第5話 それぞれの想い(上)

 水曜は週で最も憂鬱な日だ。

 水曜の午後は実験の時間。午後丸々、三限から五限までぶっ通しで設定されている。前期十五週のうち、物理の実験五週、化学の実験五週、授業なしが五週。実験がいつ終わるかわからないため、バイトも設定できない。

 実験終了後の先生のチェックも面倒だ。実験をやりながら書いたレポートがクソなら書き直しというか、足りないところを書かないといけない。もちろん、他人の丸写しは論外。書いている内容を理解しているか、口頭でチェックされる。

 そして、最悪なのは、好きな服を着ていけないこと。事故防止のため、長袖長ズボンに足の甲が覆われた動きやすい靴で行かないとアウト。女子の理系離れの原因はどうみても実験のせいだ! と見当違いな愚痴を言いたくなってしまう。

 その上、今日は一日、しとしとと雨が降っている。傘を持ち運ぶのも億劫おっくうだ。学校の授業は主に、汎用的な教室が大量にある総合棟と、私が所属する工学部の建物群で行われる。雨を避けるために外を出歩く距離を最小限にしたいので、今日は総合棟の空き教室を拝借して晴人持参のお弁当を食べることにした。雨の予報がでていた昨日のうちにお願いしておいて正解だった。


 イライラを紛らわすために晴人といちゃついていたら、知らない女がドスドスと音を立てて教室に入ってきた。黒を基調とした、ボロ布のようなワンピースを着ている。布端が切りっぱなしで、アシンメトリーの裾。ミシンで作れるとは思うけど、着たいとは思わない。

「何か変な臭いがすると思ったら、あんたらだったのね?」

「はぁ?」

 何この女? 晴人の知り合い?

 晴人を見ると、晴人も首をかしげていた。

「こんなにけがらわしい臭いさせて恥ずかしくないの?」

 お弁当、臭いもの入っていなかったよね?

 自問自答し、そして晴人と目を合わせる。

「そうやってベタベタいちゃついてるの、キモいんだけど。」

(本当にあの女に心当たりない?)

 小声で尋ねる晴人に、

(知らない人。誰?)

 と返す。

「ねえ、ちょっと。随分失礼な人ね。

 せめて名前くらい名乗ったら?」

「ふん。私はクロミヤ ユキコ。」

「黒みゃー?」

「黒にゃー?」

「猫じゃない! ク・ロ・ミ・ヤ!

 二人揃って、人をおちょくるのだけは上手いのね。」

 苛立たしいので、晴人の肩に腕をまわしながら挑発してやる。

「ふーん。彼氏に振られたばかりで、カップルを見つけては文句をつけてるんだ?

 そんなんだから振られるって、わかってないのかなぁ? 負け組さん?

 ねえ晴人?」

 こっちを見た晴人に不意打ちのキスをしてみた。晴人の顔がちょっと赤くなるのがかわいい。

 どうだ!

「あーあ。ここまで頭にウジが沸いているとは。

 所詮、ケダモノはケダモノなんだよね。」

「悔しかったらいい男探してみればー?」

 キチガイの相手はしたくないけど、飛んで火にいる梅雨の猫。

 八つ当たりのサンドバッグにしてやるか。

 晴人は黙っている。どう会話に割り込めばいいのか困ってるのかな?

 だいじょうぶ。ここは私に任せておいてね?

「あんたらみたいな、人間を捨てた連中がいくら吠えても雑音にしか聞こえないね。」

「充実してない男旱おとこひでりの人間にひがまれても、痛くもかゆくもないんだから。」

 どやぁー。

「みなまで言わないとだめなの? そのふざけたカップルごっこ、見苦しいんだけど。

 口うるさい女には、オスの臭い。無口の男には、メスの臭い。こっちは二匹かな?

 二人揃って浮気してるのに、よくそんなこと平気で言えるよね。」

 おい。

 何でこの女、ヒカル様のことを知ってるの? 晴人の「姉妹」も。

 驚いた顔で晴人を見る。晴人も青ざめた顔でこっちを見ている。

「ふん。図星だったようね。

 だから言ったでしょ?

