第4話 一線を超えし者たち(下)

 土曜日はまたミシンの練習。今日は既存のブラウスの裾にレースをつけてみる。まっすぐ縫うだけなので意外と簡単。さっぱりした服でも、レースをつけると雰囲気が変わる。

 ニット生地は手出しできないけど、伸びない生地なら意外と簡単。こんなに簡単に乙女っぽさを上げることができるなら、もっと前から挑戦しておけばよかった。

 ふと思ったけど、ふわって円錐状に広がる袖。意外と売ってないけど、ミシンがあればなんとかなるかも。既存の服の袖を切り取って、似たような布をつける。カーブに真っ向勝負する実験だったら、古着屋で格安で服を買ってきて改造してもいいじゃない!

 今日の私、冴えてる!

 他には何だろう。スカートの段を増やすのもいいなー。ふわっ、ふわっ、と揺れる裾。こういうの、ヒカル様も大好きだろうな。

 え? そうだって? そうでしょ、そうでしょ?

 ノースリーブの服に好きな袖をつけるのもありかな。


 心のなかで盛り上がりながらガンガン直線縫いを楽しみながら、合間にスマホを見ると富木さんからメッセージがあった。


 え? 須藤さんは女の子を満喫してて楽しそうだ、私も本当は女の子らしくなりたかった、ですって?


 富木さん? 女の子として生まれたからには、女の子であることを楽しまないとダメでしょ! 恋は相手が絡むから別として、少なくてもおしゃれは楽しまなきゃだめでしょ!

 ……おしゃれ? 面白いこと思いついた。

 確か、明日の日中、私の親は両方いないよね? ちょっと遠くでご飯食べてくるって言ってた。「綾音は来なくていいからね?」と言われたけど、デートの邪魔にならないよう、気を使ってるのかな? それとも、自分たちのデートを、私に邪魔されたくないだけ?

 よし。偽善は急げだ。富木さんを明日、家に呼ぼう。ついでに……ぐへへへへ。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の日曜日、朝十時。南大玉駅まで富木さんを迎えに行く。

「須藤さんの家にお邪魔して、本当にいいの?」

「もちろん。こっちこそ、急に呼び出してごめんね。

 富木さんに女の子を楽しんでもらおうと思って。外に出るのは嫌でも、家の中なら問題ないでしょ?」

「須藤さんがそう言うなら、それでいいけど……。」

「それより、時間厳守でお願いしちゃってごめんね。どうしてもそうする必要があって。」

「いいの、いいの。」

 そんな会話をしながら私の家に向かう。

 富木さんは神経質そうにきょろきょろと周囲を見てる。

 やっぱり、追手はどう見ても被害妄想だと思うんだよね。

 そこまで富木さんに粘着する必要があると思えない。

 ずっと神経を張り詰めていたら、無駄に疲れちゃうよ。

 だけど、頭ごなしに否定するわけにいかないよね。

 本当にいたら笑えないもん。


「着いたよー。」

「おじゃましまーす。」

「私の部屋はこっち。椅子使っててね。すぐ飲み物持っていくからね。」

 富木さんが漏らした。

「……これが普通の女の子の部屋なんだ。」

 入り口のドアを開けたら向こう側に机と椅子。左側にベッドと、クローゼット、右側に腰高くらいの飾り本棚。白や明るい木の色で、部屋の雰囲気が重くないようにしてある。ベッドの上の枕、布団カバー、シーツ、全てピンク色が基調の花柄の模様。優しい感じの風景画がいくつか。

 晴人の写真は飾ってないよ? 冷やかされると面倒だし、本当にかわいい晴人の姿は、他の人に絶対に見せられない。

 富木さんの部屋がどんなのかわからないけど、かなり殺風景なんだろうな。


 冷蔵庫のお茶をコップに注いで私の部屋に戻ると、富木さんは物珍しげにまわりを見渡していた。

 そして、少し緊張しているように見えた。

「今日は富木さんに女子会を楽しんでもらおうと思います!」

「えー?」

「かわいい服を着て、音楽流して、何か食べて楽しむの。」

「でも、私、かわいい服持ってないよ? 中性的というか、今着てるみたいな男物ばかり。」

「安心して。私の服を貸してあげるから。そこまで体格が大きく違わないし、ゆったりした服だから入らないことはないと思うよ。」

 富木さんは女子にしては身長が高めで、晴人とちょうど同じくらい。今日の服装は紺っぽい青みのつばが大きめの野球帽、茶色のジャケット、カーキ色のダボッとしたズボン、黒を基調としたスニーカー。これだと見た目は身長が低めで気弱な男の子と言えなくもない。

「やっぱり、恥ずかしいな。」

「富木さん? 今更、何を言ってるのかな?

 富木さんだって自分を変えたいからここに着たんでしょ?」

 恥ずかしがる姿が嗜虐心をくすぐる。

 時計を見ると、そろそろだ。

「だいじょうぶ。富木さんだけでないから。」

「え?」

 玄関に人が来た感じがする。そして、ちょうどいい感じにチャイムが鳴る。

「ちょっと行ってくるねー。」


「お邪魔しまーす。

 って、ちょ、この人、誰? 何で他の人がいるの?」

 そりゃ、驚くか。私の部屋で二人きりで過ごせると思ったら、既に部屋に先客がいるんだもん。

「今日は晴人に人助けしてもらおうと思ってるの。

 この女の子、うちの学科の富木さんなんだけど、今まで事情があって女の子らしい生活をしたことないんだって。そこで、今日は女の子の楽しさを体験してもらおうと思ってるんだ。」

「で、何で俺が呼ばれてるの?」

「そりゃあ、晴人にも女の子のよさを味わってもらおうと思って。」

「…………。え?」

「晴人も私の服を着るの、嫌じゃないでしょ?

