第3話 一線を超えし者たち(上)
例の騒動の後、月曜から今日、木曜までの四日間はぼっち街道一直線だった。
同じ学科の人と受ける授業では、心なしか、私の周りに空席が多い気がする。教室の座席数は学生の数よりだいぶ多いのだが、そのわりには空きが多い。
同級生と会話したのは、実験中に同じ組になっている男子二人。協力して実験を進めないといけないから、当然、会話をすることになる。そして、演習の時に「答え合ってる?」と確認してきた女子一人。その子は解き方間違えていたからちゃんと教えてあげた。
こう見えても私は授業についていけなくならないよう頑張ってる。数学や物理の授業のいいところは、覚えなければいけない概念が少なく、あとはそれをどう使うかを考えること。簡単に解ける基本問題か、レポート用紙を少なくても半分、下手したら一枚は使わないと解けない問題の両極端なので、授業で扱える範囲は意外と狭い。一月半くらい授業が進むと、大学の勉強にも慣れてくる。そして、優秀な数人が目立ってくる。演習の時間に問題を解く速さとか、理解度とか、明らかに周囲のやる気ない人間とは違う人がいる。私も優秀な一人になりたいところだ。
木曜は四限で終わり、その後はバイトだ。教室を出ようとしたら、ドアを出たところで同級生に呼び止められた。
「ちょっと話があるんですが、歩きながら五分間で構わないので、付き合っていただけませんか?」
実に妙な話の持って行き方だ。
そして、何か変だ。
この子は存在感がありえないほど小さい。大声で騒ぐ先週のチャラ男とは対極的だ。そして一見すると中性的というか性別不明だ。女の子に見えるけど、とはいえ服装は男の子みたい。
ヒカル様に急遽お伺いを立てると、私の読み通り、肯定的な回答が戻ってきた。
「いいよ? あのチャラ男と同じこと言ったら、その時点でおしまいね?」
その子が頷いたので、
「駅の方向でいいよね?」
と聞く。もう一度頷かれたので、歩き始める。
校舎を出て30秒ほどしたら、その子が切り出した。
「ボク、
最初の方でクラスの全員が名前と何か一言を言った覚えがあるけど、当然覚えていない。
「ごめんね。私は須藤綾音。悪いけど、要件言ってくれない?」
「あの……。須藤さん、勇気……ありますね。
あそこまで自分を貫けるの、すごいと思います。
……どうすれば須藤さんみたく心が強くなれるのですか?
先週の金曜日、クラス全員を敵に回してでも彼氏をかばいましたよね。
普通、あんなこと無理です。どうして須藤さんにはできたのですか?」
「えーと……。何を言いたいのか、いまいちわからないけど……。」
「須藤さん、何かおかしいです。須藤さんのしたことは正しいと思います。ただ、ボクはいろんな人を観察して生きてきたけど、須藤さんは明らかに多くの人と違います。どうしてそう、違う人になれたのですか?
自分に絶対の自信があるというか、何も恐いことがないかのような、我が道を貫くというか、ありえないくらいの芯の強さ。どうして、そこまで開き直れるのですか?
ボクだって、自分の心が強くなれるような力がほしいです。どうすれば須藤さんみたくなれますか?」
どう答えたらいいんだろう。どうみても、ヒカル様の話はできないよね。
富木さんがチャラ男の回し者というわけではなさそうだ。
切羽詰まった顔を見る限り、私に悪意はないはず。
「教えられません、か?」
よし、正直に答えよう。
でも、肝心なところはぼかそう。
「ごめん、その理由は人に言えない。言っても信用されないだろうし、気軽に言いふらして、自慢するものじゃないから。」
「まさか悪魔に魂を売った、とかじゃないですよね?」
ぎくっ。鋭い。
「富木さん? もし目の前に悪魔が現れて、自分の願いと引き換えに魂を売ることができたら、富木さんはどうする?」
「どうしよう。
……すごく悩むと思う。うん、ものすごく悩むんだろうな。
でも結局、魂を売らないと思います。
すごく、いや、ものすごく後悔するだろうけど、売ったらもっと後悔するんだろうな、と。」
「まあ、普通はそうだよね。」
私はほんのちょっと悲しくなる。
私、ヒカル様のお嫁さんだし。
晴人は将来結婚することになる人間の男の子だけど、かわいい愛玩動物みたいな子だ。
家族として、パートナーとしてはいい子なんだけど、やはり、「彼氏」、「お婿さん」というイメージはあまりない。むしろ、彼に男らしさを求めてはいけない。
一方、人間でない神様のヒカル様には彼氏らしさ、お婿さんらしさを感じる。晴人はかけがえのない人間のパートナー。そして、ヒカル様も同じくらい、かけがえのない神様のパートナー。全然キャラが違うけど、二人とも、同じくらい大切。
そうだよね。ヒカル様と死ぬまで添い遂げると決めた以上、私はヒカル様に魂を売ったようなもの。でも、私は後悔しない。
「須藤さん、急に黙っちゃいましたけど、まさか……!?」
「ちょっとくらいヒントやったら? ただ言い方に気をつけろよ?」
ヒカル様が割り込んできた。ここで対応をしくじるとアウトなのね。
「……でも、少しだけ元気が出る魔法なら、教えてあげるよ?」
「本当ですか?」
「やりすぎると、人間でいられなくなっちゃうけど、いい?