 あんたらから汚い臭いがするって。それも、ケダモノ臭い、気持ち悪いくらい臭い。

 はっきり言って、この世にあんたらみたいな人外はいらないから。

 人間やめた連中は、この世から去るのが道理。

 だから、さっさと死んで。今すぐでもいいから。

 死ぬことを選ばないなら、何度も説得に来るから。

 死にたくないなら、どうすれば助かるかを、何度も地に頭をつげて私に教えを買うのね。」

 ふん! と声に出して、失礼極まりない女はドカドカと部屋を出ていった。


「あれ、本当に知らない人だよね?」

「綾音も知らないよね?」

 やはり、知らない人だ。

「何がしたかったんだろう?」

「さあ。」

「どうしよう?

 あ、そうだ。とりあえず、クロミヤユキコとやらを知ってる人がいるかどうか確かめてくれない? 私のほうだと、たぶん無理だから。頼れる人は谷見くんくらいだろうけど、晴人が直接聞いたほうがいいから。」

「わかった。あそこまで特徴のある変人だ、意外と有名かもしれない。」

「偽名を使われた可能性もあるけど、まずは素直に調べてみたい。

 あのアマが神様を認識する能力は聞く際に伏せてね。」

「そうそう、綾音?

 何であの女が何で俺達が仕えてる神様がわかったんだと思う? やっぱり気持ち悪いよ。性別と数を的確に当てたよね。」

「わからない。

 少なくても、今はそこを考える余裕がない。

 あれに粘着されるの嫌だし、なんとかしないとね。」

「ああ。」


 ◇ ◇ ◇


 照会にはあまり時間がかからなかった。

 グループチャット経由で晴人と谷見くんが照会結果を教えてくれた。富木さんも仲間はずれにせず教えることにした。


 谷見くん曰く、晴人は学科内で人望がかなりあるらしく、晴人が変な女に絡まれたとなると多くの人が手を貸してくれたらしい。かわいい彼女をリードするのが憧れの男子からは憐れむような目で、彼女の尻に敷かれたい願望のある男子からは尊敬の目で、そして妙な妄想をして楽しむ女子二人からは「キャラが立っている貴重な総受け担当」として崇められているんだって。結果として学科のアイドルと化しているのがなんか不思議。彼女がいるからといって自慢しない、私にかばってもらったからといって調子に乗らない、そんな控えめな性格が敵を作らない原因らしい。

 名前は「黒宮結紀子」。本名だった。工学部生命工学科の一年生だが三回生。独特のファッションセンスで有名人だったが、最初の夏休みに急に消えた。「須藤のファッションセンスも特徴的だけど、黒宮は須藤みたく品があるわけではなく、不潔ではないけど何か汚い感じ」という証言もあった。退学したのかと思われたが実は一年半の休学で、今年の春から復学したらしい。

 驚いたことに、休学の理由は「産休」だったそうだ。今年の春に黒宮が倒れたことがあったが、介抱した女子が黒宮の服を緩めようとしたところ、お腹に縦線がいっぱいあったんだとさ。黒宮が腹を見られたことに気付いた時、この上なく怖い形相で口止めしてきたが、そのときには既に多くの人が知るところとなっていた。


 Ayaya[何か強烈な人だね。]

 私は感想を書き込む。

 Katsu[とんでもなく苦労してきたことは確かですね。理由は何であれ、大学一年生で出産を決めて、その後休学して復学するのは、相当な覚悟が必要ですよ。

 ただ、この女が過去にカップル狩りをした話はないんですよね。]

 Halto[たまたま虫の居所が悪かったのかな?]

 Ayaya[一度限りだといいな。はっきりいって、絡まれるのは気分悪いし。]

 Ayaya[みんな、情報ありがとう。マジ助かった。]


 Tommy[失われた物を取り返したいのかな?]

 三人の会話が終わってしばらくしたら、富木さんがメッセージを書いていた。

 Ayaya[どういうこと?]

