第8話

 エルフを襲った二人組の男の身柄は勇者ギルドで一時的に預かることになった。数日もしないうちに然るべき機関に移送され相応の裁きを受けることになるだろう。

 襲われたエルフのほうも身体に異常はなく、帰るべき場所へと戻ることができた。

 アリーゼもいちおう目撃者ということで勇者ギルドに呼ばれて色々と当時の状況を訊かれた。その勇者ギルドからの帰り道、アリーゼは礼を言うためにゼノウの部屋を再び訪れた。

「ひとつ、聞いていいですか?」

「なんだ?」

「どうしてあの場所が判ったんですか?」

「不自然な青い光が見えたからな。それを頼りに向かったら偶然あの現場に出くわしたわけだ」

 窓の外を見たまま、ゼノウは無愛想な声で答えた。

「……あの、弟子入りの話なんですけど」

「またその話か」

「わたし、やっぱり諦めようと思います。勇者を」

「……どうして?」

 ほんの少しだけ間を開けて訊く。

「わたしは、わたしの矜持を行動に起こした……つもりでした。けれど、結局自分の力ではなにも助けることはできなかった。誰かに助けてもらってばかり。こんなわたしが勇者を目指すなんてやっぱりに土台無理だったんです」

 アリーゼはゆっくりと目を伏せる。その声色はとても大切ななにかを押し殺しているように見えた。

「こんなわたしが仮に勇者になったとしても、きっと周りに迷惑をかけてしまう。だったらそうなる前に諦めたほうがいいんです。今回のことで諦めがつきました。ゼノウさんの言うとおり、荷物を纏めて帰ります」

 アリーゼはおもむろに踵を返して部屋を出て行こうとする――その背中に。

「お前はひとつ勘違いをしている」

 ゼノウが言った。今度は窓ではなく、しっかりと、真っ直ぐに、アリーゼを見て。

 アリーゼが立ち止まる。その背中にゼノウは続ける。

「確かにお前はエルフを助けることはできなかった。だが、言っただろう。お前が放った炎の光があったおかげで気付くことができた。もし、あそこで立ち向かうことをしなければ、俺は駆け付けるどころか気付くことすらできなかった。お前の勇気がエルフを救ったんだ」

 アリーゼが振り向く。

 その瞳と視線を合わせ、ゼノウは言葉を紡ぐ。

「アリーゼ、お前は己を矜持を行動で示してみせた。だが、俺は簡単に己の志を折るような腰抜けの奴に教えるつもりはない。どうするかはお前次第だ」

 答えは決まっていた。勇者を志した日からずっと。その想いはどれだけ己を偽ろうとも決して消えることはなく燻り続けている。

 だから、アリーゼをそれを口にする。今度こそ目の前に示された可能性を逃さないために。

「わたしは勇者になることを諦めたくない。わたしが強くなることで少しでも救える命があるなら――わたしはそれを救いたい。だから、わたしを――強くしてくださいっ!」

 アリーゼは精一杯に頭を下げる。

「俺は今のお前なら少なからず教える価値があると思っている。だが、その価値が少しでも失われたと判断すれば、そのときは容赦なく追い返す。甘えは許さない。その覚悟はあるか?」

「勇者を志したときからもとより覚悟はできています」

 芯が通った力強い声はアリーゼの中にある覚悟を如実に表していた。

「お前の覚悟は確かに受け取った。指導は明後日から開始する。しばらくは帰れないから色々と準備しておけ」

 アリーゼは、ぱあっと顔を明るくさせて、

「これからよろしくお願いしますっ!」

 そう言うとアリーゼは一礼して部屋をあとにする。

「アリーゼ――フォンレット、か」

 部屋が静かになってしばらくしてからゼノウは窓の外の目を向ける。

 空はいつの間にか夜明け前の赤みがかった空だった。陽光が街を、人を、全ての生物を照らす。あまねく生物に恵みをもたらす豊穣の命の光。かつて勇者はそんな人類と他種族を繋ぐ架け橋だった。

「ロイエス、あいつならもしかしたら――」

 そう呟くゼノウの声は夜明け前のしんとした空気に溶けていった。

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