第10話

 山奥の一軒家で修行を始めてから数日。

 本日は休息日も兼ねて、ゼノウはアリーゼを都市部まで足を延ばしていた。

「今日はどこに行くんですか?」

「勇者適性試験に受けるにあたって顔馴染みを紹介しようと思ってな」

 その言葉のとおり、ゼノウは客引きの声や客との熱い値引きバトルが繰り広げられる賑やかな商業区を抜けていく。そんな都市部でも目玉の場所から少し離れて見えてきたのは勇者ギルドと同じくらいの規模の建造物。

 門のようになっている所でゼノウは受付のような人と何回か言葉を交わし通行を許可される。

「わぁっ!」

 扉を開いてアリーゼの目に飛び込んできたのは、さきほどの商業区の喧噪に勝るとも劣らない活気だった。職人と客がやり取りを交わしていて、客側に共通している点は誰もが魔石のブレスレットを付けているということ。つまり全員が勇者ということだ。

「ここって……」

「学院で聞いたことくらいならあるだろう。勇者ギルドに登録している勇者のみが許可されている商談の場だ」

 どの勇者も熱心に商品を見定めたり、装備の調整を念入りに行っていたりと、それは真剣そのもので、その熱気を前にアリーゼは圧倒されるばかりだ。

「物資の調達や宿屋の手配など、勇者が依頼を円滑にこなすために必要なことの調整を行うのが商工ギルドだ」

 忙しなく人が行き交う中をぶつからないように歩きながらゼノウは説明していく。

「勇者って自由に宿屋とかを使えるわけじゃないんですか?」

「そんなわけあるか。勇者だからといって初めて訪れる場所で都合よく宿屋が見つかるわけないだろう。こうやって様々な人の協力のおかげで勇者は成り立っているってことだな」

「そうなんですねぇ」

 そう言ってアリーゼは改めて周囲を見回す。

「勇者って一人の力じゃなくて、色々な協力を得て成り立っているんですね。わたしも忘れないようにしなきゃ」

 アリーゼは己の中にしっかり刻み付けるように口にする。その姿をゼノウは横目で見ていた。

「あれ、ゼノウの旦那じゃねぇか」

 アリーゼの先を歩くゼノウを厳つい顔をした男が呼び止める。筋骨隆々とした巨躯はまさしく職人に相応しいがたいだが、その迫るような剣幕はアリーゼの苦手としている怖い人に分類される。呼ばれたわけでもないのに思わず気圧されそうなってしまう。

「スミス、久しぶりだな。商談のほうは順調か?」

「おかげ様で。……ん、そっちの嬢ちゃんは見ねぇ顔だな」

 厳つい顔の男改め――スミスはアリーゼを見て目を眇める。

「そう睨んでやるな。こいつは今度の勇者適性試験を受けるエストレア学院の生徒だ」

 ゼノウの紹介されてアリーゼは少しおどおどしながら前に出る。

「あ、アリーゼと言います。宜しくお願い、します」

「こりゃご丁寧にどうも。スミスだ。怖がらせて悪かったな。こんな見た目だがそんな怯えなくていいからな」

 スミスはアリーゼを怖がらせないようにとにかく笑顔で応じるが、元々が厳つい顔だけにその作り笑顔も微妙に様になっておらず、どこか不気味に感じになってしまっている。

「は、はい。怖がらないように頑張ります」

 どんな頑張りだ、と内心で突っ込むゼノウである。

「それで、この嬢ちゃんをどうしてゼノウの旦那が連れているんだ? 試験を受けるにあたって商工ギルドに顔を出すのは納得できるが、別に一緒に回る必要はないだろ」

「話せば長くなるが、まあ端的にいえば今はこいつの師匠をやっている」

 ゼノウのその一言にスミスは一瞬驚いたような顔をして、

「あの勇者嫌いのゼノウの旦那が弟子を取ったなんて……、こりゃ明日は天変地異が起こるかもな」

 両手を組んで拝むように天を見上げる。

(勇者……嫌い?)

 声には出さないものの、アリーゼの内心に疑問符が浮かぶ。ゼノウと会ってからその話は一度も聞いたことがない。

「今回だけの特別だ。それに教える価値がないと判断すればすぐに追い返す」

「おー怖い。嬢ちゃん、もしゼノウの旦那からひどいことをされたら、オレが文句言ってやるからな」

「なんで指導している俺が文句言われないといけないんだ……。いい加減、話を戻すぞ。今日はこいつの装備を見立ててほしくて訪ねた」

「確かに嬢ちゃんは例年の参加者と比べたら華奢だからな。身一つで突っ込むのはちと危険だろうな」

 ふざけた態度を改めて職人の顔付きになったスミスはアリーゼの全身を俯瞰してみる。

 装備と言われて、アリーゼはふと道中で見かけた様々の勇者の容姿を思い出した。要塞を思わせる全身を包む金属の鎧や軽さと動きやすさを重視した軽装まで様々だった。

「あ、あの、装備ってどんな感じなんですか? さすがに重すぎるのは無理だし、露出度が高いのもちょっと恥ずかしくて……」

「お前はどんなものを想像しているんだ」

 少し頬を赤くして言うアリーゼを呆れたようにゼノウが一蹴する。

「心配しなくても嬢ちゃんが想像しているようなものじゃねぇよ。魔法具って言えば分かるか?」

 アリーゼの鈍い反応を見兼ねてゼノウが説明を挟む。

「魔法具は魔法の一部を魔力とともに魔石に封じ込めたものだ。強力ではない分、精霊を介さずにとっさの発動ができるうえに術者の魔力を消費しない。今のお前にはぴったりの装備ってわけだ」

「そんな便利なものがあるんですね」

「魔法具ならオレ以外にも扱っている奴がいるし紹介するぜ。……ところで嬢ちゃん。一つ訊きたいんだが、その腰にあるのはひょっとして剣か?」

「そ、そうですけど……」

「少し見せてもらっても構わないか?」

 スミスに興味津々にアリーゼの腰にある剣を凝視する。これはアリーゼにとって形見の剣だ。一瞬渡すかどうかを逡巡しておもむろに剣をスミスに手渡した。

「その剣がどうかしたんですか?」

「思ったとおり、かなり錆びてるな。これじゃ使い物にならないだろ」

 スミスは剣をつぶさに観察する。

「嬢ちゃんさえよければ、研磨してみてもいいがどうする?」

「せっかくだしやってもらったらどうだ?」

 そう問われたアリーゼは少し困った顔をして、

「その、そう言っていただけるのはありがたいんですが、でもその剣はわたしの先祖の形見なんです。だから、わたしとしてはこのままで――いえ、このままがいいんです」

 その言葉がアリーゼの強固な意志であることはスミスにも見て取れた。これ以上は口出し無用と判断し、剣をアリーゼに返した。

「余計なことを言って悪かったな。それが嬢ちゃんの望みってことならオレも異存はねぇ。大事にしてやりな。その代わりに魔法具に関してはオレも一緒に目利きをしてやるぜ」

 ガハハ、とスミスは快活に笑った。

「魔法の訓練もあるから効率的に頼むぞ、スミス」

「任せてくれ」

 スミスの先導でゼノウとアリーゼは商工ギルドの中を巡る。

 魔法の訓練と装備の調達。

 勇者適性試験までの日々はあっと言う間に過ぎていく――。

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