 Tommy[黒宮さんって、二十になる前に子供を産んだんでしょ? 他の人が楽しく遊んでいるときに、自分は子育てをせざるを得なかった。その腹いせもあるんじゃないかな? 楽しそうにしている須藤さんと小郡さんを見ると、悔しいというか、嫉妬というか、そういう気持ちが溢れてきたんじゃないのかな。自分だけ不幸になるのはずるい、憎い、許せないって。]

 苦労してきた富木さんらしい考え方だ。一理ある。

 Tommy[安心して。私もいろいろあったけど、自分は不幸だと思ってないから。だけど、黒宮さんは私じゃないから。こう考える動機はある、ってこと。]

 Ayaya[不幸ぶってても、何もならないのにね。]

 このメッセージを書いた直後、富木さんは最後のメッセージを消した。私だけに宛てていたのかな。

 Ayaya[とにかく、今日は助かりました。再襲撃があっても、どんな人かわかったら対処しやすいし。おやすみなさい。]

 Tommy[おやすみなさい。明日がいい日でありますように。]


 でも、何でだろ?

 チャラ男に晴人の悪口を言われたときはすごくむかついたけど、今日は晴人を攻撃されたのにあまり苛つかなかった。

 今は私と晴人以外にも、私の怒りを共有してくれる仲間がいるからかな?

 それとも、あの謎の女の言っていることが頓珍漢だから?

 まあいいや。


 ◇ ◇ ◇


「取り戻したいんだろうな。」

 布団に入ってヒカル様への祝詞を唱えた後、ヒカル様が声をかけてきた。

「え?」

「あの失礼な女だ。普通の青春を取り戻したいんだろうな。」

「言われてみたらそうかも。十代の最後を妊娠出産で持って行かれたんでしょ?」

「彩佳は、この時期に戻りたかった、やりなおしたい、と思う頃はある?」

「…………ないかも。ヒカル様といる今が、最も充実してる。

 幼稚園に戻りたいとか、ないし。

 高校生活も楽しかったけど、もう一周はしたくないな。」

「そう言える人がどれだけ少ないことか。

 大学も今の感じでよかっただろ?」

「でも、実験の服装はどうにかならないのかな。

 あの化学実験の白衣は微妙だし。暑いし野暮すぎるよ。」

「研究者が全員、白衣を着るわけじゃないからな。」

「せめて、ナース白衣みたくおしゃれだったらいいのに。ワンピースタイプの白衣が徐々に減ってるみたいだけど、やはり、女の子の憧れだよね。」

 ナース白衣のほうがデザインがいいよね、とネットで調べてた私、ダメかな?

 巫女でナースとか、あざとすぎるかな?

「諦めろ。実験用の白衣は普通の服の上に着るデザインだ。ナース白衣とは違う。

 それに、彩佳の大好きなフリルや裾の広がりはナース白衣でもアウトだぞ? 作業の邪魔になったら困るからな。」

「うむーっ。絶対に何かあるはずだ!」

「彩佳は何がされたいんだ?」

「触られたい! なでられたい!

 ……そうだ! 身八つ口みたくスリットを用意したらいいんだ!

 両脇にスリットが開いてるナースワンピースなんてどう?

 普段はスナップボタンかなにかで隠れてて、かがんでてもわかりにくいけど、実は手を入れられるの!」

「ナイスアイディア! さすが彩佳!

 俺の夜伽巫女がここまで成長したと思うと、お父さん涙が止まらないよ。

 服作るようになると、いろいろアイディアが浮かぶだろ?」

「えへへ。」

 褒められた。うれしい。

「病院の一角に改造ナースワンピースを来ている彩佳を呼び出して、スリットから両手を入れ、抱きしめながら胸をもむ。素晴らしいじゃないか。」

「ついでに、ポケットは飾りで、実はポケットに手を差し込むと肌を直接触れるとか!」

「実用性はないけど、夜伽にはいいな。」

「ナースワンピース着てるのに、ショーツを触られちゃうんだ。なんか興奮しちゃう。」

「下着なしで着せるのもいいけど、ここは下着をちゃんと着けた上で変態ナースワンピースのほうが萌えるな。

 そして、ブラは乳首を簡単に触れるハーフカップだ。これは譲れない。」

 私みたいに胸が大きいと、胸をすべて覆うフルカップのブラを使うのが一般的。胸をしっかり支え、ラインをきれいに見せてくれる。一方、胸を半分しか覆わないハーフカップは、「寄せてあげる」のに都合がいいので、胸が控えめの人がよく使う。覆う面積が少ないので、谷間が見えるし、乳首も触りやすい。

「もちろん、彩佳のブラにはパッドをしっかり入れて、もっと大きく見せないとな。」

 やっぱり、おっぱい星人だ!

