第4話 タイムラグ

 しかし思えば便利になったものである。今や地球の裏側の国とも衛星を経由してリアルタイムに話ができるというのだから。

 そりゃあ多少の時間差はしょうがない。なにせ通信回路を介すたびに電波を電気信号へと変換しなければならないのだ。つまりはタイムラグって言うやつだな。

 でもそこがまた良いじゃないか。いかにも日本からは遠い国とお話をしているんですよっていう感じが出ていて・・・


 その時である。実験室にある棚のガラス器具がカタカタと音を立て始めた。間もなく今度はグラグラと横揺れが続く。

 地震である。


 最初のカタカタはおそらく初期微動で、その後のグラグラが主要動であろう。

 当然二つの地震波でもあるP波とS波には、性質だけではなく伝わる速度にも違いがあるわけだが、このカタカタからグラグラまでの時間差もある意味ではタイムラグと言えるのだろう。


 横で私の話に相槌あいづちを打っていた生徒が言葉を挟む。

 「では先生、雷様がピカって光ってから、少ししてゴロゴロって音がするのもタイムラグって言うことですか?」


 その通りだ、よくぞ気が付いたね。

 つまりは光と音とが、空気中を伝わる速度の違いによって生じるタイムラグというものだな。光の速度は一瞬だが、音は一秒間におよそ330mしか進めない。その差がタイムラグを生むわけだ。

 生徒は納得したようにうなづく。


 「先生、他に何かタイムラグの例は無いんですか?」

 生徒は興味津々である。


 たとえば、暑い日にサイダーを飲むとしよう。しかしそのサイダーは冷えてはいなかった。このビンを勢いよく開けるとどうなるか?

 一瞬ビンは何も変化が無いようだが、次の瞬間、中身のサイダーが噴きこぼれるだろう。これもある意味のタイムラグといえるだろう。


 つまりはの事象との事象との間に生じる時間差、これをタイムラグと定義するんだよ。

 生徒達はその話の結末より、きこぼれるサイダーを想像し、皆一様に唾を飲み込む。


 また、ちょっと難しいところでは、ここに『面白い本』があるとする。でもその面白さは、まだ世間には知られていない。

 一ヶ月後、じわりじわりと話題に上りはじめ、半年後には大流行! こんなのも変わったタイムラグの例かも知れないな。

 今度の例題はラグ時間が長すぎたのだろうか、生徒達にとっては少し分かり難かったらしい。


 私はそれを説明するため、黒板に時間軸を書こうと腕を上げた。とその時、脇腹と二の腕の筋肉に痛みを感じた。

 「っう・・・」


 痛がる私に生徒達は心配そうな眼差しを送る。

 「先生、大丈夫ですか?」


 (これは筋肉痛か?・・・ はて、今日は筋肉痛になるような運動はしていないはずだが・・・)

 その時、私は突如ひらめいた。


 「そう言えば一昨日おととい、庭の草むしりをしたんだ!」

 「草むしり?・・・」

 私の言葉に、生徒達は不思議そうな顔をする。


 「そうか、その時の筋肉疲労が、今頃になって出てきたというのか・・・」

 

 生徒達はお互いの顔を見合わせる。

 「先生、それもある意味タイムラグって言うことですよね?・・・」



【語彙】

タイムラグ:互いに関連する事象の間に起こる「時間のずれ」のことで、ある事象に対する反応がすぐに起こらず、遅れて起こる時差のこと。

なお、タイムラグは和製英語である。

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