これは人体の隠しコマンドみたいなものなんだから。」
「いいから教えて!」
「わかった。
自分で自分をどうしたいか、強く念じるの。そうすれば、自分のことをほんの少しだけ、なんとか出来る。ちょっと勇気を出すとか。
要するに、自己催眠をかけるわけ。火事場の馬鹿力をわざと引き起こすイメージかな。
でも、これはドーピングの注射みたいなもの。ここ一番、というときなら便利だけど、やりすぎると手がつけられなくなる。体と心を意図的にバグらせるわけだから、中毒になったらボロボロになっちゃうよ。だから、お願い。自分を暴走させない自制心は忘れないでね。」
「須藤さんは暴走したこと、あるんですか?」
鋭い。この子、意外とできるかも。
「暴走しかけたことはあるけど、なんとか踏みとどまったよ。
ほんと、麻薬みたいに危険なんだから。それも、お金も材料もいらない、一度やり方さえ覚えたらいとも簡単に使用できる、究極の、禁断の麻薬。」
「嘘……。そんなことあるんだ。
いいんですか? 私に教えちゃって?」
「富木さんは心が強いと信じてるから。悪用しないと信じてるから。
それに、自己催眠なんて、冗談みたいな話だと思うでしょ? 一笑に付さないで試すのなら、藁にもすがりたい思いがある、ということ。理由がわからないけど、ここまで必死になっている富木さんに意地悪して教えないのは、よくないと思って、ね。」
「須藤さん……!」
「いいの。あと、言い忘れてた。自己催眠は真摯な気持ちでやること。慣れないうちは特に。それに、いきなり練習せずに出来る、なんてことはありえないだろうから、ちょっとした効果の自己催眠で練習してね。軽くリラックスするとか。」
「……ありがとうございます!
疑って申し訳ありませんが、私を釣ってるとか、そんなことないですよね?」
慎重だな。失礼なことを言ってるけど、慎重さはちゃんと評価しないといけないのだろう。
「私が富木さんを騙して、何かいいことあると思う?
あと、お礼は実際に上手く行ってからにしてね?」
「あの……。須藤さんの連絡先、頂いてもいいですか?
須藤さんなら、私の友達になってもらえそうだし。須藤さんなら信じてもいい、と思う。」
ぼっち同盟、と自虐的な言葉が思い浮かんだ。
でも、いいと思う。富木さんは傷を舐めあって喜ぶ陰鬱なキャラじゃない。自分の足で何とか一歩、踏み出そうとしているのだ。なによりも、ヒカル様からの異論がない。
「電話? メール?」
「メアドをお願いします。あとで私からメールを送ります。タイトルに『
「なにそれ?」
「ごめんなさい。ボク、狙われてるから、身の安全に人一倍気を使ってますので。
このあと、須藤さん専用のメアドを作って、そこから送ります。」
「はぁ? 狙われてるって、なにそれ? 厨二病?」
「ごめんなさい。今はまだ話す気になれません。
メールも記録が残るからあまり好きじゃなくて、電話はもっと嫌です。」
こりゃあ、マジで何か訳ありだな。あんな相談したあと、冗談でこんなこと言わないでしょ、普通は。
「そうだ。富木さん、チャットサービスはどう? 使ったことないけど、リアルタイムで会話できるし、読み終わったらログちゃんと消すから。」
「それ、いいかも。何か見繕って、アカウント作ったらメールで送ります。」
「そのへんは任せるから。問題あったらメールするね。」
「了解です!」
「あの……。あまり聞きたくないけど、富木さんって男の子? 女の子?」
「…………はぁ。やっぱり、そう聞きたくなりますよね。こう見えても女の子です。女の子の格好をしたら狙われるので、男の子に変装しています。名前も中性的ですし、なんとかなるかな、と。」
うわぁ。言っていることがマジでヤバい。厨二病を酷くこじらせたキチガイなのか、ガチの訳ありか、どっちかだ。
でも、悪意ないみたいだし、本当に困ってる人を助けるのは巫女の務めだと思う。私も訳ありな人だし。
「変なこと聞いてごめんね。
それじゃ、あとでよろしくね? 連絡、待ってるよ?」
「はい!」
さあ、バイトに行こう。
◇ ◇ ◇
バイトが終わってスマホをチェックしたら、富木さんからのメールがあった。チャットサービスの名前とアカウント名、そして「インストールできたら連絡ください」と簡潔に書いてあった。
改めて考えてみる。
あの子、なんだろう?
何で私に対しあんな奇妙な言動をしたんだろ?
「心を強くしたい」、「力がほしい」、「狙われている」。
こういう時、ヒカル様なら理詰めで追い込む。どうするんだろう?
そうか。枠組みで考えるんだ。
推理小説の枠組みで言うと、
ホワイダニットとしては、富木さんは自分の何かを変えたかったのかな。「狙われている」から心細く、だから「心を強くしたい」で「力がほしい」。話としては筋が通っている。でも、最初の「狙われている」が意味不明だよね。そこまで「狙われている」ことをアピールする必要があるのかな? 実は誰かに脅されていたりして? でも本当に富木さんを狙う人がいるの? 実は大金持ちで誘拐されそうになった過去があるとか?