「最初に触るのは胸とショーツ、どっちがいい?」

「うーん、胸かな?

 自信あるし、後ろから揉まれると抱きしめられてる感じがするし。」

「変態ナースワンピース、誰か売ってくれないのかなぁ。需要あると思うのに。彩佳に着せたいなぁ。」

「約束できないけど、いつか作ってみたいな。」

「親に見られるとまずいからな。結構先だろうな。」

「でも、夜伽なら今でもできるよ?」

「そうだな。」

「着てみたから、後ろから胸を触って?

 色は普通に白にしてみたんだ。」

「素晴らしい、素晴らしいぞ彩佳!

 病院らしくゴム手袋越しや聴診器で胸を楽しむのもありかもしれないけど、やはり素手だよな。」

「だよね!」

「アルコールで乳首を刺激するのはやらないとなぁ。」

 乳首だけがアルコールでひやっとする想像をすると、体の違うところがじゅわっと暖かくなってくる。

「うなじとか、耳たぶもやらないとな。脇の下も?」

 そういえば、脇毛の処理サボり気味だ! 気をつけないと!

 でも、スリットの位置が低すぎると脇の下は難しいかな?

「脇のすぐ下あたりからスリットがないと胸を揉みしだきにくいや。特に身長が高い俺だとそうだ。」

 袖の方までスリットがあると、これはこれでありかも。

「そうだ。ちょうどいいところにメジャーがあった。せっかくだから、メタボ検査でもするか。」

「メ。メタボじゃないし!」

「まあ、いいから測らせてくれよ。俺の夜伽巫女はスタイル抜群じゃないとな。」

「でも、やっぱり恥ずかしいよ!」

「安心しろ、数字は言わないからさ。

 じゃ、脇からメジャー入れるから。」

「それでも、やっぱり……。」

「彩佳。壁に手をつきなさい。」

 う、うぅ。

「まずは、ウェストだな。」

 ヒカル様がごにょごにょとウェストの周りで動かす。

 お腹周りに冷たいメジャーのテープが巻き付き、そしてメジャーが抜き取られる。

「こんなものか。まあ、許容範囲だな。」

 じっくり観察しないでよ。失礼だなぁ。

「おい。誰が手を離していいと言った?」

 え? まだやるの?

「次はアンダーバストだ。トップはブラを抜かないといけないからやめておくか。パッドもあるし、正確な値が出しにくいな。」

 次はメジャーがブラの下を一周する。

「ウェストとアンダーバストの差がこれくらいか。よかったな、ある程度のくびれがあって。」

 酷い言い方、やめてよ。

「最後に、太もも周りを測って終わりにするか。」

 ヒカル様? 何でこう私が気にしているところばかり測るの?

 高校の時に自転車通学だったから、太ももは他の人より太いのに。

「ナースワンピースの裾を持ち上げないとな。

 ああ、スカートめくりは男のロマンだよなー。」

 両手を壁につけて、ヒカル様がナースワンピースの裾を持ち上げるのにじっと耐える。

 考えてみたら、とんでもないセクハラだよね。

 メジャーが右の太もも、左の太ももの順に巻き付く。

「左右のバランスが取れてるな。

 筋肉がちょっと脂肪にかわりつつあるから、これからも鍛えておけよ?」

 今日のヒカル様はひたすら失礼です。

「そうだ。ポケットのギミックを忘れてた。

 この格好のまま、両手を入れてみるか。」

 好きな人に対してする態度じゃないよね。

「うん。これはショーツより太ももを楽しむ位置だな。内股を触るにはいいけど、要改良だ。」

 もう怒った。

「ヒカル様? 私、ヒカル様のお嫁さんだよね? もうちょっと、お嫁さんらしく扱ってくれない?」

「具体的にどうすればいいんだ?」

「普通に前から抱きしめて。」

「こうか?」

 ヒカル様はちょっとだけ屈み、私の唇と舌を貪るキスをしつつ、スリットから右手を入れて私の背中をなでつつ、左手で私のお尻をなでまわす。

 うん。合格かな?

