第5話 パンデミック
「母さん、見てごらん。南極の氷の中から3000万年前の細菌が見つかったそうだよ」
新聞を読みながら父が母を誘う。
「あら、ちょうどテレビでも同じニュースやってるみたいよ」
テレビのボリュームを上げようとする母に、さらに父が
「でも、ちょっとこれ見てみなよ。この細菌の形、何とも笑っちゃう形をしているんだよ。はっはっはっはっはっ・・・」
「あらやだ、本当に変な形ねえ。ふふふふふっ・・・」
母の方はテレビのそれを見ながら、共に大笑いをしている。
「洋子も見てみなさいよ。ちょっと笑っちゃうわよ」
「私はいいわ、興味ないし・・・」
母の誘いも意に介すことなく、私はゲーム機のボタンを夢中になって指で押す。
「本当に困った子ねえ。こういうことにも少しは興味を持たないと、将来大変なことになるわよ」
「はい、はい・・・」
これまた母の小言を軽く受け流すと、焼けたトーストを口に自分の部屋へと上がっていく。
「母さん、この細菌は新種だそうだよ。どんな感染症があるかも分からないので、当分の間は南極の研究所に置いておくそうだ・・・」
居間では、父の得意げな説明が続いている。
それから連日のようにテレビや雑誌では、あの南極で見つかったという『おかしな形の細菌』の話題で持ちきりである。
当然、細菌になんて全く興味がない私は、もっぱらゲーム機と格闘をしているわけだが・・・
ところが、あのニュースが報じられてからちょうど一週間が経った頃だろうか、不意に父が連絡もなく会社から帰って来た。学生で言うところの早退って言うやつである。
それは、仕事一筋の父にしては珍しいことでもあり、もちろん今までにそんなことは一度も無かった。
父はソファーに寄り掛かったまま、
「お父さん、どこか具合でも悪いの?・・・」
心配して
「何もする気がおきん」
「えっ?・・・」
とその時、玄関のチャイムが鳴る。時間よりも早く、母がパートから帰って来たらしい。
「ごめんなさい、何だかとっても
そう言うと、母はキッチンのテーブルに突っ伏した。
「どうしたのよ、二人とも?・・・」
しかし、それの原因は、私が聞くまでもなく判明した。何故なら、テレビが災害放送ならぬ、臨時ニュース速報を伝えて来たからである。
『臨時速・・・報を、お知ら・・・せ致しま・・・す』
見ると、だらしなくネクタイを着けたアナウンサーが、肩肘を付けながら原稿を読んでいる。
「何これ?・・・」
私は思わず自分の目を疑った。
『今回南極・・・で発見さ・・・れました細・・・菌は、どうやらその・・・形を見ると・・・感染す・・・る模様で、感染者は・・・みな無気力に・・・なるという・・・』
ここまで伝えると、そのアナウンサーはその場でいびきをかいて寝てしまった。同時にそれを映していたテレビカメラの映像も、急に画面が天井へと変わってしまう。
おそらくは、カメラマンもやる気を無くしてしまったに違いない。
無人の画面にテロップが流れる。
『南極で発見された細菌は、脳内のやる気プログラムを破壊してしまうようで、発病した人間は途端にやる気が無くなるとのことです』
(やる気プログラムを破壊する?・・・)
私は両親を振り返る。
『なお感染力は極めて高く、どうやらこの細菌の形を見て笑ってしまうことにより感染すると言うことが分かってきました』
(まさか、あの時の・・・)
『現在、世界中の国では、その対策が・・・』
ところが、テロップはここで途切れてしまった。
「お父さん、お母さん、これから私はどうした良いのよ?・・・」
世界中は、そして人類はいったいどうなってしまうのであろうか? 細菌による汚染は、まさに今始まったばかりなのに・・・
【語彙】
パンデミック:世界的規模の感染及び感染症のことを言う。
爆発感染などと呼ばれることもあり、古くは14世紀のヨーロッパにおけるペストや19世紀以降に発生したコレラなどがある。最近ではインフルエンザ・パンデミックなど、新種のインフルエンザによる感染を言うこともある。
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