そうか。もう一つの可能性が、チャラ男のトラップだ。チャラ男や仲間から、この一週間、攻撃されることはなかった。相手にする価値がないと思われたのか、それとも何らかの嫌がらせをを企んでいて、私を油断させておき機会を狙っていたのか。理由はともかく、関係なさそうな富木さんを差し向けた。でも、富木さんはチャラ男に協力するキャラに見えない。そして、チャラ男は今更私にどんな嫌がらせをしたいんだ? どこかに呼び出して待ちぼうけを食わせるとか? センスのない連中ならやりそうだ。
おそらくこの二択だろう。どっちも一長一短あり、説得力はあるが決定的でない。ヒカル様は答えを絶対に教えてくれない。自分でしっかり考えて、自分なりに結論を出せということなのか。
あ、ヒカル様で思い出した。ヒカル様って、やけにセキュリティーにうるさい。「彩佳」と「ヒカル」の名は他の人に漏らすな、入り込まれると面倒だ、と。
まさか、富木さんも変な世界に首を突っ込んでるの?
……うん。やはり、考えすぎても仕方ない。パソコンで手順を見ながら指定されたアプリのインストールとアカウント作成をやっておこう。無料アプリでユーザー数が多いから、信用できるサービスなんだと思う。そして、とりあえずは富木さんの相手をするけど、チャラ男の嫌がらせならアカウントを破棄すればいいだけだ。
私のアカウントを作成して、富木さんのアカウントにメッセージを送る。
Ayaya[これでいい?]
好きな大規模アイドルグループの音楽でも聞いて待っていようとしたら、画面にメッセージが追加された。
Tommy[アカウント作ってくれてありがとうございます。]
何がしたいのかな?
そう追及しようと思ったけど、やっぱり書かないことにした。
Tommy[やっぱりAyayaさんは他の人と違いますね。今から書くことを見ても、今まで通りにしてくれますか?]
はいっ?
Ayaya[今まで通りと言っても、今日の午後まで接点なかったけど? つまり、教室では今まで通り接触するなということ?]
Tommy[ごめんなさい。そのようにしてください。あと、私の言うこと、他の人に言いふらさないと約束してほしいのですけど、お願いできますか?]
やっぱり、富木さんの言っていることは何かおかしい。というか、ずれている。でも、心の奥底では現時点でアカウントを消してはいけないような気がする、この手の妙な予感は無視してはいけない。
Ayaya[とりあえず話だけは聞くわ。でも何も期待しないでね。]
富木さんが書き始めた内容は、意外にもかなりヘビーだった。ネタ臭いといえばネタ臭いんだけど、マジな話に聞こえなくもないのが怖い。
どう相槌を打っていいのかわからないから、たまに「見ているよ」と書いておいた。
富木さんが言うには、自分が小六の時、新興宗教にのめりこむ両親に、その新興宗教の施設に住み込むために連れて行かれそうになったらしい。心ある親戚に説得され、両親を捨てて親戚の家に逃げ込んで、以後ずっと
富木さんの話を信じるのであれば、富木さんは親のせいでかなり深い心の傷を負ったようだ。追手が実在するかどうかは別として、富木さんの行動は本気で怯えている人のものに見える。少なくても、大学ではじめて知り合った私を騙そうとして話を作っているようには思えない。
少し時間をおいて、こう書いた。
Ayaya[全てを文字通り信じるわけじゃないけど、富木さんが嘘を並べて私を踊らせて楽しむような人でないことはわかった。
約束通り、他の人には黙ってるね。もちろん晴人にも。今日のメッセージも全部消しておくね。
話して気が楽になるのなら、またメッセージ送っていいよ。]
Tommy[ありがとうございます! やはり、Ayayaさんは違います!]
何が違うのかよくわからないけど、アカウントの破棄はやめておこう。
アドレス帳のTommyは残して、ログは全部削除、と。
それにしても、このアプリいいな。同一人物と頻繁にやりとりするならメールよりずっと楽だ。晴人にも使わせよう。アプリの存在を教えてくれただけでも、富木さんに感謝しないと。
◇ ◇ ◇
「ヒカル様、今日も一日ありがとうございました。この後、彩佳を夜伽で美味しくお召し上がりください♪」
富木さんのことは衝撃的だったけど、布団に潜ったらヒカル様との時間だ。
瞼の裏の世界は壁が白くて、四角い部屋で、何か心もとない。
私は……え? ピンクのブラとショーツだけ? 部屋の天井の角に黒いものが見えるけど、それって監視カメラ? え? なにこれ。なんなのよ!
壁の一部が開いた。実はドアになっていたようで、白衣に黒いズボンと黒い靴を着た男が入ってきた。銀髪で銀の瞳。ヒカル様かな? きっと。
「ねえ? どうなってるの? ここはどこ? 何で下着姿なのよ。恥ずかしいじゃない!」
「白々しい。さっさと吐けよ。嬢ちゃん、どこの組織の者だ?」
「はい?」
なにこれ? 夜伽、だよね?