 いい? ここには誰も裏切る人はいないんだから。」

 あらかじめ用意しておいた殺し文句。理系らしくロジカルにいこう。

「仮に私が裏切ったら、彼氏を女装させて喜ぶ変態だとばらされる。

 晴人が裏切ったら、女装好きな変態と噂になる。」

 晴人が激しく頷く。

「そして、富木さんが裏切るようなことは、まあ、ないよね。」

「何で?」

「富木さんにもいろいろ事情があるんだって。勝手に他人に話さないって約束したから、富木さんのことも、内容も晴人にも伝えてない。晴人の驚きっぷりを見たら富木さんも信じるでしょ?」

 次は富木さんが頷く。

「でも、心の準備が――」

「言ったでしょ? ヒゲ剃ってきてって。晴人はヒゲがかなり薄いけど、ちょっとはあるでしょ。女の子の格好するなら、ヒゲがあったらアウト。」

「うーっ。」

 反論できなくて真っ赤になって困る晴人を見て、富木さんがドン引きしている顔をしている。

 でも、怒ってはいないよね? 富木さんの事情ばらさなかったから。

「あと、晴人は今日は自分のことを『あたし』と言いなさい。

 私は『ハル』って呼ぶから、ちゃんと返事しなさいよね?」

「は、はぁ。」

「よ、よろしくお願いします、ハル、さん。」

 富木さんがちょっとおどおどしたようにハルに挨拶をする。

「『さん』はいらない!

 富木さんは、『カズキ』、私は『アヤネ』。わかった?」

「よろしく、ハル。」

「はぁ。」

「ハル? 何そのやる気ない返事。

 隣。」

 部屋に入るなりベッドに座っていた私が隣をパンパン叩く。

 この流れに呆気にとられて立ちっぱなしだった晴人、じゃなかった、ハルが素直にやってきて隣りに座る。

「お膝。」

 私は自分の太ももを軽く叩き、晴人に膝枕の体勢になるよう要求する。

 ハルは「本気?」という顔をしたけど、私が真顔なのを見て、少し悩んだ後、顔を下にして私の膝に頭を乗せる。

 晴人も少しは頭使ったのかな? 私のお腹のほうに顔をやると、お客さんカズキにお尻を向けることになる。だけど私の体に顔をつけたかったから、こうなるんだよね。

「カズキ? 過ちを犯すことはないと信じているけど、一応言っておくね。

 私のハルに手を出したら承知しないからね?」

「二人とも本当に仲いいんだね。割り込む余地なんて全然ないよ。ハルもなんか幸せそう。」

 カズキが、雰囲気に慣れてきたみたい。その調子。

 ハルの耳がちょっと赤くなってきた。かわいいから頭を撫でよう。


「さて、女子会をスタートさせますか。

 ハル? ちょっと起きて?」

 ハルがどいたので、私はクローゼットのほうにいき、紙袋を取る。

「ハルは廊下でこれに着替えてきて。下着まで交換。ブラはつけ慣れてないだろうからカップ付きのキャミソールにしておいたから。特に着るのが大変なものはないと思うから、自分で着れるよね。ウィッグもつけてね?

 そして、終わったらノックして。さすがにカズキの着替えを覗いて欲しくないから。」

 ハルが凍った。

 しょうがないから耳元で囁いてみた。

「こないだのワンピースと一緒に入れた下着。変なところにシミついていたんだよね。履いて楽しんだでしょ? ハルが女の子の格好をするのが本当は大好きなの、バレバレなんだからね?」

 顔がもっと赤くなったハルが慌てて部屋を出ていった。


 次は、カズキの番だ。クローゼットを開けて、中を見せてみる。

「さて、カズキ。この中でどれでもいいから、一番気に入ったの選んでみて。二番じゃなくていいの。カズキみたいな遠慮がちな子はね、自分は一番じゃなくていい、むしろ一番じゃダメって考えちゃう子が多いの。だから、私が許すから、一番いいのを選んで? そこから、可愛くアレンジしていこう。」

「ハルは?」

「ハルは、この先私と一緒にいる時間がいくらでもあるから大丈夫。着せ替え人形としてじっくり楽しむんだ。それにあの子の好みもわかってるし、大きく外すことはないから。

 カズキは初めてだから、好きな服を着た自分の姿がイメージできるように、ちょっとだけ魔法使いアヤネがお手伝いしてあげるの。一度おしゃれすると、くせになっちゃうよ、きっと。」

「そうなんだ。

 でも、かわいい服がいっぱいで、一つだけだと選びにくいな。」

「時間かけすぎるとハルが戻ってくるから、今回は二択にしてあげるね。

 まずは生成り色の薄手の膝下丈な三段ティアードスカート。段ごとにギャザーがたくさん入ってて、裾が広がっている割に上の方はスッキリして見えるんだよね。

 もう一つはこっちのサーモンピンクのミニサーキュラースカート。中にインナーパンツがついているから安心だよ? ふわっふわに広がってる感じがかわいいんだよね。

 両方ウェストゴムだから、サイズは問題ないはず。」

「どっちもふわふわなんだ。

 どっちにしよう。

 じゃ、ティアードスカートにしようかな?」

「露出を少ない方を選んだか。

 この藤色のフレンチスリーブのカットソーといっしょに着てね。着たら何か羽織るものを考えよう? そっち向かないようにするから、終わったら言ってね? あと、今来ている服をしまうのに、この紙袋使ってよ。」

「わかった。

 それにしても、聞いたことのない単語の羅列で焦ったよ。」

「じきにわかるようになるって。」


「アヤネ、着替え終わったよ。」

「うん。いい感じ。

 羽織物は今年の流行りの、ロングカーデを合わせてみよっか。どう?

 髪も、ちょっとだけ無造作ヘアっぽく、ワックスつけてみよう?

 ほら、鏡見てみて? 」

「なんか……自分じゃないみたい。

 こんな女の子っぽい格好してると、私が私じゃないみたい。変じゃないかな?」

 私の読み以上の出来だ。カズキは色白だから色味が肌の色にすごく合ってる。

「全然問題ない! カズキすごくかわいいよ! きっと素材がいいんだね。だからさ、たまにはおしゃれも楽しもうよ。じゃないと、損するよ? 」

「じゃあ、アヤネにいろいろ教えてもらうことにするね。よろしくね。」

 ちなみに、私の服装は胸元と袖が一周ゴムになっている、フリルの付いた白いブラウス。半袖なんだけど、袖にふくらみが持たせてあって、女の子らしいスタイル。ミントグリーンの膝丈ふんわりチュールスカート。ハルもヒカル様も、胸元ゴムのブラウスが大好きなんだよね。簡単に私の胸を直接楽しめるもん。


