これが僕らの日常
帰宅して、自宅用車椅子にケルシーを載せ替えて部屋に入る。
2人ぶんの鞄を机に置いてから、サポーターを取り出す。
手や足にサポーターをつけると、ケルシーはゆっくり立ち上がった。
「座りっぱなしだったからお尻痛い…」
なんて言いながら、お尻をさすっていた。
「仕方ないよ、ケルシーが学校に通うための条件なんだし」
ケルシーがイースト高に通うための条件。
まず、車椅子である事。
これは、足の脱臼をなるべく減らす為でもある。
そして、学校では帰りを除いてサポーターを外さない事。
これは、主に手の脱臼をなるべく減らす為で。
学校で繰り返し脱臼してしまえば、授業どころじゃないから当たり前と言えば当たり前なんだけどね。
「…わかってる、それぐらい」
ケルシーは拗ねたような表情をして、部屋から出てリビングに向かう。
僕はそれを見て、笑いを堪えながらケルシーについてリビングに向かった。
リビングに入れば、焼かれたチキンの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「良い匂い!」
ケルシーは笑って椅子に座り込んだ。
「お腹ペコペコだよ、僕…」
なんて言った瞬間、僕のお腹が鳴った。
ケルシーは大笑いして、僕は少し照れる。
「はいはい、夕飯よ!」
焼かれたチキンとコンソメスープ、そしてサラダ。
僕はチキンにかぶりつき、ケルシーはフォークとナイフで食べやすい小ささに切ってから口に運んでいた。
「チキン美味っ!」
口いっぱいにチキンを頬張りながら、ついつい口に出す。
ケルシーはそんな僕を見て笑った。
「もー、ジェイソンったらすっごく子供みたい!口の周り油でベトベトになってる!」
なんて言いながら、ティッシュを箱ごと渡してくれた。
「だって美味しいからさー…」
なんて言いながら口を拭う僕と、ケラケラ笑ってるケルシー、そしてそんな僕らをチキンを口に放り込みながら眺める母さん。
これが、僕らにとってのいつもの光景。
僕の父親は一級建築士で朝早くから夜遅くまで仕事してるから、休み以外には中々会えないしご飯も一緒に食べれない。
時には海外に行って数年かけて建物建てたりもする。
僕やケルシーが小さい頃は頻繁に海外に行ってた、って母さんは言ってたけど。
そんな父さんは目元や鼻、髪色なんかは僕に良く似ている。ちなみにマイペースでのんびり屋な性格も父さん譲りだったりする。
父さんは余り会えないけど、ケルシーの事は実の娘みたいに思ってて、凄く愛情を持って接している。
だから、僕の父さんはケルシーにとっても実の父親みたいなもの。
「ただいまー」
僕の声をより低く太くしたような声が、玄関からリビングや他の部屋に素晴らしく響く。
その響きっぷりに母さんはびっくりして手が滑ってスープ零しかけるわ、ケルシーはビクッてなってフォーク飛ばすわ、僕は僕で驚いてチキンが変なとこに入って死ぬ程むせた。
それを見た父さんはと言えば、爆笑してるし。
母さんが早い理由を父さんに尋ねれば、今日は夜から雨だったから、念を入れて早めに切り上げて帰って来たらしい。
そんな父さんは泥だらけの繋ぎだったから、母さんに叱られて先にお風呂になったらしい。
風呂上がりの父さんはパンツにランニングという、まさに風呂上がりの親父スタイルというべき出で立ちで。
…ある意味、ケルシーとの距離感や絆を感じる姿ではある。
父さんはその姿で椅子に座るや否や、がっつりチキンにかぶりついていた。
「あはは、流石ジェイソンのパパ!」
ケルシーはチキンにかぶりついていた僕を思い出したのか、また笑い出した。
「そりゃ、俺と母ちゃんの息子だからなぁ、ジェイソンは」