「さっさと喋らないなら下着を切り裂くぞ。動画を然るべきルートで売ればかなり高い金になる。」
「だから、私は何もしてないって! こんなのやめてよ!」
「うるせえ! 嬢ちゃんにはスパイの容疑がかかってるんだよ。いいんだよ、このまま拷問にかけて、バラして、海の魚のエサにしてもよお。
嫌なら嬢ちゃんがどこの組織の者で、そしてここに忍び込んだ理由をさっさと吐くんだな。」
「何もしてないし、気付いたらここにいたんだから!」
「白々しい。悪いことをやってる奴は、決まって皆、そう言うんだ。
まあいい。毒物を飲み込まれて自決されたら困るからな。とりあえず、口の中を検査するか。」
「誰が、誰がそんなことをさせるものですか!」
「口を手で隠したら魚の餌。歯向かったり、俺の舌を噛んでも、魚の餌だ。」
ひっ。
男が私の方に近づく。私の両腕を背中の方に荒くまわして左腕で抱え、右腕で私の左肩と首を押さえる。
「おとなしくしてたら痛くはしないから、受け入れな。」
男の唇が私の唇に重なる。そして、舌で私の口の中を確かめる。歯茎や舌を念入りになめる。
少し気持ちよく感じてしまったせいか、体の力が抜ける。
「口の中は問題ないな。次は胸だ。その大きい胸、何かを仕込んだ偽乳の可能性があるからな。」
「偽乳だなんて失礼です! ちゃんと自前です!」
「とりあえず、立て。」
ある壁に向かって立たされる私。
「ブラは外させてもらうぜ。」
白衣の男は器用にブラのホックを外す。
「わかってると思うけど、逆らうなよ?」
ショーツだけで立たされるのは恥ずかしい。
「こういうのは後ろから揉むのがわかりやすいな。部屋の角のカメラだと画質が落ちるが、まあ、仕方ないだろう。
おい! カメラを向け!」
嫌がってるのに、無理やり体を回される。
言葉に出来ないくらい恥ずかしい。
「潔白を証明したいなら、暴れるなよ?」
男が後ろから胸をこねはじめた。そうしたら、壁の一部が上に動き始める。
なにこれ! 鏡? いや、この暗さはマジックミラー?
「次は鏡を向け!
目をそらすなよ?
そらすということは、何かやましいことがあるってことだ。」
嫌! やめて! 恥ずかしい!
悔しいそうな顔をして、無抵抗で後ろから胸を一方的に揉まれる私が映ってる。
何か、すごく屈辱的。
もう、こんなの嫌!
「やっぱりスパイだったんだな? 後ろめたいから暴れるんだろ?
嬢ちゃん、そんなに消されたいか?」
嫌だ! 泣きそう。でも、泣いても何もならないよね。
「胸は問題なし。そしたら、次はわかってるよな?」
男がポケットに手を入れたら、部屋の壁から白い箱がでてきた。
一人用の椅子ぐらいの大きさだな、と思ったら、男はその箱に座った。
男の足がちょうど床につくくらいの高さだ。
「女性特有のところに何かを隠されたら大変だ。」
え? もしかして、私……。
「マジックミラーの前でポーズ取ってもらうだけだ。何も入れてないんだろ? さっさと俺の膝の上に座れ。」
この後、酷いことをされるのがわかっている。
でも、逆らえない。逆らうと殺される。
「よし、いい子だ。」
男はポケットの中からナイフを取り出し、私のショーツの両側を裂き、頼りない布を抜き取る。
「俺だって、このナイフで嬢ちゃんを傷つけたくないんだ。
はい、カメラに向かってポーズ。」
男は私の両膝の裏に手を入れて持ち上げる。
私はM字開脚のポーズで股を広げさせられる。マジックミラーに私の恥ずかしい姿が見えて、涙がこぼれてくる。
「確認させてもらうぜ。」
指でくぱぁっ、と広げられる。
ひどい。あんまりだよ。
「問題ないようだな。何かを隠し持っているわけじゃなさそうだな。
盗聴器や隠しカメラを持っていたら、今頃バラされているところだったぜ。、
でも、このまま解放するわけには行かないな。」
めちゃくちゃだよ! 無実なのに! 何もしてないのに!
「嬢ちゃんはかわいいし、うちの組織で保護してやってもいいんだがな。
俺の検査を受けた以上、俺から逃がすわけにはいかないんだ。
この組織のことを喋られると困るんでね。
魚の餌とどっちがいいんだ?」
死にたくない!
「あぁ? 何か言えよ。どっちがいいんだ?」
「私……。」
「はっきりしろよ。おい。
魚の餌を選ぶんだな?」
「ほ、保護、してください。」
「ちっ、しょうがないな。
嬢ちゃんにはこれからメイドとして働いてもらう。
もちろん、脱走したら処刑だ。脱走するのはスパイだけだからな。」
「だから、私はスパイじゃありません!」
「嬢ちゃん、この下着を履きな。メイドの制服だ。」
男は私をどかして立ち上がり、座っていた箱の上をあけて、白い布切れを取り出す。
横を紐で止めるショーツだけど、布に穴が開いてる!
ランジェリーショップで売ってるような、恥ずかしいショーツだ!