「ハル、もう入っていいよ。 ドアの外で待ってるの、わかってるから。」

 ハルが、ドアをそーっと開けて、顔を出す。

「……あたし変じゃないよね?」

「何カズキと同じこと言ってるのよ。

 うん。怖いくらい似合ってるよ。私の目に狂いはなかった。」

 ハルに渡した下着はカップ付きの白いキャミソールの下着、乳パッド、ピンクのレース多めショーツ。上に着る服として白い七分袖ブラウス。茶色いボタンで、襟元に同じ茶色い色のリボンを結ぶ。そして、落ち着いたピンクや水色を中心とした、色遣いな花柄で裾が生成りレースの膝丈スカート。栗色のセミロングでゆるくカールの入ったウィッグ。

「モンスターになるんだったら女子会に誘ってないって。

 さて、二人とも軽くメイクもしちゃおっか。私もそんなに種類は持ってないから、ファンデとアイシャドウと、チークと口紅くらいだけど。

 ハルはいつもの感じでいいよね?」

「い、いいよ。」

 実は、デートの時に数回軽くメイクしたことあるんだ。簡単に落とせる程度だけど。

「ハルはできるところまでやっといてね。

 まずはカズキ、前髪ちょっとだけピンで固定するね。

 下地は丁寧に塗らないと。ファンデがよれちゃうとかっこ悪いから。ハルはここまではできるでしょ?」

「うん。」

「わからなくなったら真似すればいいだけのことだし。

 じゃあ、ファンデね。むらのないように、薄く。よく動く口角とか、目尻は特に薄くつけないと、目立っちゃうからね。

 次は……アイシャドウにしようか。私もまだあまり自信ないから、肌の色に近いのしか持ってないんだ。軽くゴールドの入った、ペールオレンジ。ちょっと目をつぶっててね?

 ……いい感じ。

 上級テクの持ち主は、鼻筋にハイライトとか入れるらしいけど、今日は基本だけ。

 チークは、ほんのりピンクにしてみる?

 ほら、似合う。

 口紅は、ピンクベージュだと面白くないかな。ピンク系パールにしてみよう! ほら、できたよ!」

「……アヤネ、すごい。」

「ハルももう少し整えてあげるから、こっち来て。」


 ◇ ◇ ◇


 さあ、ここから本番の始まり。でも、お互いよく知らないし、ハルとカズキは初対面だ。お互い知り合うことから始めないと。

「さて、ハルもいることだし、改めて、自己紹介でもしちゃう?

 私、須藤綾音。趣味は絵を描くこと。そこの飾り棚のトロフィーとか、賞状とかは、コンクールでとったんだよ。 部屋に飾ってある絵もそう。肖像画よりも、風景画のほうが得意かな。

 そうだ、女子会思い付いてから、富木さんの絵を描いてたの。これ、どう? 」

「へえ、人から見た私ってこんな感じなんだ。 」

「これをもとに、チークとか、アイシャドウとか、考えてたの。ネックラインはどんな感じがいいとか。

 うまくはまったみたいで良かった。」

 ハルが、あたしこんなの描いてもらったことないよね……と明らかに拗ねている。

 ごめんね、今度書いてあげるから、待っててね。

「次はハルの番。」


「あたし、小郡晴人。今はこんな格好だけど、一応男。

 得意なことは、料理かな。普段は一人か二人分しか作らないけど、たまには多くの人の分を作ってみたいな。

 興味のあることは、バイク。いずれ免許取って、ちょっとだけ遠出したいと思ってるんだ。」

「それは、アヤネと一緒に行くの? 」

「もちろん。一人でいっても楽しくないでしょ?」

「じゃ、最後はカズキの番。」


「富木和希です。事情があって、男装してます。好きなのは読書と、DVDを見ること。でも、アクションものとかサスペンスものとかは苦手で、ロマンスもののハッピーエンドのばかりです。

 あと、えっと、アヤネに声をかけたのは、男子を派手に言い負かせたこともあったんだけど、あの時にアヤネの雰囲気が急に変わった気がして。

 たくさんの人を観察してきたから、そういう、人の持つ雰囲気って何となく気にしてしまうんですけど、あのときのアヤネは怖かった。今で隠していた本気を出したというか、自分の信じることのために全てを賭けれる、って。その後、またいつもの雰囲気に戻ってた。光と闇を併せ持つというか、こんな人初めてで、不思議だった。

 だから、思いきって声をかけたの。この人強い、何でこんなに強いんだろう、どうすればこの人みたくなれるんだろう。そう思って。 」

 そうか、この子は人の気配とか雰囲気に敏感なんだな。


「じゃあ、自己紹介も終わったところで、お昼ご飯を考えなくちゃね。店屋物でもいいかもしれないけど、やはり軽く作ったほうがいいかな?」

「そうだね。一緒に何かやるって、お互いのことを知る絶好の機会だよね。

 ハルは料理が得意なんだっけ?」

「でも、アヤネの家の台所だし、あまり派手なことはしたくないな。」

「どうしよう。お米炊いて、余ってる野菜でチャーハンにしようか?」

「アヤネ、ほかにやばい食材ない?」

「食パンが何枚か残ってたっけ。」

「ホットサンドなんてどう? フライパンでパンを温めて、具を挟めばいいし。」

「カズキ、それいいかも。じゃ、チャーハンとホットサンドね。ちょっとお米炊いてくる。」


 ◇ ◇ ◇


 炊飯器にお米をセットした後、部屋に戻って数十人の女の子が熱唱するJ―POPをセットする。大音量で楽しむのもいいけど、近所迷惑はまずいし、好みに合わなかったら嫌だ。それに、会話も楽しみたいので。程々の音量にしておく。

「女性歌手と男性歌手、結構好みが分かれるんだよね。二人はどっちがいい?」

「私は女性歌手かな。男の人の落ち着いた声も嫌いじゃないけど、やはりアイドルって憧れるじゃない? 相手にして欲しい、というより、手の届かない憧れ。こうやって輝いてみたいな、でもやっぱり嫌だな、というか、不思議な感じだよね。」

「カズキも顔は整ってる方だし、意外といい線いったりして?」

「無理、無理。本業というか、それで生活したくないし。

 ハルは?」

「うーん。歌うなら男性歌手が楽だけど、聞くのなら女性歌手。

 男性歌手の恋の歌とか、聞いていてもピンとこないんだよね。」

「なら、これで問題ないよね?」

「いいよ。」「オッケー。」

 アップテンポの曲はテンションをあげるのにちょうどいい。

 というか、他の系統の曲は持っていないんだよね。偏りすぎているかな?


