第二章

第9話

「やっぱりあんたの入れ知恵だったか」

『入れ知恵とは人聞きが悪い。可愛い生徒に可能性の一つを提示したまでだよ』

 遠隔通信魔法が紐付けられた魔法具――遠見水晶でゼノウはシャレイネにうんざりしたようにして言った。

「俺が勇者を毛嫌いしているのは知っているだろう」

『だからこそだ。君ならば、今では稀有な彼女の志の輝きに気付けると思ったんだ』

「まあ稀有なのは認めるが」

『で、彼女――アリーゼの見込みはどうだ? 強くなれそうか?』

「その聞き方は正しくないな。強くなれるかどうかはあいつ次第だ。俺はあくまで道を示すに過ぎない」

 ゼノウの言い方に遠見水晶の向こう側のシャレイネは苦笑する。

『君は相変わらずだな。まあお手柔らかに頼むよ』

「引き受けたからには指導するが、優しくするつもりはない。途中で音を上げるようならそれまでということだな」

『厳しいねぇ、――と、もうそろそろ来る頃か』

 アリーゼは朝一の便でこちらに向かっている。出発時刻から考えればそろそろ到着する頃合いだった。

『あ、そうそう。こちらからも一つ忠告しておく』

「なんだ?」

『これから君とアリーゼは一時的とはいえ寝食をともにすることになる。まさかとは思うが妙な気を起こすなよ?』

「誰が起こすか」

 下らないことを言うな、とゼノウは深々とため息を吐く。

『年下は対象外か?』

「あんたが言ったんだろ……。俺は迎えに行くからそろそろ切るぞ」

『そうしてくれ。ではアリーゼのことを頼むぞ』

 ああ、と一言だけ返してゼノウは迎えに行くために席を立った。


「ま、まだ歩くんですか……?」

 息切れ切れになりながらアリーゼが絞り出すようにして言う。

「これから勇者を目指す奴がこれくらいで音を上げてどうする。嫌なら引き返すが?」

「む……。わ、分かってますよ。わたしだって一度口にしたことを覆したりはしません。このくらいどうってことはないです」

 そう言ってアリーゼは一歩を踏み出すが、明らかにその一歩はゆっくりで疲労の色が見て取れた。さすがに着替えなどが入った荷物を持ちながらの斜面は負担がかかる。

 ゼノウとアリーゼは今、地方都市から離れた山中を歩いていた。駅でアリーゼを出迎えてからそのまま別路線に乗り換えてここまでやってきた。普段から誰も通る者はいないようで、足場は悪くお世辞にも整備されているとは言えない。

(根性はある、か)

 そう内心で思いつつゼノウは続ける。

「俺たちが今向かっているのは、俺が廃墟になっていたのを見つけて、時折ねぐらにしていた建物だ」

 足場の悪い山道を辿ってきて急に開けた場所に出る。その広場のようになった場所に一軒家はあった。


「早速だが、アリーゼはどの程度まで魔法が扱えるんだ?」

 アリーゼの荷物を一軒家に置いてゼノウは指導に移った。なにせ件の試験まで時間的猶予はあまり残されていない。

「基礎的なことなら多少は……」

 アリーゼはとても小さく、自信なさそうに言う。エストレア学院に在籍している自分と同世代の生徒と比べればその実力差は顕著だけに、自分で己の不出来さを口にするのは気が重いのだろう。

「基礎的? 先日、アリーゼが見せたあの青い炎はどうみても基礎レベルではないと思うが」

 問われたアリーゼは困ったような曖昧な笑みを浮かべて、

「え、えーと、実はわたしにもどうして魔法が使えたのかよく分からなくて。その、助けたいと思ったら、こうドーンって」

 アリーゼ自身にもどうして発動できたのか分かっていないのは本当のようだ。

「説明はもういい。まぐれだとしても一度発動できた時点で可能だということは事実だ。それも踏まえて、まずは実際に魔法を発動するところが見たい」

 指導するにもまずはアリーゼの力量を知らないことには始まらない。魔法の力量と一口にいっても、本人の魔力量から精霊との相性、制御力まで様々だ。ちなみにエストレア学院のアリーゼと同世代の平均は基礎魔法を十全に扱えるくらいだ。先日の偶然発動した魔法を除外しすると、基礎的な魔法を多少程度では全然足りていないのだ。