「こ、こ、……こんなの履けません!」
「ふーん。逆らうんだ。これをつけるか、下着なしか。選びな。」
こんな酷い仕打ちをするなんて。
私、何も悪くないのに。
男の目の前前で全裸にされ、命じられて穴あきショーツを履くところを見られる。それをしっかり、カメラに撮られてる。
どうしてこうなったんだろう。
「三十秒以内に履き始めないのなら、下着なし。反抗したらバラす。さあどうする? 三十。二十九。二十八。」
こんなものでも、ないよりはマシ。
仕方なく布を股に通す。十でカウントダウンが止む。両端の紐を蝶結びにする。
男は箱から白い布を出し。膝の上に広げる。
「おい、嬢ちゃん? 制服を着せてやるから、俺の膝の上にうつ伏せに乗れ。」
「その布、何?」
「魚。」
「嫌!」
「だったら、おとなしくしろ。
頭はこっち、足はこっちだ。」
どう見てもメイド服に見えないけど、バラされたくないから指示通りにする。
男は私の体の両側から布の端を背中に持ってきて、おしりの方から紐のようなもので布を少しきつめに編み上げる。布は伸縮性が多少ある生地で妙に肌触りがいい。そして。背中の途中まで編み上げたら、片方ずつ胸を覆うように切ってある布の端を首の後に合わせる。そして、何か鍵をかける音がした。
「せっかくだから、髪も調えてやるか。」
頭の上の方で髪をひと束にして、何かを結びつける。
「立って、マジックミラーで自分の姿を見てみろ。」
ホルターネックのドレス姿の自分がいる。白い伸縮性のある生地のため、体のラインがよくわかる。裾は股下数センチくらいか。その上、胸を隠す生地が少なめのため、乳首こそ隠れてるものの、谷間はばっちり見えてるし、横乳も見える。背中は半分以上露出しているんだろうな。
そして、髪は高い位置でポニーテールに結ばれている。幅数センチくらいの白いリボンで、不器用に蝶結びが作ってある。
メイド服というより、ボディコンのパーティードレスに見えるのがちょっと悲しい。
顔が涙でぐちゃぐちゃだけど、楽しそうな顔をしていたら意外と似合うのかな。
「この制服、乳首の位置もわかっちゃうんだよな。」
後ろに立つ男が器用に私の乳首をいじると、乳首が布に押し当てられる感じがする。
「ついでにキスマークをつけておくか。このかわいいメイドに所有者がいることをはっきりさせておかないとな。」
男が屈み、右側の首の裏側を激しく吸う。
そして、ついでとばかりに首筋に舌を這わせる。
「後ろは編み上げになってるけど、尻は見えないから安心しな。」
体の向きを逆にして、背中がミラーに映るようにする。確かに、編み上げの紐は白い布の上に渡してある。
キスマークがはっきり見えて恥ずかしい。
「これからメイドとして雑用をしてもらうが、嬢ちゃんに触っていいのは所有者の俺だけだ。こんな格好で外に脱走したら、やばい連中に強姦されてボロ雑巾のように扱われる。これだけ変態的な格好をしていたら、言い訳できないよなあ。嫌なら、俺に逆らわないんだな。」
「ずっと、この格好なの?」
「一週間は試用期間だ。実はスパイでした、なんてオチがあったら大変だ。組織への忠誠心があるようなら、少しずつ自由度がある。」
「は、はぁ。」
「俺のメイドとしてこの後ずっと仕える覚悟はできたか?」
この人、ヒカル様に似てるけど、本当にヒカル様?
変な人と変な契約をしたらおしまいだ、ってヒカル様が言っていた。
返事、どうしよう。
「まあいい。とりあえず、ここから搬出するか。脱走されたら困るから、姫抱っこな。」
男が私を抱えて、カメラに指示を出す。部屋のドアが空き、私を抱えた男は部屋を出る。
ドアの逆側は私の部屋だった。
「合格だな、彩佳。」
「ヒカル様?
酷い! 酷いよ!
こんな意地悪な夜伽、嫌だったよぉ!」
「ヒントは出したんだけどな。銀髪と銀の瞳は隠さなかったし、濃厚なキスもしたし。」
「何でこんなことしたの? 本当に心細かったんだから!」
「ひどい思いをさせられても、自分の名前と俺の名前を一度も出さなかった。そして、追い込まれても最後に変な誓いをしなかった。この二点をクリアできたのは偉い。」
「なにそれ?」
「たまには抜き打ちの訓練というのもありだと思って。見事、試練を突破した。」
「ヒカル様の意地悪ぅー!」
「ご褒美に、今日は座ってる俺の膝の上で、お姫様抱っこで寝る?」
「ふん。ヒカル様がそうしたいというなら、させてあげるよ。」
照れ隠しを気付いているヒカル様が、何も気づかなかったように私を抱く。
体をヒカル様の胸に預ける。
えっちなメイド服も、大好きなヒカル様の為に着るなら大歓迎。
でも、心がすごく疲れたので、このまま寝てしまおう。
◇ ◇ ◇
翌日の金曜日、三限終了後に晴人から「会ってほしい人がいるから、四限終わったら付き合ってくれないか」との連絡があった。
晴人がこんなことを言うなんて珍しい。まさか、私と別れてこの人とお付き合いします、なんて言わないよね? 私に文句を言ったり、もしかして決闘を申し込みたい人とか? さすがに、それもないよね。
今週最後の授業は余計なことを考えながら受けることになった。先週に続き、集中できてないな。
晴人と合流した場所には背の高い男がいた。身長は晴人より10センチくらい高く、横長な眼鏡をかけている。髪は特にセットしている様子もないが、目立つ寝癖もない。腹が出ているわけではなく、とはいえガリガリではない。キモオタではないが程よいオタク臭さが漂う、いかにもな理系の男だ。
「小郡さんも覚悟を決めた目をしてるけど、須藤さんも似たような目をしてますね。
ここの大多数の住人とは全然違いますよ。
もしかしてお二人さん、将来は結婚する約束でもしてるんですか?」
………………!!!!!!!