 ご飯が炊けるまでの間、私のちょっとだけお話タイム。カズキは、部屋の本棚に並んでいる本のタイトルをしっかり見ていたみたい。

「そう言えばアヤネって、古代史に興味があるの?」

「え?」

記紀ききの解説本とか何冊かあるじゃない?」

 カズキ、目ざといな。

 春休み中に巫女としての教養を身につけようとして神道の勉強をしようと思ってたんだよね。結局、さらっと読むだけで終わりにしたけど。ちょっとした黒歴史だよね。

「日本の古代史、特に弥生時代から古墳時代を経て飛鳥時代になるまでの情報の少なさ。気になる謎なんだよね。」

 これは嘘じゃない。

「日本神話って変だと思わない? 少なくても現代に残されている分だと、神様の名前が大量に並んでいるけど、登場人物の多さの割にはストーリーが薄っぺらいんだよね。、ヤマタノオロチや因幡いなば白兎しろうさぎ山幸彦やまさちひこ海幸彦うみさちひこといった物語もあるけど、たとえばギリシャ神話に比べたら、圧倒的に少ない。」

「確かに、カズキの言う通りだよね。」

 ハルもうんうんと頷いている。

「私も歴史の真実を知りたくていろいろ調べてみたんだけど、現代に伝わってる神道って、この上なく人工的なんだ。」

「そうなの?」

「神道の三つの神勅しんちょく、つまり神の命令だけど、どんなものか知ってる?」

 どこかで見た気もするけど、覚えてない。ハルも首を振る。

 カズキがスマホをいじって「三大神勅」を調べる。

「これなんだけど、(1)天壌無窮てんじょうむきゅう、(2)宝鏡奉斎ほうきょうほうさい、(3)斎庭ゆにわの稲穂の三つなんだ。

 わかりやすく言うと、(1)王は必ずアマテラスの子孫であること。実際は男系に限ることで、王たりうる者の数を限定できるんだ。そして、この王は、今では天皇と呼ばれている。(2)決められた鏡のある場所に住むこと。鏡を一つに限ることで、王の数を一人に限定する。(3)稲作をすること。」

「それがどう変なの?」

「最初の二つの神勅は王、つまり支配者の正統性を示し、そして支配者が分裂するのを避けるため。」

「南北朝時代は例外として、天皇が二人以上同時にいることはなかったよね。」

「でも、最後が場違いすぎるんだよ。 これだと、神道と書いて稲作教と読めちゃうよね。稲作といえば、あまつ罪も全部、水耕栽培の稲作でやってはいけないこと、だよね? 何でここまで稲作を大事にするのかな?」

「……正当化。」

「ハル?」

「こう考えれば全てすっきりしない? 稲作、そして関連するオーバーテクノロジーを有する集団が日本にいたとする。稲作以外にも、各種の農作物の栽培や、畜産、養蚕ようさんの技術。製鉄や製炭もそうかな?」

「渡来人のはたうじの話? それとも、死体から牛馬と五穀と蚕が出てきたという、保食神うけもちのかみの話と関係があるの?」

「少なくても、そういう技術をもった誰が、自分たちの行動を正当化するために日本神話をでっちあげて、そして自分たちの勢力圏を広げた。既存の信仰を否定することはせず、『国譲くにゆずり』として既存の神様、要は国津神くにつかみが進んで新しい神様、すなわち天津神あまつかみに従ったことにしたあたりも、作戦勝ちだよね。新しいオーバーテクノロジーとそれっぽい物語で、原住民を虐殺すること無く勢力を広げたんだと思うよ。」

「軍事侵略はあったのかな?」

「それはわからないけど、殆どなかったんじゃないかな?

 自分たちの傘下に入るなら技術供与をする、と言うだけでいいんじゃない。たとえば、パソコンや携帯電話が開発されたとき、便利なものだと多くの人がわかった瞬間、みんな喜んでお金を払って買ったでしょ? 戦争するまでもなく商品が売れた。稲作もそんな感じで広まったんじゃないかな。」

「ハルの言うとおりかも。王は必ず特定の血統の一人、争いがあっても、造るのが困難な固定資産である水田の破壊はタブーとする。うまい教義だよね。」

 私も納得。

「そうだね。稲作を受け入れない集落の者が食べ物に困って、それで稲作やってる集落に略奪しに来たら、武力で追い返さないといけない。だから、ある程度の戦争はあったんだうな。稲作やってない集落にとって、稲作を採用するかどうかは命がけの選択だろうから、そこででっちあげた日本神話でもっともらしく説得できるようにする。稲作がどこからもたらされたのか、と聞かれたら、日本神話の神のおかげとでもしておく。実にえげつない話だ。

 ハルの話を聞いてたら、これが真相なのかな、って気がしてきた。」

「そうすると、稲作集団が来る前の歴史や神話は……。」

「発掘されるもの以外、失われたと思ったほうがいいかもね。」

 あれ? 一つ疑問がわいた。

「でも、弥生時代ってもっと前からじゃなかった? 少なくても、日本神話で天皇の寿命の水増しが始まる前、卑弥呼の時代の前から日本で稲作をやっていたとされてるよね?」

「こう考えたらどう? 近代だって、電気機器の時代があって、その後にさらに高性能な電子機器が開発されたでしょ?

 古代も同じで、初期の稲作と後期の稲作が全然別物で、稲作がなかった時代から、徐々に初期の稲作が広がり、その上でいわゆる日本神話を掲げるオーバーテクノロジーな後期の稲作が一気に広がったとか? 後世の人が今を『電気電子時代』とよくわからずにひとくくりにしてるけど、本当は『電気時代』と『電子時代』に分けるべきでしょ? 古代は稲作の広がる時間がすごく遅い上に、どの順番で広がったかわからないから現代の人間が把握できないだけで。」

「さすがカズキ! その例え、電気電子学科なだけあるね。」

 ハルが感動している。私も、もう少し巫女っぽく勉強しないと……!

