第5話

 ギルドと一口に言っても、正確には勇者ギルドと商工ギルドという二種類がある。今アリーゼが向かっている勇者ギルドは、勇者の管理や依頼の斡旋などを行う勇者ギルドである。現在活動している勇者の情報は各地にある勇者ギルドに集約され、相互に照会できる仕組みになっている。

 さきほどの宿屋での騒動を治めた人物が勇者ではないことは確定しているが、勇者ギルドに出入りしているのであれば、そこでなにかしらの情報が得られるかもしれない。

「あのー」

 最寄りの勇者ギルドに到着したアリーゼはおそるおそる声をかける。連絡がいっているとはいえ、憧れの勇者ギルドに入るのはなかなかに緊張するものだ。

「はいはーい」

 受付で人を呼ぶといかにも快活そうな女性が軽やかな足取りに応対しにやってくる。

「なんの御用でしょうか?」

「アリーゼ・フォンレットと言います。あの、シャレイネ学院長から連絡がいっているかと思いますが」

「あー、あなたがアリーゼさんね。シャレイネ学院長から聞いてますよ。人を探しているんですよね?」

「はい。この人なんですけど……」

 そう言ってアリーゼは学院長から受け取った写真を渡す。

 女性は少しだけ目を凝らしたあと、一瞬驚いたような顔をしてアリーゼに問う。

「この人を探しているの?」

「はい。事情は言えないですが、どこにいるかご存知でしたら教えてもらえませんか?」

 アリーゼからそう言われた女性はひっそりと、しかしとても悪い笑みを浮かべた。

「もちろん知っていますよ。ちょっと待っててくださいね」

 女性は楽しそうな足取りで奥に戻っていく。気のせいでなければ、スキップしているようにも見えたのだが。

(……気のせい?)

 少し気になったが、今もっともアリーゼが興味があるのは件の人物だ。その引っかかりは気にしないでおくことにした。

「えーと、今はこの宿屋に泊まっているみたいね」

「え、今は、ですか?」

「そう。定住を持たない人なのよねぇ。まあ、仕事はしっかりやってくれるから別に構わないだけどね」

「変わった人なんですね……」

 定住を持たないとは相当変わっていると言っていい。気難しい人だったらどうしよう、とアリーゼの一抹の不安がまた一つ増えた。

「でも、基本はいい人だから安心して」

「基本、ですか……」

「そんな顔しなくても大丈夫よ。取って食おうってわけじゃないんだし」

 不安な気持ちが顔に出ていたのか、女性が慌ててフォローを入れる。

「いちおうこちらからも連絡を入れておくから、心配しないで」

 アリーゼを安心させようと女性は柔和な笑みを浮かべた。人の良さを感じさせる笑みだった。それを見てアリーゼは少し気を持ち直した。

「すみません、色々と。わたし頑張って会ってきます」

「その意気よ」

 女性のガッツポーズに合わせてアリーゼも同じ動きをする。

 アリーゼが勇者ギルドを出たとき、夜はさらに闇を深めていた。


 件の人物が現在の生活拠点としている宿屋は町外れにあった。まだ都市の中ではあるので魔法によって守られ辛うじて魔獣から襲撃は受けていないが、その影響で客足は遠退いているようだった。

「ここで合ってる……よね?」

 お世辞にも繁盛しているとは思えない寂れ具合。これが人でごった返す人気であれば、それも年季として見えたかもしれないが、閑古鳥が鳴くこの有様ではとてもそうは思えない。暗夜に浮かび上がるそのシルエットはさながら不気味な洋館の様相であった。

「お邪魔します……」

 その雰囲気に気圧されてか、アリーゼの声も尻すぼみになる。

 返事はない。受付カウンターのいかにもやる気のなさそう主人はちらりとアリーゼを見るだけだ。元々泊まるつもりはないので声をかけられないことは問題ではないが、寂れている理由が少し分かった気がした。

「あの」

 受付カウンターの主人に声をかける。緩慢な動作で主人は本来の仕事に取りかかる。

「一晩ですか?」

「いえ、あの、この人が泊まっていると思うのですが」

 アリーゼは勇者ギルドでも見せた写真を取り出す。

 しばらくまじまじと写真を眺めた主人はゆっくりと口を開く。

「連れの方で?」

「いえ――あ、そうです」

 思わず嘘を吐いてしまった。とはいえ、ここまで来て会えないというのはもっとも避けたい事態だ。多少嘘を吐いてでも会わなければならない。

「一番奥の部屋です」

 アリーゼの少しおどおどした様子に若干訝しむ主人だが、すぐに興味をなくしたように深くは言及しなかった。

 一歩一歩進むたびに廊下が軋む音がする。まるで鼓動と重なるようでよりいっそう緊張を意識させた。

「ここね」

 扉をノックする前に少しでも心を落ち着かせるために深呼吸する。

「……よし」

 覚悟は決まった。

 コンコンと扉をノックする。ほどなくして部屋の中から一人の男性が顔を出す。

 写真で見たとおりの黒髪に紫がかった瞳。その瞳がアリーゼを見下ろした。

「誰だ?」

 目を細めて問う。

「いや――その格好、エストレア学院の生徒か」

 エストレア学院の生徒だと判った途端にその視線は値踏みするような鋭いものへと変容した。

 エストレア学院の生徒だと分かっているのならこちらの要求も幾分か理解してもらいやすくなるはずだ。この好機を逃すまいと、気圧されそうになるのをぐっと堪えて、アリーゼは言葉を紡ぐ。

「あの! あなたがとても優秀な方だと、ある方から訊きました。勇者を志す者として、あなたに教えを乞いたいと思い来ました。どうかわたしを弟子に――」

「断る」

 にべもない拒絶。アリーゼはあまりの否定の早さに二の句が継げなかった。それでもなんとか食らいつく。ここまで来てそう易々と引き下がるつもりは毛頭ない。相手がうんざりするまでお願いする覚悟だ。

「そんな! せめてお話だけでも」

 扉を閉めようとしているところに割って入る。

「断る――と言いたいところだが、その様子では簡単には引き下がらなさそうだな。仕方ない。話だけは聞いてやる。場所を変えるぞ」

 そう言って件の人物――ゼノウ・エレティコスは部屋から出て、そのままアリーゼを置いて歩き出した。

「ま、待ってください」

 一人で行ってしまうゼノウの後ろ姿を必死に追いかけた。

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