何だこの人? いきなり何を言い出すの?
「下手に否定しださないあたり、なかなかやりますね。」
「晴人? この人、誰?」
「機械工学科の授業を一緒に受けている人で……」
「
「あれ? 学科は違うの?」
谷見と名乗る男はポケットに入れてある財布をあけて、学生証を見せてくれた。
「え? なにこれ? 工学部だけど、学科の場所に見慣れない文字列が。 それに、名前が「タ」で始まるのに番号が002って……。」
学生番号には、入学年度、学部と学科の記号、学科ごとの五十音順の通し番号、あとチェックデジットが含まれている。「タ」で二人めなんて、考えられない。
「飛び入学ですよ。高校を二年間でやめて大学に行く制度。」
「え? そうなの?」
うちの大学でやってるのは知ってたけど、該当者に会うのははじめて。
「飛び入学自体が学科扱いなんで、こうなるんですよ。」
「知らなかった。」
「もしよければ、面白いところにご招待したいのですけど、いかがでしょうか?」
私は晴人のほうを見る。
「いいよ。」
晴人がそう言ったので、私も頷く。
「それじゃ、こっちです。」
谷見が向かうのはなぜか理学部の方向。
「あれ? 方向こっちでいいの?」
「合ってますよー。」
二回くらいこんなやり取りをした後、理学部のある建物に案内された。
「違う学部の建物って勝手に入っていいの?」
「鍵がかかってるとか、特に制限されていなければ全然問題ないですよ。営業の人とか、学外の人も黙って入ってきますからね。
そうそう、入ったところのホールの左側の奥まった場所、そこに机と椅子ありますよね? あの談話スペース、何気に誰でも使っていいんですよ。もちろん、存在を知ってる人だけしか使えませんけど。お二人が学内で過ごす居場所がなかったら、勝手に使っちゃってくださいよ。お昼とか。」
「え? マジ?」
「マジですよ。」
兄貴が空き教室は勝手に使っていいんだと言うから、例の騒動の後は空き教室でお昼を食べていた。教室だと何か申し訳ないけど、こっちのほうが全然いいじゃない!
「そして、今日の目的地はここです!」
谷見君が案内してくれた部屋は、いかにも「研究室」なところだった。パーティションに囲まれた、十数人分くらいの机。共用っぽいパソコン3台。見たことのないような数式だらけのホワイトボード。専門書が多い本棚。
「ようこそ。飛び入学の学生の自習室へ。」
「なにこれ?」
晴人が驚いてないところを見ると、晴人はここに来たことがあるんだな。
「うちらは一年生の時から、ここに机あるんですよ。他の学年や学科の飛び入学仲間と騒げる、じゃなかった、交流出来る場なんですね。課題とかもここでできるんですよ。なんかあったら暇な先輩が教えてくれるし。」
「ずるっ!」
「その割には、飛び入学する人の数が少ないんですよね。入試が厳しいというより、そもそも受験者数が少ないのですよ。他の人と道を
「そうなのか。」
「あまり大きな声で言えませんけど、この制度は国から大量にお金をもらってるせいで、飛び入学するといろいろ美味しい思いをできるんですよね。
「びーいち?」
「大学って一年生が三種類いるんですね。区別したい場合、学部生、修士、博士。だから、それぞれ英語の最初の文字を取ってB、M、Dをつけるらしいんですよ。お二人も当然、修士まで行きますよね?」
「え? 4年生終わったら就職じゃないの?」
「特に工学部は修士まで行く人が多いですよ。そっちのほうが就職先がよくなるらしいんですね。うちらは博士までいって研究者になるよう、一応は期待されてますけど、まあ、各人の自由ですね。」
晴人はどうするんだろ? 修士まで行くつもりなのかな?
「さて、ここの部屋の人間は全員、一つの大きな人生の決断をしてきたんです。ポジティブな理由であれ、ネガティブな理由であれ。なんとなく高校にだらだら通い、なんとなく偏差値のあった大学に来た、そういう惰性で生きてきた人はいないですよ。惰性がよくないとまでは言わないけど、やはり、人間としての輝きがありませんよね。小郡さんに須藤さん、お二人は人生の大きな決断をした人の目をしてます。何があったのか興味がありますな。」
残念ながら興味本位ではヒカル様の話はできない。
よし、切り抜けよう。
「いいの? こうやって部外者呼んで。」
「むしろ歓迎ですよ。教員側から見ても、飛び入学するのは社会性のない引きこもりだけ、とかケチつける連中を黙らせるためにも、俺達にも友達がいることをアピールできたほうがいいんですね。
もちろん、関係ない連中が住み着くのは困りますが、招待した人は全く問題ありません。」
「飛び入学の学生、みんなここにいるの?」
「このカオスな雰囲気が嫌いな人はほとんど来ませんね。昔は彫刻作ってた人がいて、木彫りのイタチとか彫ってたらしいですよ。
それはともかく、何か課題で詰まったことがあったり、無駄に遊びに来たくなったら、俺を呼んでくださいな。」
覚えておこう。
「そうだ! チャットサービスのアカウント、持ってる?