「やっぱり、普通に愛されるのがいいな。」

「そうか?」

「変態的なのもいいけど、最後は優しく甘く抱かれたい。

 気持ちよくなってきたし、今日はこのまま寝たいな。

 おやすみ、ヒカル様。」


 ◇ ◇ ◇


 男がいる。

 白シャツに黒のジャケット、黒のスラックス。スマートカジュアルな格好をしている。

「よう。お前に言いたいことがあってな。」

 この人、誰だ?

「実は、別れを告げに来たんだ。」

 はぁ?

「こういうの、よくないと思ってね。そろそろ終わりにようと思うんだ。」

 え? マジ?

「そういうことなので、もうおしまいだ。」

 まさか……本当に?

「本当だ。さよなら。楽しかったよ?」


 ん?

 変だ。

 すごく変だ。

 チリチリと違和感がする。

 これ、夢だよね? 変に現実的だけど。

 男の髪の色は灰色だ。でも、見慣れない色だ。

 こういう時、どうすればいいんだっけ?


 そうだ!

「わかった。アヤナはもうヒロキと別れるね。」

「じゃあな、アヤナ。」

 ニヤリ。引っかかったな。バーカ、バーカ。

「ふん。やっぱり偽物だったのね。こんな芝居で騙されないんだから!」


 はっと目が覚めた。夢だったのね。

 夢の中に侵入するクズが本当にいるとは。

 ヒカル様がセキュリティーにうるさいのは、こういうことがあるからなのね。本当、油断ならない。

 先日の恥ずかしい試練を思い出す。ああいう訓練、嫌だけど意味があるんだな。


 外はまだ暗い。とりあえず、寝なおそう。

 でも、その前に晴人に急遽メッセージだ。

 Ayaya[夢に偽物が出た。気をつけて。]


 ◇ ◇ ◇


 襲撃の翌日。Day2。

 木曜は晴人と授業を受けれる幸せな日。一緒に登校して一緒に教室に入る。こういうの、いいよねぇ。

 起きたら晴人から私にメッセージがあった。晴人のところにも「偽物」が出たらしい。姉妹のふりをした何者かが別れを告げに来たようで。夢だと気づき、無理やり起きたから難を逃れたらしい。

 この手の話は電車の中でするものではない。人混みの中を歩きながらするものだ。そうすれば盗聴されにくい、と富木さんが言っていた。たぶん本当なのだろう。

 だから、西里満駅を降りるまで相談したい気持ちを全力で抑えていた。

「偶然、じゃないよね。」

「まさかクソ猫の仕業? 晴人にも手を出すなんて許せない。」

「黒ミャーだから黒猫?」

「あんなの人間じゃない。あっちこそ畜生だ。黒猫なんて言ったら本当の黒猫に失礼だ。

 二人の夢の中に同日に侵入とか、かなり手慣れているよね。」

「昨日の昼、俺達に絡んできたのも偶然じゃないと思う。あれは確信犯だ。」

「それにしても、どうやってあの能力を手に入れたんだろう?」

「俺は教わってないよ?」

「私も。必要ないからかな?

 でも、なんとかして対抗したいよね。」

「偽物作戦が通用しないとなると、次はどう出るんだろう。」

 嫌な予感をして下を見る。

「ねえ、ちょっと、何で足元にGがいるの?」

「本当だ。よく気付いたね。

 くらえ! くらえ!」

「えいっ! やったー!」

 晴人の足を逃れたGを私が踏み潰した。

 運良くヒールがない靴を履いていたから、底面積は広いのだ。 いぇい!

「やっぱり、なにかおかしいね。

 Gを前に見かけたの、いつ?

 少なくても学内だと今日が初めてだよね?

