第23話 アウトソーシング
「いやあ、しかし全く世の中は便利になったものだなあ。こんな小さなノートパソコンひとつで、世界中からの注文が殺到するというのだからなあ。君もそうは思わんか?・・・」
店の片隅で、カタカタとパソコンの画面とにらめっこをしている男を捕まえては、創業180有余年の老舗酒蔵の老社長が声を張り上げる」
男は愛想笑いを浮かべながらも、それ以上会話に入ってはこない。
「社長っ、彼は外部から派遣されてきた営業担当の方でして、うちの社員ではりません・・・」
すかさず、社長の息子でもある若専務が言葉を挟む。
「なに、良いではないか。外部の人間だろうと、うちの仕事を手伝っていることには変わりはないでは・・・」
「違います、社長。彼は手伝いなどではなく、ちゃんとした契約社員で、うちでは顧客からの注文に対する販売の一手を彼が仕切っているのです」
「は、販売のすべてを?・・・」
老社長は、驚いたようにその男を振り返った。
「ところで、今度の新酒の出来はどうかね?」
酒蔵の方を覗き込むようにして、老社長が若専務にと尋ねる。
「なかなかの出来と聞いています。もうひと月もすれば、この店頭にも新酒の瓶を
「ほう、それは楽しみだな。ところで、その酒はどの樽で寝かせているのかな?・・・」
老社長は、なおも酒蔵の方に目をやろうとする。
「社長、何を言っているんですか。新酒の方は外部の蔵に委託しているではありませんか。もちろん、酒樽もそこにあるちゃんとありますから・・・」
「で、では昨年まで住み込んでいた杜氏はたちは?・・・」
「ここには一人もいませんよ。皆んな委託先の蔵で仕込みが終わったら、それぞれの国へと帰って行ったはずですよ」
「こ、麹菌は?・・・」
老社長の顔色が
「大手企業のバイオチームに任せてあります。なにしろ、
老社長は、以前使っていた麹菌の
「出来た新酒はどうなるのだ!」
今では空になった自分の店の酒蔵を、今更ながらに悲しそうな目で眺めまわしている。
「温度に湿度、気圧まで調整された保管庫の中で、ひと月の間きちんと熟成されるはずです」
「それは、どこで?・・・」
老社長は、以前樽が置いてあった場所に転がる小さなバケツを持ち上げながら、若専務を振り返りかえる。
「貯蔵は有名なビールメーカーに任せてあります。もちろん多少の損益はありますが、向こうもその道のプロですから、きっと上手くやってくれるはずですよ」
「・・・・・」
「ちなみに、出来上がった新酒はあの彼が、注文のあった世界各地へと速やかに配送するという手筈になっています。あっ、配送の方もぬかりはありませんよ。冷蔵運輸では第一人者の『黒とらヤマトの宅急便』ですからね・・・」
「では、わしは・・・」
その言葉を、若専務の自信に満ち溢れた言葉が
「社長、すべては委託業者らによって順調に運んでいますから・・・」
老社長は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
(創業180年という、昔からの伝統のやり方は・・・)
「もちろん支払いの方も、電子マネー決済でスムーズですし・・・」
若専務はスマホを片手に、会社の経営状況を逐一チェックしている。
「で、では・・・ わしはその新酒の
「社長、それは大学のデザイン科を卒業した私の仕事ではありませんか・・・」
「えっ・・・」
老社長は、以前に社長自らがデザインしたそれを、
「では、わしは何を?・・・」
すべては外部の企業へと業務委託され、空っぽとなった古い酒蔵を見上げながら、ひとつ深いため息をつく。
「そうですね、もしお暇なら、社長は店の軒下にと吊り下げられた杉玉(杉の葉の穂先を集めてボール状にした造形物で、
「あの杉玉を、わしが・・・」
若専務は
「もううちには、そのくらいのことしかやることはありませんから・・・」
【語彙】
アウトソーシング:内部の組織で賄っていた業務を、外部の企業に委託するという意味の用語。アウトソーシングの目的は、品質やサービスの向上だけではなくコスト削減などで、これまで繁雑だった社内業務を整理することにもなる。
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