「そういえば、古墳時代の歴史のエピソードが殆どないのは?」

「稲作集団が十分勢力を広げ、生活に余裕が出てきたから古墳が作れるようになったんでしょ? もう無理してお話を作る必要がなくなったのかも。」

「考えてみたらそうかも。」

「学校で教わることはないんだろうけど、こういう考え方もあるのね。なんか筋が通ってる。」

 そういえば。

「ふと思ったけど、万が一、天皇家が断絶したらどうなるんだろう?

 人間の不手際で神勅に背くことになるよね?」

 今まではうまくいってたけど、今後も永遠にうまくいく保証はない。

「少なくても、何らかの修正を強いられるよね。」

「修正というより、白紙撤回になるんじゃないかな?

 約二千年前には必要な神勅でも、現代では事情が全然違うし。」

「いまさら新しい王を決めることはできないし、破棄するしか無いよね。」

「でも、本当にそれでいいのかな?

 仮に神様がいたとして、神勅が有効でなくなったので日本の国ごと滅ぼす、なんてことはないよね?」

「結局、地下に潜るしかないかな。」

 ハルが面白いことを言う。

「だって、神様が人間全員を見捨てて引きこもるって、考えにくくない?

 本当はどうでもいいのに、お情けで日本人の面倒を見てあげている、なんて不自然じゃない?」

「そう言われてみれば。」

「だから、本当に信用できる人と繋がり、後の有象無象は放置する。

 今までは神勅に従う王、天皇の臣民だから護っていたけど、そうでなくなったら、護る対象ではなくなる。

 一方、信用できる人と、その周囲の守護対象と認めた人はきっちりと護る。

 王は一人である必然性も消えるので、そのような人は複数いてもいい。

 もちろん人間側も何らかの対価を払うことになる。

 こんなシステムを、信用できる人だけでやる。

 こういう状況になるのが自然な気がするな。」

 ハルが少し怯えた顔でこっちを見る。

 ねえ、ちょっと? 

 これって、まさか、夜伽巫女制度そのものじゃない。

 ヒカル様は夜伽巫女制度を展開すると言ってたけど、本気だったの?

 エロの有無は別として、システムとしては理にかなっている。

「ハルの説は説得力あるね。

 少なくても、ありえない、とは言い切れない。」

 カズキまで!

「やっぱり、そうなるしかないのかな。」

 そして、逆らったら制裁なんだろうな。

 天皇家が断絶したら、ハルが嫌がる夜伽巫女制度に本格的に移行しかねない。

「真実はどうなんだろうね。」

「誰かが真実のかけらにたどり着いても、真実自体には旨味はあまりない。

 知ったからどうした? 裏が取れないけど、それでもいいの? と言われると困るよね。

 それに、真実を伝えようとしても、それをねじ曲げたほうが得だと思い、それを実行できる人がでたらねじまげちゃうもの。」

 カズキが遠い目をしている。

 ご両親のこと、知りたかったのかな。真実を求めていたのかな。

「キリスト教のニカイア信条しんじょうって知ってる? 調べてみてよ。」

「なにそれ? 検索するね。」

「出てきた?

 四世紀に第一ニカイア公会議こうかいぎでキリスト教の教義を話し合ったところ、いろいろ揉めて、結局は反主流派を攻撃する文句がニカイア信条という教義に入ったんだ。」

「本当だ。なにこれ?」

「そして、約半世紀後の第一コンスタンティノポリス公会議でニカイア信条が改定されるんだけど、恨み言が消されて、いろいろごちゃごちゃ追加された。」

 調べてみたら、たしかにその通りだ。

「キリスト教が始まって何世紀も経ったら、最初期をよく知らない人の手でいろいろ捻じ曲げられはじめた。解釈を数世紀後の人が話し合って決めるんだよ?

 それに、教義が曲げられると言えば、解釈の仕方、教えのあり方の相違でいろいろ宗派が乱立するんだけど、宗派同士の殺し合いをやらなかった主要な宗教、ないんじゃないかな?」

「言われてみれば……。」

「結局、あたし達は造られた大量の嘘で踊らされてるんだね。教義をねじ曲げ、嘘をつくことで利益を得る一部の特権階級。そして、大多数の人は、嘘をつかれていることさえ気付かず、喜んで騙されてる。」

「でも、多くの人は騙され続けたいんでしょ?

 今までの自分の考え方を全否定されたくないから、真実を知らされても受け入れられないだろうし。」

「そういうことなんだろうけどね。

 ……えっと、ごめんね。つい興奮しちゃって。あたし達、女子会で何でこんな話をしてるんだろう……。」

「まあいいんじゃない?

 カズキが気になっていたことにそれっぽい説明がついたんだし。」

「そうだね。」

 あっ、炊飯器からメロディが流れた。

「さて、ご飯炊けたみたいだね。みんなでお昼準備しよう? あたし、腕ふるっちゃおっかな。

 三人分のエプロンないから、まあ、そのままでお願いね。」

「あたし、頑張るね!」

 ハルがちょっと張り切ってる。そうだよね、作るのも食べるのも、普段は一人だもんね。一緒に食べるお弁当は例外かな?

 ハルが喜んでくれて、私も嬉しい。


 ◇ ◇ ◇


 ハルの手際の良さには驚いた。みじん切りがあそこまで上手なんて、かなり有能だ。カズキもさすがに家でお手伝いを頑張ってることはある。私の家の台所なのに、私がお客さんみたいだった。むしろ、

「アヤネは黙って座って待ってて!」

 と怖い目で言われちゃうし。

 でも、ハルとカズキの距離がすごく縮まったのはわかる。人と距離を取りたがるカズキが、実はこんなに人と接するのが好きだなんて。本当は、すごく明るい子なんだろうな。そんな姿が普段から見られる日が、早く来るといいな。


 二人が作ってくれたチャーハンもホットサンドも、すごくおいしかった。ハルなんか、作りながらぱぱっと道具洗って片づけてくれちゃうし、後片付けもほとんどしなくて良かった。材料をいれるタイミングをカズキに教えてたけど、かなり難しいポイントなのかな?

 結婚したら、料理はお任せにしていいのかな? ついでに裸エプロンでやらせようかな?