 それにしても、よく見つけれたな。」

「ああ。偶然で済まそうと思えば済ませるけど、偶然にしてはできすぎている。

 周囲の変化を慎重に観察しないとな。なんか変なことがあったら、連絡してくれ。」

「攻撃は私達だけを狙ったもので、無差別じゃないよね?」

「俺はそう認識している。教室で襲撃されることはないだろうけど、一応警戒しておく。

 昼は昨日連絡したとおり、久しぶりに生協の食堂で。あれが数百人の集まる満員の食堂で暴れたら笑いものだ。」

「わかった。

 そろそろ校舎だ。この話はこれでおしまいにしよ?」

「いい忘れてた。例のもの、揃ったぞ。」

「了解。」


 ◇ ◇ ◇


「ヒカル様、今日も一日ありがとうございました。今晩も私を思う存分抱いてください。」


 今日の私は布団の中。着ているのはすべすべなキャミソールとホットパンツくらいの丈のタップパンツだけ。下着はなし。

 そして、横になっている私の背中にヒカル様がいる。布の触感がするから、普通のパジャマを着ているんだろうな。私に腕をまわしている。

 この人、本当にヒカル様?

「私、誰? サヤカ?」

「何言ってるんだ? 彩佳だろ?」

 よかった。本物だった。

「疑うのはいいことだ。偽物といちゃつくような淫売ビッチなんて俺の彩佳じゃない!」

「今日もあのクソ猫、来るのかな?」

「さあ、どうだか。

 一回、えんの道ができてしまった以上、また襲撃してくる可能性がある。

 住所を知られてるようなものだ。嫌がらせの手紙を送ろうと思ったら送れるだろ?

 もっとも、相手にその気があれば、の話だが。」

「それにしてても、薄着って心細いな。

 何でこんな格好してるんだろ?」

「したかったからだろ?」

「え?」

「本当にしたくなかったら、この俺達の夜伽の世界なら拒否することは可能だ。」

「心細くて抱かれたくなっちゃうじゃない。」

「抱かれたいんだろ?」

 そうだった。

「後ろから抱っこ。」

「言い方ってものがあるだろ?」

「ヒカル様、後ろから彩佳を抱いてください。」

「最初からそう言えばよかったのに。」

 ヒカル様が何か怖い。

 こういう、ちょっと意地悪な男の人が好きな女子も多いらしいけど、私はちょっと。

 まさか、釣った魚に餌をやらないタイプ?

「彩佳は俺のモノだろ? だから薄着で心細くなったところを俺に満たされたいんだ。

 いつでも俺に甘えてもいいんだぜ?」

「じゃあ、頭なでて?」

 ヒカル様が私の頭にポンポンと手を乗せ、そして優しくなでる。

 ついでに頬や顎の下、首筋も優しくなでる。

 幸せだな。

 私も振り返り、ヒカル様の胸板に頬をすりすりする。

 そういえば、ヒカル様の頭は布団の外に出てるのかな?

「ヒカル様、キス、しよ?」

 布団の外に頭を出し、ヒカル様と甘いキス。

 心が落ち着く。癒される。

 昨日の偽物騒ぎのせいで心が疲れていて、変な時間に起きたから微妙に寝不足だ。

 今日は激しい夜伽をする気になれない。

 こんなの夜伽巫女失格だけど、無理は禁物。

「ねえ? 今晩もまたクソ猫来るのかな?」

「いいか? 夢の世界は想像の世界。想像力が強いほうが勝つんだ。」

「そっか。」


 どうしよう?

 どんな想像が効果的だ?


 そうか。

 ここはヒカル様と二人だけの戸締まりした部屋。

 ここには侵入者が入れない、結界が展開された部屋だ!


 そう強く念じることにする。

 うまくいくといいな。

 私はこの手のバトルに慣れてないけど、ヒカル様のためにも頑張るしかない。

 ヒカル様をいちいち疑わないといけないなんて、嫌だもん。


 ◇ ◇ ◇


 火の手があがっている。

 空が赤い。

「どっちが安全だ?」

「こっち、まだ行ける!」

「だめ! そっちも燃え移った!」

「くそっ! 強行突破するか?」

「嫌だ! 死にたくない!」

 民家が並ぶ住宅街。

 災害か、空襲か。

 理由はわからないが、どの方向を見ても火事になっていて、脱出できない。

 火で分断されていて、助けを求めるのも無駄そうだ。

 パニックを起こし、絶叫する人々。

 私、このまま死んじゃうのかな。


 ……いや! そんなことがあってはいけない!

「これは夢だ! 現実でない!」


 目を覚ますことができた。

 やれやれ。また攻撃されたのね。

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