはだかる壁はあまりにも高い。それでもアリーゼは臆せず剣を抜いた。

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