第10話

「え?」

「え?」


 ハモった。ものの見事にハモった。全く正反対な性格だと言われる僕と秀介だが、時折こうしてシンクロする時がある。『やっぱり兄弟だね』などと周囲の人間は言ってくれるが、当事者としては気まずいことこの上ない。


「真似するなよ!」

「お前こそ、弟のくせに!」

「今更兄貴面すんな!」

「うわっ、馬鹿、包丁を振り回すな!」


 ドクターは苦笑し、リナはきゃはは、と無邪気な声を上げた。

 って、あれ?


「あっ……」

「笑……った……」


 先ほどまでも微笑んではいたが、リナがこんな屈託のない笑顔を見せてくれたのは初めてだった。いや、僕は今来たばかりだから、見たことがないのは仕方ない。しかし、秀介もまた驚いているところからすると、リナがこんな感情を顕わにしたのは初めてらしい。

 お互い、彼女の笑顔に赤面してしまったのを知るのは、少し経ってからのことだ。


「そうそう、お二人さん」


 そんな僕らの心境を知ってか知らずか、ドクターが小ぶりの瓶を片手にやってきた。


「毎日毎日、作戦会議だ実戦だと、物騒なことばかりで疲れてるんじゃないか? こいつで一杯やってくれよ」

「ああ、どうも……。ってこれテキーラじゃないですかっ!」


 相手が年上でなければ、手刀でツッコミを入れているところだ。


「おっと、兄貴、酒か? 早速空けようぜ!」

「馬鹿! お前は未成年だろ!」

「何を今さら……」


 秀介はふん、と鼻を鳴らして肩を竦めてみせた。


「ああ、待った待った! ここは監視カメラがついてるからな、恵介くんの部屋で飲んでくれ。監視は緩いんだろう?」

「そういう問題じゃないです!! あなたドクターでしょう!?」

「ドクターなんてほど大したもんじゃないですがね」

「あ……!」


 絶句している僕の腕を取るようにして、秀介は病室から出ていこうとしている。

 プシュッ、と音がしてドアがスライドする。

 観念した僕が諦めながらに目を上げると――。


「……!」


 僕は再び息を飲んだ。

 リナが、はにかみながら小さく手を振っていたのだ。その姿は、秀介には見えていない。僕だけに与えられた光景だ。その姿は、とても可憐で愛らしかった。そんな所作をリナが見せてくれた。


「……」

「どうしたんだよ、兄貴?」

「え? ああ、何でもない」


 と言ってはみたが、リナが『僕だけに』手を振ってくれたのは紛れもない事実だ。これは僕だけの宝石だ。僕だけの秘密だ。

 それから先は、僕は素直に秀介に連行されていった。


         ※


「あー、やっぱ兄貴の部屋は居心地がいいな! 全く羨ましいぜ、専属研究員ってだけで、こんなに待遇って違うもんなんだな……」


 僕からパスカードをひったくった秀介は、無遠慮に僕の部屋に上がり込んだ。

 居心地がいい、と言われても、ベッドの掛け布団は乱れているし、その反対側の壁際にあるデスクには、最新の報告書やら科学雑誌が散らばっている。床には先月号や先々月号が無造作に投げ出されており、お世辞にも整頓されているとは言えない状況だ。

 全く、こんな部屋と比較して『居心地がいい』とは、一体秀介の部屋はどうなっていることやら。


「監視カメラの増設なんてされてないよな?」

「ああ。僕が知る限りではね」

「よっしゃ!」


 すると秀介は、止めに入る間を与えずに瓶のキャップを捻り、


「おいおいおいおい!!」


 まるでジュースでも飲むかのようにテキーラに口をつけた。確か、度数は四十パーセントほど。成人した僕でも、割らなければ到底飲める度数ではない。


「っ、あー……」


 一口ほど飲んで、瞬は酒臭い息を吐いた。

『二十歳すぎなのに飲めないのかよ!』と言われるのは目に見えていたし、癪だったので、僕もしぶしぶ冷蔵庫からサイダーとグラスを取り出し、半分くらいで割って飲んだ。

 うへぇ、やっぱり強いや……。

 その時、といっても偶然だろうが、何故か先ほどのリナの笑顔を思い出した。小さく手を振ってくれたという事実を、どうして僕は『宝石』のように思ったのだろう? そもそも、僕は彼女をどう思っているのだろう? もしかすると……。


「おい兄貴、さっきから顔が赤いぜ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る