第13話

 ほんの気まぐれだった。

 まだエストレア学院に入りたての頃、ヒルダ・マクギランはいじめられていたある少女を庇ったことがあった。

 知り合いでもなんでもない赤の他人。助ける義理はなかったが、あまりに見ていられないものだから手を差し伸べた。それに力を誇示するために他者を貶す者をヒルダは忌み嫌っていた。

 案の定こちらが介入すると、より強い存在との力量の差を見せ付けられて、いじめていた者たちは尻尾を巻いて逃げていった。

 それからというもの、いじめられていた少女はヒルダに付いてくるようになった。特に邪険にする必要もなかったので放っておいたのだが、あるときヒルダは少女に尋ねた。どうしてそんなに自分についてくるのかと。


――かっこよかったから。


 そう面と向かって言われた。

 今にして思えば、この焼け付くようなわだかまりはあのときから始まっていたのかもしれない。

「かっこよかったから、か」

 二次試験当日の朝。ヒルダは少し早く目が覚めて、自室の窓から朝日に包まれていく街の景色を眺めていた。

「とんだ皮肉よね」

 不意に自嘲的な笑いが漏れた。

 ヒルダは次期当主の最有力候補として父親から多大な期待を寄せられている。それは日々日常を過ごしている中でもひしひしと感じ、事勇者のことに関してはそれがより顕著になる。

 学院でどれだけ優秀な成績を取ろうとも父親がくれるものは称賛ではなく、さらなる期待だ。褒められたことは一度もない。

 それでもヒルダはそれを重圧とは感じなかった。家柄の尊厳と地位を保つためには当主は常に厳然とあらねばならない。強くなるために、父親の期待に応えるためにヒルダは必死に鍛錬を積み勇者適性試験に臨んだ。

「私はマクギランという名を継がねばならない」

 どこに行っても口にされるのはマクギランという家の名。誰一人として自分の名前を呼ばれることはない。ヒルダという存在は常に父親の影にあるのだ。だからこそ、強さへの渇望は人一倍あった。いつかそれを自身の名に塗り替えるために。

 この生き方に後悔はしていない。ただ、どうしてだろうか。父親の期待に応えようとすればするほど、幼き日に憧れた勇者像から遠ざかっていくような気がしていた。

 あのときの純真無垢な瞳は今でも忘れることはない。今の自分にかつて少女が憧れてくれた部分がどれだけ残っているだろうか。

「もう、後戻りはできない。しないと決めた」

 心の奥底で燻る気持ちに蓋をする。マクギランという家名は生半可な覚悟で背負えるものではない。先代が全てを捨てる覚悟で死守し続けていたからこそのマクギラン家がある。それを自分の代で失墜させるわけにはいかないのだ。

「悪いけど、たとえ貴方であっても手は抜かないから」

 遠くを見つめてヒルダは言う。学院の頂点に近いと言っても過言ではない彼女が唯一意識して忘れることのできない相手。最近ではとあるエルフの誘拐を阻止したと風のうわさで聞いた。

 気が付けば、握り拳を作り爪が食い込むくらい強い力を込めていた。

「この思いにも、もうすぐ決着を付ける」

 踵を返してヒルダは自室を出て出発した。

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