 黒い笑みをつい浮かべてしまう。


 ◇ ◇ ◇


 お昼の後はハルやカズキにハンガーにかかった私の服を当て、脱ぎ着はしない着せ替えごっこ。

 フリル多めでふんわり多めな服がいっぱいで、カズキは「すごーい」「いいなー」「かわいーい」を連呼。

 ねえ? 女の子っていいでしょ?

 ハルは顔を赤くして、あまり話さなかった。照れてるんだろうな。

 開き直り方が足りないので、後できっちり調教しないと。

 自分に正直になることを覚えないとね。


 そして、パソコンを立ち上げてでウィンドーショッピング。当然、チェックするのはかわいいお洋服。

 最初はやっぱり、女の子の憧れのロリータドレスをチェック。

 リボンいいなぁ、フリルいいなぁ、大きく広がる袖やスカートいいなぁ。

 着ていくところもないし、一人で部屋で着るのも何かさみしいし、その割には値段が結構張るから買いにくい。お店に買いに行くのも何か敷居が高い。だからこそネットでお店をチェックする。


 在庫整理なのか、季節外れなのにコートが安く売っていたのがまず目についた。

 ベビーピンクで、袖が白のふわふわでふち取られている、膝上丈くらいで裾が広がるフード付きコート。腰から下は広がるシルエットで、パニエで広げるワンピースをつぶさないようにできている。

 大きすぎるリボンや過剰なフリルがなく装飾が比較的少なめな一品だから、普通の服屋さんに売っていてもそこまで違和感を感じないだろう。

「これだったら学校に着ていけるんじゃない?」

「ええええっっっ???」

 ハル? 無茶振りすぎるよ?

「カズキはどう思う?」

「なんかこう、ギリギリセーフというか、でもかなり厳しいというか……。」

「他に着ている服が派手じゃなかったら問題ないと思うよ。白の縦ニットセーターとか、いけそうじゃない?」

「でも、上が白セーターだと、下を考えるのが難しいよね。白のニットに白のスカートというのも変な感じだし。」

「白のふんわりスカートもいいけど、ここはやはり、白のニットワンピースだよ。」

「ああ、それアヤネに絶対に似合うって。ニットの縦線がアヤネのきれいな体のラインを強調するんだ。スカートの下は黒のストッキングかな? これ、絶対にいけるって。」

 私が真っ赤になってるのがよくわかる。絶対にやりすぎだって。

「カズキもそう思うでしょ?

 余裕あるなら検討してみてよ! 」

「うんうん。私と違って、アヤネの胸なら縦ニット問題ないよ! すごく綺麗に決まるって! ピンクのコートとあわせたら、絶対にかわいいって!」

 二人にのせられ、何か本気でいけるかも、とか考えちゃってる。ハルが喜ぶならいっちゃえ、と心がぐらぐら揺さぶられる。女子会怖い。

 ハルが煽ったとしても、別に私は構わない。私に買ったとしたら、ハルにも着せるから。ハルの方が似合ったらなんかむかつくけど、ハルが可憐に恥じらう姿はとても美味である。

「そういうカズキはどうなのよ? 肩を覆うケープの白いコートなんてどうじゃない?」

「悪目立ちしすぎるって。」

「えー?

 そーぉ?

 デートの時に着てきたら、彼氏が大喜びすると思うよ?

 意外と似合うと思うんだよね。

 もちろん、コートの下は普通の服でいいから。」

「わ、私はまだ彼氏とか、す、好きな人なんて、まだ、全然、い、いないのに……。」

「でも、カズキを大切に思う男の人が、『好きだよ』って言って、ぎゅっと肩を抱いてくることに憧れない? その後、頭ポンポンして、肩をなでてくるの。」

「うーっ。」

 遠い目をしだしたから、これくらいにしておこう。

 なんだかんだいって、満更でもないはずだ。


 次にワンピースを見ていくと、私達の好みが意外と似ていることが判明した。

 パンクな感じがするのはいまいちテイストが合わない。お菓子や音符などの絵が描いてある服も何かアウト。色の数が少なく、レース、フリル、リボンなどの装飾がある服のほうが魅力的だ。色は白、黒、ピンクが基本かな。たまに赤や他の色もあるけど、濃い赤はそれはそれで難しそう。水色や紫もアリかなーと思いつつも、なんか違う気がする。花柄やチェックも悪くないけど、やはり、柄なしのほうが基本だと思う。でも、デザインによってはピンクと白のギンガムチェックもありかな?

 白と黒の単色だと装飾が目立たないから、差し色に一色くらいあってもいいかもしれない。 攻めるならピンクのワンピース、ピンクのリボンに白いレース。ピュアな気持ちになりたかったら、純白にところどころピンクの飾り。おとなしめにいくなら、黒に何箇所か、白かピンクの飾り。白や黒だと特徴的なシルエットじゃないとロリータっぽさがあまり出ない。ここは、大きく広がる袖や何段かで広がるスカートでかわいらしさをアピールしないと。ほとんどが膝丈なのは、それが最もきれいに見えるからかな。

「でも、好きな人と二人っきりの場合は、やっぱり白一色に限るよね。」

「え?」「何で?」

 ハルの唐突な発言で私とカズキはかなり焦る。

「だって、膝の上に座らせてもらって、ぎゅっと抱っこしてもらって、『好きだよ』って言ってもらって、抱きしめ返して、キスして、『かわいいね』って言われながら服の飾りを手で確かめてもらって、服を楽しむついでに、そのまま体をなでなでしてもらえるんだよ?」

 私とカズキは顔を見合わせる。

 そして、二人揃ってハルの方を見る。

「ロリータワンピースって、レースのヘッドドレスもいいけど、意外と猫耳カチューシャが似合ったりして。

 好きな人に、にゃーって迫るの。」

 ハルの唐突な発言その2に私とカズキの動きが止まる。

「え。そんなこと、ない?」

「いや、意外すぎて。」

「考えてみたら悪くないかも。」

 ハル? いつの間にそんなにマニアックな趣味になっちゃったの?

 確かハルは女装歴浅い上に、ロリータドレス着たこと無いよね?