「はい……」

 覇気のない声でアリーゼは魔法の発動工程を行う。

 魔法の発動に不可欠な発動過程は、主に発声と特定の行動によって成り立っている。発声は発動する魔法を決定付け、行動はその魔法をどうしたいかを決定付ける。例えば、炎を飛ばしたたいのか、剣に纏いたいのか、自在に操りたいのか。それは術者によって千差万別だ。

 その発声と行動をもとにして魔法は発動されるが、その発動を行うのがこの世に数多に存在する精霊と呼ばれる者たちだ。精霊は発声と行動、術者から供給される魔力を元に魔法の構築する。魔法は実際には精霊たちの力の一部を借り受けて行われているのだ。

 本人の魔力量が少なければ貸与される力は少なくなり、精霊との相性が悪ければ精霊の力を十全に扱えず、制御力が低ければ精霊の力に飲み込まれ暴走してしまう。

 ゆえに魔力量、精霊との相性、力の制御が重要となる。

「……も、もう、ダメ」

 必死に魔法を発動させていたアリーゼは限界だというように声を漏らす。なんとか形状を保っていた炎は一瞬にして消え失せた。同世代と比較しても魔法を維持できていた時間は短い。

「これが今のアリーゼの実力というわけか」

「はい……」

 冷静に現状を分析するゼノウの前でへたり込むアリーゼは面目なさそうに目を伏せる。

「まあ時間がないとはいえ、焦ってどうこうなるようなものでもない。まず魔法を維持できる時間を長くするところからだな。魔力というものは体力と同じで繰り返し鍛えれば少しずつ身に付いていくものだ。魔法の発動と休息を交互に行うところから始めるぞ」

「え、今のを、何回、も……?」

 思わず声を出して引きつった笑みを浮かべるアリーゼ。魔力を使ったあとの疲労感は走ったあとの疲労感と同じようなものだ。使えば使うほど疲れる度合いも増す。

「それくらいの荒療治でもしないと短期間で地力を向上させることは無理だぞ。覚悟を決めたんだろ?」

 そう煽られたアリーゼは頬を引き締めて、

「もちろんです。気後れなんてしている暇はない。わたしは進むんだ、一歩先に」

 それは己を鼓舞しているようでもあった。


 昼前に魔法の反復練習を始めて数時間。気が付けば、陽は沈みかけ辺りが斜陽に染まりつつあった。

「つ、疲れたぁぁ??」

 青々とした芝生の上でアリーゼは大の字に寝転がった。斜陽が目に眩しい。

 ゼノウからは今日はこの辺にしようと言われていた。しばらく寝転がって落ち着いたら一軒家に戻るつもりだ。

「こんな連続で魔法を使ったのは初めてだなぁ」

 茜色の空を流れていく雲を見ながらそんなことを思う。疲労感はかなりあるが、全力で走ったあとの清々しい気持ちにも似た達成感があった。今でこそ英雄と呼ばれている勇者もこうして地力をつけていったのかもしれない。

「まだまだ先は長いなぁ」

 言ってしまえば、今はまだ数々の勇者志望者がとうの昔に通り過ぎていったスタートラインに立ったに過ぎない。おそらく自分は多くの勇者志望者が歩む道とは何倍も険しい道を歩むことになるだろう。その道を踏破するにはまずは目の前の課題を一つずつ乗り越えていくしかない。

「そういえば、どうしてあのとき、魔法を発動できたんだろう……」

 ふと思い出す。あのときとはエルフを助けるために無我夢中で戦ったときのことだ。

 魔法の反復練習の最中も何度かあのときの魔法を再現しようとしたが、どうやっても二度目の発動を行うことはできなかった。あの魔法がいつでも使えるようになれば、かなり心強いを思ったのだが人生はそう上手くはいかないようだ。

 ただ、ゼノウが一度発動できたのなら可能性はあると言っていた。このまま訓練を続ければいつかあの魔法にも手が届くかもしれない。

「明日も頑張るぞぉー!」

 小さく意気込んで立ち上がってアリーゼはゼノウの待つ一軒家に戻った。

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