晴人、問題なく使えてるよね?」
昨日入れたばかりのチャットサービスを谷見君と使えるようにしておこう。
そう閃いた。
「問題ないよ。」
「ああ、これね。持ってますよ。」
既に持っていたのか!
あっさりアカウントが入手できた。
「気が向いたらメッセージ入れていい?」
「了解です。
小郡さんをかばった女性ってどんな方かと思って会いたかったのですが、いやあ、小郡さん同様すごい人とは。びっくりというか、当然というか。」
「そんなこと言われても……。」
私に強い興味を持った人、二日間で二人目だ。
「今日は好きなだけここにいてくださいよ。そこの机と椅子、誰も使ってないので必要なら適当に使ってくださいな。お邪魔者はこれで消えますので。」
谷見君は近くに置いてあったキャスター付き椅子に座り、床を蹴った反動で自分の机に向かった。
晴人と周囲を見渡す。
ホワイトボードに向かってよくわからない数学の議論をしている二人。高校数学をはるかに越えるレベルで、かなりの数学マニアとしか思えない。パソコンやスマホをいじってる人が谷見君を含めて何人かいる。
「これ、わかんねー。」
声が上がると、暇そうにしていた人が寄ってくる。谷見君は行かない。
「この固有値になる確率、どう出せばいいんですか?」
「ああ? 固有関数はわかってるんだっけ? 波動関数が固有関数のどんな重ね合わせになってるか調べればいいだけだって。そして積分すれば確率でてくるんだし。」
意味不明な言葉が飛び交う。
でも、あれ? 確率? 重ね合わせ?
「確率に重ね合わせって、どういう意味ですか?」
「谷見が連れてきた一年生か。じゃ、量子力学は習ってないな。
簡単に言うと、量子状態、まあ、電子の状態とかだな。そういうのは複素数の関数で洗わせて、いくつかの固有値、誤解を恐れずに言えば状態をとることができる。それぞれの状態になる確率はわかっているんだけど、状態が重なり合っているというか、ある段階でどの状態をとっているかはわからないんだ。ただ、観測するとその時点での状態は決まるんだよね。古典物理、つまり高校までの物理だと出てこない話さ。」
「あ、ありがとうございます……。」
ひたすら意味不明だ。
でも、今、何て言った? いくつかの状態、確率で決まる、観測すると状態が決まる。
あれだ、ヒカル様の確率操作だ!! 確率が決まってる複数の未来のうち、ヒカル様はそれなりの確率がある未来なら無理やり実現させることができる能力だ。あれ、根拠あったの?
「そういえば、確率が決まっていても、特定の状態を引き起こすことって可能ですか?」
「できないから確率なんだよね。少なくても、今の物理学ではこうなってるんだ。」
今の物理学では説明できないヒカル様。
「脳の電気信号って、電子の信号だっけ。」
晴人も似たようなことを考えているのね。
確率の話、やはり気になっていたのね。
◇ ◇ ◇
布団に潜る前に、今日の展開を振り返る。
今日知り合った、晴人のお友達の谷見くん。
私達が結婚前提のお付き合いってすぐ見抜くとは。
晴人が話したのかな? いや、そんなことはないはず。少なくても、晴人は自分に婚約者がいることを自慢するタイプじゃない。
でも、そこまで自信を持って見切れる人は少ないだろう。
そもそも、大学入学したばかりの一年生が、同じ学部の子と結婚の約束をしているなんて、普通は考えにくい。恋人同士、一緒に受験勉強を頑張って、めでたく一緒に合格できた。これならありうる話だけど、結婚を考えているかというと、あまりいなさそうな感じ。
恋人探し、男遊びや女遊びという、大学生活の楽しさの一つを放棄するのは、普通なら非常識、考えられない愚挙だ。もっとも、つまらない恋愛でいろいろ振り回されずにすむのはプラスかもしれない。
谷見くんの人を探るというか、見極める目。怖い気もしたけど、必要があったから身につけたのかな。富木さんもいろいろあったみたいだけど、谷見くんも何か修羅場をくぐり抜けてきたのかな?
さて、今日はどんな夜伽だろう。
目を閉じて、瞼の裏の世界に入り込む。
「先生! オレ、アヤカちゃんとケッコンします!」
目の前にいるクソガキが意味不明な事を言っている。
青い園児服を着ている幼稚園児がいっぱい。
よく見たら私の目の高さも他の幼稚園児と同じくらい。
え? もしかして、私も幼稚園児なの?
そして、この教室の雰囲気、ひどく懐かしいような……。
「ヒカルくん? 結婚なんて、ヒカルくんにとっては、ずっと先の話なんだよ?」
優しい口調の女の先生。
「やだ、やだ! 今すぐケッコンするの!」
胸のチューリップの形の名札に「ヒカル」と書いてある男の子がぐずりだす。
うげ。ヒカル様、こんな趣味あったの? いや、かなり引くんですけど。
「アヤカちゃんは、オレとケッコンしたいよね?」
やばい。あまりに衝撃的すぎて、どう答えていいかわからない。
「わかった。オレ、アヤカちゃんとちかいのチューをする!」
クラスの他の子がざわめきだす。
「ヒカルくん?」
先生もちゃんと止めに入りますよね?