 なんか女としてハルに負けた気がする。

「こういうのって、ウェストをぎゅーっと締めないと似合わないのかな? 大変そうだよね。」

 つい聞いてみたら、

「特徴的な前編み上げのデザインも結構あるけど、よく見たら必ずしもウェストを絞る必要もないみたいだよ? コルセットでウェストを締めるデザインもあれば、比較的ゆったり着るデザインもあるんだし。選べばいいんじゃない?」

 やはりハルはマニアだ。

 思い出した。「妹」がロリータドレス好きだと言ってたから、ハルも散々、ネット版ウィンドーショッピングを付き合わされたんだろう。そうに違いない。

「でも、袖が広がりすぎるドレスって、ご飯食べにくくないかな?」

 カズキが素直な感想を漏らす。

「飲み物はストローで飲めばいいかもしれないけど、食べるのは大変だよね。パンとかこぼすとかっこ悪いし。」

「だったら、ご飯とご飯の間だけ、着ればいいんじゃない?」

「じゃあ、お昼食べて、ロリータドレスに着替えて、ゆったり午後を過ごして、夕飯前に普通の服に着替えるの?」

「お外で好きな人と一緒にいるときに着たいなら、お昼を家で一緒にに食べて、着替えて出歩いて、夕ご飯前に帰って着替えて食事の準備かな?」

「結婚か、同棲してないと無理だよ!」

「結婚してからロリータドレスとか、まだ年齢大丈夫かな?」

「ウェディングドレス着た後だし、全然平気! ロリータドレスのお嫁さんとか、憧れちゃわない?

 まあ、妊娠して赤ちゃんできたら無理だろうけど……。」

 反応が悪いと思ったら、カズキがまた目を回してる。

「同棲……結婚……妊娠……赤ちゃん……。」

「カズキ? そういうの、嫌?」

「嫌じゃないけど、私でも大丈夫、か、なぁ……。」

「『大丈夫!』」

「カズキ? 幸せになりたいなら、そう願って、願いが叶うように行動しないと。

 カズキならいけるって!」

「そ、そう…?」

「『そう!』」

 。

 結婚の話題が出た以上、女の子のもう一つの憧れであるウェディングドレスのネットウィンドーショッピングに移る。

 頭がだいぶフラフラするけど、ここで止まるようなら女子会じゃない。

「いいなぁー。」

 ウェディングドレス姿の女の人がいっぱいいる。みんなの顔がもっと赤くなる。みんなの息もさらに荒くなってくる。

 画像検索だと一気に数百ものドレスが出てくるので、これいいな、といったドレスを探す。

 それを売ってるお店があれば、そのお店をじっくり見る。

 私の一番のお気に入りは腰に大きなリボンの花、後ろに大きな蝶結びの、裾がまあまあ広がるドレス。透ける短い袖がいいな。

 ハルは細い肩紐のマーメイドラインが好きみたい。人魚のように膝のあたりまで細く、膝下あたりから程よく広がるシルエット。なかなか目のつけどころがよく、びっくりした。

 うん。ハルは抱き枕願望があるに違いない。私に抱きしめられ、ぴちぴちと健気に尾ひれを振る、かわいい人魚さん。おいしく味わってあげるからね。

 カズキは肩と腕が完全に露出する、腰から上がシンプルな感じのビスチェドレス。上半身は華奢に、下半身は大きく広がるシルエットが好みだって。

「ウェディングドレス、着たいよねぇー。」

「ロリータドレスも高いけど、ウェディングドレスはもっと高いよね。」

「一回しか着ないのはもったいないよね。」

 うんうん、と全員頷く。

「ウェディングドレス着て料理は危険だから、ご飯の合間にやらないとね。」

「せっかくだから家で振袖というのも悪くないかも。結婚してからでも、家でなら問題ないでしょ?」

「ナイスアイディア! 十分ありだと思うよ!」

 ハルと結婚して、振袖やウェディングドレスを着て過ごす優雅な午後。

 素晴らしい。


 いろいろ精神的にぐっと疲れたので、気分転換を兼ねて、私のスマホに入れてある、反射神経が問われるシューティングゲームを交代でやった。

「いっけぇー!」

「何だこの敵?」

「すごーい!」

「あぶないっ!」

「ボムいっちゃえ!」

「やるなぁ。」

「ボス来るよ?」

「あーっ。」

「ふっ。まだまだかな。」

 カズキが初見のくせに圧倒的に強かった。私はちょっとやったことあるけど、そこまでうまくないし、全然やりこんでない。でも、初見のハルにはなんとかハイスコアで勝てて、かなり盛り上がれた。一つの小さい画面をみんなで見ると、体は触れ合うし距離が一気に縮む。


 最後に定番カードゲームのウノ。ハルとカズキが狙ったようにスキップとリバースで私の番を連続で飛ばしまくったり、ハルが積み上がったドロツーとドロフォーで合計14枚引かされたり、ウノ宣言後にカズキがわざわざワイルド色替えで指定した色であがられることが二連続で起きたり、いろいろと見せ場があった。


 いろいろ楽しかったが、親が帰ってくる時間が近くなってきた。

 さすがに女装晴人を見られたら困る。

「残念だけど、そろそろお開きにしないとだめな時間になっちゃった。」

「えー? また、できるかな?」

 ハルが女子会をやりたい、だって?

 うんうん。女の子っていいでしょ? 中毒症状起こしそうになってくるでしょ?

 まあ、ロリータドレスを着たがってる時点でもう手遅れかもしれないけどね。

「夢みたいな時間だったけど、夢っていつか覚めるんだよね。」

「今のキャラを変えるのは大変だけど、みんなが見ていない場所で少しずつ変えることはできると思うよ?」

 ここまではセーフだよね。ハルにも明かせないことがある。

 いつか、自分の口で話せるときが来るかもしれない。その時まで急いではいけない。

「……そうだね。」

「クラスのみんなの前では、今まで通りの性別不明な静かな子。でも、家の中とか、一人だけの場所では、徐々に人生を楽しんでもいいんじゃない?」

「もうお別れというわけではないんだし、チャンスはまだあるよ。」

「ハルの言う通り。

 そうだ。こんどはパジャマパーティーやろうか?

 自前でもいいけど、私のパジャマを着てもいいよ? カズキが思いっきり可愛らしいの着たらびっくりだな。」

 ハルとカズキが頬を染めている。

 ハル? 一緒に住むようになったら、いくらでも着せてあげるから。パジャマパーティーを毎日できるんだよ? 二人っきりなら、すごく激しく可愛がってあげるからね?


