第3話 ボス

 「それじゃあ、次にボスを決めよう」

 四人のうち、一番賢そうな男が言った。事実、この中で彼だけが大学を出た後、一流企業の研究員という輝かしい経歴を持っている。


 「ボ、ボスは、あ、頭が良い、あ、あんたがなればいいよ」

 このちょっとどもる男は、少し頭が足らないのだが、その分、四人の中では一番正直で信用がおける。


 「ちょっと待ってくれ。ボスにはよお、みんなを引っ張って行く力が必要なんじゃないか。あんたにその力があるのかい?」

 「別に、私もボスになりたいわけじゃないんだ。むしろ腕力がある君がなればいい」


 そう言われた男は、もちろん、この四人の中で一番の剛力なのだ。しかし、彼には思慮深さに欠けるという欠点がある。

 みんなもそれを知っているだけに、この案に賛成の手を挙げかねているのだ。


 「ところで、ボスになれば分け前も一番多くもらえるのかい?」

 「もちろんだ、当然私たちのボスなんだからね」

 賢い男が答える。


 「だったら、僕がなろう。僕なら若いし判断力もある。それに、なんたって営業できたえたこの話術がある」

 そう、この男。以前は、地元の電気会社でセールスの仕事をやっていたという。ルックスも良く、なにせ四人の中でも一番融通ゆうずうがききそうだ。


 「それは助かった。ただ、これから君に掛かる責任も一番重いことにはなるんだが・・・」

 「えっ、責任って?・・・」

 「つまり、私たちに万が一の事があった場合、ボスの君が一番つらい目にあうということさ。その分、報酬も君の方が他の三人より多いんだからね」

 賢い男の言葉に、みんなも一様に合意する。


 「そいつあ、いい考えだ」

 「ボ、ボクも、し、従うよ」

 ところが、若い男は今にも泣き出しそうな顔で、みんなの手を取った。


 「実は、みんなも知っての通り、僕は口だけの男なんだ。とても僕には、そんな責任なんて・・・」

 この後も腕力のある男はブツブツ文句を言っていたが、結局のところ、また振り出しに戻ってしまった。


 「どうだろう。くじ引きで決めるというのは」

 「俺は、別にかまわないぜ。俺は力だけじゃねえ、くじ運も強えんだ」

 「こ、公平な、や、やり方ですね」

 「ダメだよ。僕は昔っからくじ運がないんだ。商店街の福引だって、当たった試しが・・・」

 

 最後までその若い男は駄々をこねていたが、結局、くじ引きでこの四人の中のボスを決めることにした。

 「くじ引きは、アミダにしますか?それとも赤い印のある・・・」

 「そんなもん、何でも良いぜ。それにもう時間がねえ」

 「そ、そう言えば。か、紙もペンも、ここには、な、ないんだ」

 「あー、もう。だからくじ引きなんて嫌だって言ったんだ」

 「しっ!・・・」


 四人は耳を澄ませた。外に人の気配がしたような気がしたのだ。賢い男は他の三人の肩を引き寄せると、聞こえないようなかすかな小声で囁く。

 「しょうがない、ジャンケンにしましょう」

 「・・・」

 「・・・」

 「僕はジャンケンも・・・」

 力のある男が、若い男の頭をゴツンと一つ殴る。


 「ジャンケーン・・・」



 「何をやっているんだ。労働の時間だぞ」

 重いカギを開ける音が、鈍く館内に響く。


 「終身刑囚 617号、618号、619号、620号。本日は看守棟裏の草むしりだ。しっかりやるように・・・」

 四人は、太い鉄格子の中から作業場へと歩き始める。


 でも、昨日までと一つ違うところがあった。

 それは、あの若い男を先頭にして、みんな一列に規則正しく並んでいたのであった。



【語彙】

ボス:一般的には実質的な権力と影響力を有している人間のことをいう。一定組織ではなく非公式的な形で、例えば、特定の集団や地域社会において確固たる勢力をもって人々の動向を支配し、また世論を左右しうる人間がボスと呼ばれる。

日本では、同義語として親方、親分、黒幕、大御所などと呼ばれている人間である。

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