でも、目が座ったヒカルくんが私に向かって突撃してくる。
なかなか肝が座ったクソガキだ。
私の口を両手で挟んで唇をあわせて舌を入れてくる。
「ヒカルくん? アヤカちゃんが嫌がってるでしょ?
後でおうちに電話して、パパとママにヒカルくんを叱ってもらいますからね?」
「いつもパパとママがこうやってチューしてるんだ。
そして、舌を入れるのは大人のカイショーだってパパがいつも言ってるけど、カイショーって何?」
どんな酷い親だ。
ヒカル様の両親って想像つかないけど、こういう設定のプレイということにしておこう。
「ちょっと早いけど、外遊びの時間にしましょう。
ヒカルくんはここで残っていなさい。
アヤカちゃんも話を聞くから、残っててね?」
わーい、と他の子が外に出ていく。
「さて、ヒカルくん? どうしてアヤカちゃんにチューしたの?
アヤカちゃんの気持ちを確かめたの?」
「アヤカちゃん、オレが好きだよね?」
つい頷く。
「アヤカちゃん、オレとケッコンしたいよね?」
うーん。さすがに幼稚園児と結婚する趣味は……。
「いい? 結婚は、お互いの気持ちを考えることが大事なんですよ?
一方的に結婚を迫るなんて、やってはいけないことなの。
調子にのって迫りすぎて逃げられるなんて、よくあることなんだから。
プロポーズするのはいいことだけど、場所と雰囲気を考えないといけないんだから。
取り返しの付かないことになったら手遅れになって、一生、悔しい思いをすることになるんだよ?
わかった? ヒカルくん?」
「う、うっ……」
目に涙をためだした。これはこれでレアな光景かも。
「そんなのだから先生はフラレてばかりなんだ!
先生のイカズゴケ!」
ヒカル様、じゃなかった、ヒカルくんが私の手を取って教室の外に走り出す。
「待って! ヒカルくん!
もう!」
園庭の隅にある木の下に向かって走る。
やはりこの風景、私が卒業した幼稚園だ。
ヒカルくんと二人で木の下に座る。
「パパとママになったら、こういうことするんだよ?」
ヒカルくんが私を押し倒す。
「こうやって、ママの上でパパがパンパンと動くんだ。
ママはうれしそうな顔してパパを見るんだよ?」
ヒカルくんのご両親は救いようのないダメ親だよね。。
幼稚園児なヒカルくんが腰を振り出すけど、微笑ましいというか、痛々しいというか。
腰の振り方がぎこちないのも、幼稚園児らしい演出?
「アヤカちゃんも、ケッコンごっこ楽しいよね?」
いや、やっぱり幼稚園児相手は無理です。
「大きくなったら、ね。」
「わぁーい!」
満面の笑顔のヒカル様。
やはり子供は笑顔が大切だと思いつつも、やはり変な感じ。
「こらー! ヒカルくん! 何やってるの!」
「ババアが来た! アヤカちゃん、逃げるよ!」
今度はすべり台に向かって走る。
「アヤカちゃん、先に上がって!」
鉄でできたはしごの上に追い立てられる。
「スカートめくりぃ!」
「キャーッ!」
「こら! ヒカルくん、早く降りてきなさい!
今なら怒らないから。」
「ババアはウソつきだからイキオクレなんだ!
イジワルだからコトブキタイショクできないんでしょ?
だから、ババアはさなえ先生、みか先生、ちかこ先生においぬかれるんだよ。」
「ヒ・カ・ル・く・ん?」
先生、真っ赤になってるよ。
「ここはアヤカちゃんとオレのアイノスなんだ!
アヤカちゃん、大好きー!」
鉄の柵で囲まれたすべり台の上で、また濃厚なキス。
意外とこういうのってムードがあるのね。幼稚園児じゃなきゃ。
騒ぎを見た先生が数人寄ってきた。
「くらえ! くらえ!」
ヒカル様がすべり台の上に少しのっている砂を蹴って目潰しを試みている。
私の子供がこんな悪童だったら嫌だな。悲しくなっちゃう。
「アヤカちゃん? ヒカルとケッコンしてくれるよね?」
「ヒカル様は好きだけど、幼稚園児は絶対に嫌!」
「ちっ。アヤカちゃんがそういうなら、大人に戻ろう?」
目を一回閉じて開けたら、私の部屋の私の布団の中だった。
私よりちょっと背が高く、私と同じくらいの年に見える、いつものヒカル様。
園児服でなく、二人とも高校生の格好で、私が卒業した高校の制服を着ている。
「うん、やっぱりこっちのほうがいい。」
「そう?」
「高校卒業したばかりだけど、高校の制服がもう懐かしい。
まだ似合うよね。」
「この世界なら、いくつになっても問題ないよ。
この通り、好きな年の姿で遊びに来れるし。」
「本当に便利だよね。」
「じゃ、大人なおやすみのキスをする?」
「おやすみなさい、ヒカル様。」
いつもの舌を入れた甘いキス。
ちゃんと大人なキス。
やはり、こうじゃないと。
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