 二人の着替えが終わった後、私は富木さんを駅まで送っていき、晴人にはちょっとしたら勝手に帰ってもらう。

 女の子三人で騒ぐのはすごく楽しかった。

 高校から大学へ環境が変わると、周囲の人間が全然違う。

 仲がいい女の子同士で毎日のように騒いでいた、ほんの数ヶ月前が懐かしい。

 晴人と二人だけの関係も悪くないけど、それだけだと何か物足りない感じがする。

 大学を出たらまた変わるんだろうが、今の人間関係をしっかり楽しんでおこう。


 そうだ。カズキが家に帰った頃に、こうメッセージを送ろう。帰る途中に泣かれると面倒だから、もうちょっと待つんだ。

「幸せになる権利は誰にでもあると思うんだ。でも、もらったチャンスを不意にする人が多いのも現実。富木さんはね、これから幸せを手にいれるチャンスをもらう人な気がするの。その時は、ちゃんと掴まなきゃダメだよ。私たちも応援するから。」


 ◇ ◇ ◇


 次の火曜日、晴人と相談した作戦を実行に移す。

 富木さんに、谷見くんと友達になってもらおう。

 谷見くんにはチャットサービスを通して、「面白いお客さんを自習室に連れていっていい?」と聞いたら、あっさり了解があった。

 授業終了後、学内で富木さんと改めて待ち合わせして、戸惑う富木さんを連れて理学部のあの建物に向かう。


「この人なら平気だから。」

 見慣れない建物に、知らない人との接触。不安がる富木さんを私達二人がかりで落ち着かせて、自習室のある建物に連れて行く。

「私達を信用できない?」

 富木さんは首を振ったが、相当勇気が必要だと思う。今まで人を信用してこなかったから、なおさらそうだ。

 でも、親戚は信用していたのだろうから、富木さんはとても慎重なだけで、人間不信ではないに違いない。晴人とも仲良くなれたんだ。そこに賭ける。


「やあ。小郡さんに須藤さん。」

 谷見くんが自習室から出てきた。

 一瞬、谷見くんの目が細くなるのが、彼の眼鏡越しに見えた。

「あなた、本当に男の子?」

「はぁ?」「はい?」「え?」

 三人の声が重なる。

「あのぉ……ボク、女です。」

 硬直が解けた富木さんが答える。

「女の子にしておくには実にもったいない!」

「え?」

「綺麗な女の子はいっぱいいます!

 だが! 付き合いたくなるくらい綺麗な男の子はそうそういません!

 その上、本当は女性なんですよね?

 一見、男友達同士で遊んでいるように見えつつ、人がいないところでは男女の仲。

 実に美味しすぎます!」

 派手な手振りで熱演する谷見くんを見て、三人とも、また凍る。

「小郡さんも須藤さんも、なかなか面白い人をご存知ですね。

 おっと失礼、あなたの名前を聞き忘れてました。」

「富木です。富木、和希。」

「富木さん、ですか。これからもよろしく、でよいですか?」

「……はい。あの、あなたは――」

「谷見勝明。」

「谷見さん、よろしくお願いします。」

「谷見くんはこう見ても、ただの変人だから。悪い人じゃないよ?」

「おいおい須藤さん、俺のことを変人だなんて言わないでくださいよ。俺はただの一般人ですから。」

「酔っぱらいほど酔ってないふりをするもの。」

「真のオタクほど知識自慢をしないもの。」

「いえいえ。つい先日、駅前の中華食堂の全メニューを制覇した程度ですよ。」

 予想外の発言に、三人ともまた凍る。

 これで凍るの何度目だろう。

「富木さんもいろいろ修羅場くぐってそうな雰囲気があるし、一緒にいて楽しめそうですね。」

(喋った?)

 血相を変えて富木さんが私を見た。私は首を振る。喋ってないよ?

「何かはわからないけど、人生で何か大きな決断をした、一線を超えた顔をしてますよ。

 殺気と言うか、やけに圧迫感がある雰囲気も感じますし。

 このお二人さんも、高三を飛ばすことにした後ろの部屋の連中も、一線を超えた人なんですよね。

 やっぱり、そういう人じゃないと、話してて面白くないですよね。

 どうしましょ? 中で話していきますか? お客さんとして歓迎しますよ。」

 そうか。谷見くんは「一線を超えたか」で人を判断するのか。


 ◇ ◇ ◇


 結局、今日のデートの時間はダブルデート、じゃなかった、四人の会話で終始した。

 最も年下の谷見くんがここまで手強てごわいとは思わなかった。まだ18禁ゲームエロゲを買えないから動画サイトのプレイ動画を我慢しながら見るのが趣味だとか、誰かが自習室に持ち込んだ超マイナー同人ゲームのスコアを競い合って伸ばすのがマイブームだとか(解説付きで実演してくれた)、ある女子が自習室に並べている雑誌を怖いもの見たさで読ませてもらったら男のの良さに目覚めてしまった気がするけど俺はストレートだそんな変態じゃないんだと力説するとか、はっきり言って意味不明な言動ばかりであった。

 でも、初対面の人がいるのに、一切遠慮せずコアな話をガンガンやるあの熱意は、どうみても本物だ。周囲の人が引いても呆れても遠慮しないしブレることのない、ガチのクレイジーサブカル野郎だ。この年頃の男子にありそうな、女子にもてようと変な方向に向かった努力を一切しないんだろうし、全く興味もわかないんだろうな。こんな尖り方に、不快と感じるのではなく、人間として妙に魅力を感じてしまうのは何でだろう。

 夜は四人で中華食堂に行って、全メニューの中からおすすめを選んでもらった。実際においしかったのがびっくり。そして、最後に富木さんと谷見くんがチャットサービスのアカウントを交換した。これで、いつでも四人でだべれる。


 二人きりの時間は帰りの電車だけだった。

 帰りの電車できれいな満月が見えた。

「月がきれいですね。」

 晴人が何故か敬語で言った。

 富木さんにお友達になってくれそうな谷見くんを紹介するという、いいことをしたから気分がいいのかな?

「そうだね。」

 そう返したら、ヒカル様が大爆笑した気がした。何でだろう?

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