なんて言いながら、またチキンにかぶりつく父さん。
チキンを頬張り、咀嚼して飲み込むと、ケルシーに笑顔を向けた。
「まあ、ケルシーもある意味じゃ俺と母ちゃんの娘だけどな!そうだろ、母ちゃん」
父さんが母さんを見れば、母さんは「なーにを当たり前のことドヤ顔して言ってんだろうねぇ、ケルシー」なんて笑いながら父さんをからかう。
ケルシーは幸せそうに、そして嬉しそうに笑っていた。
その後、父さんは明日早いかもわからないからと颯爽と自室に消え、僕とケルシーは皿を洗ってから、それぞれにお風呂に入った。
そして、部屋に入ってベッドにダイブする。
僕らの部屋は今でも同室。
一つの部屋にはこざっぱりしてるけど五線紙があるものと、割と汚くなって鞄が放り投げられたまんまの二つの机と可愛いらしいクリーム色のカバーと男の子らしい緑のカバーのベッドが並ぶ。
本来は両親の寝室だったけど、ケルシーが一緒に暮らすようになってから部屋を変えた。
ベッドは両端に並び、机は二つ並んでいる。
本棚は真ん中2列がケルシーで、上と下が僕。
クローゼットは親のも入ってるからか大分ぎゅうぎゅうで、タンスは4列で2列ずつ使って。
ケルシーは帽子が好きだから、収納スペースはケルシーの帽子が沢山ある。
僕の幾つかある帽子は机やベッドとかに置いてあったり。
車椅子はケルシーのベッドの足元の近くに置いている。
そんな部屋のベッドで寝転んでいたら、ケルシーに脇腹をつつかれた。
「うく、なんだよケルシー…」
脇腹をつつかれた、痛くすぐったい感じに少し変な顔になりながら、ケルシーの方を向いた。
「ジェイソン、携帯…誰かから電話みたいだよ?」
携帯を没収されないようマナーモードにしていたのを、すっかり忘れて放置していた。
慌てて携帯を取って電話に出れば、検査に行っている病院からだった。
1ヶ月に一度の検診に来てくれ、という話だった。
1ヶ月に一度の検診は月末で、悪化してないかとか、サポーターの調子とか色々な事を検査する。
僕に病院の電話が来た理由、それは母親も父親もあっという間に寝てしまって電話に出なかったのだろう。
びっくりする程の寝付きの良さと眠りの深さ、そしてどこでも寝れる…この3つはクロス家全員の共通点でもある。
ちなみに、そんな素晴らしい睡眠だから…僕や母さんは早起きが苦手、でも父さんだけは何故か早起きが得意だったりする。
「今週末に病院に検査しに来てくれって、病院からだったよ」
なんて僕が携帯を枕の横におけば、ケルシーは笑って。
「ジェイソンの家族、ほんと寝付き良いよね…眠りも深いし」
僕に病院からの電話が来るのはかれこれ5回目ぐらいなのもあって、流石はケルシー…すぐに理由を理解したらしい。
「クロス家全員の共通点だよ、睡眠関連だけは」
なんて僕が言えば、ケルシーはベッドに座った。
「そういうとこ、なんか落ち着くから…私は好きよ」
ケルシーは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「そ、そっか…あ、そろそろ寝るし、サポーター外そうか」
恥ずかしくなりながら、ケルシーのサポーターをゆっくり外して机に置いて。
ケルシーが布団に入ったのを見てから僕も布団に入る。
そして、電気を消した。
「おやすみ、ケルシー」
「うん、おやすみジェイソン…」
なんて言ってから数秒で、僕は眠りに落ちる。
眠ってから何時間たったか、今が何時なのかわからないぐらいの真夜中。
ケルシーの小さな悲鳴とくぐもった声が聞こえた。
どんなに寝付きが良くて眠りが深くても、何故かケルシーの声だけは良く聞こえる、不思議な体質の僕。
「…ケルシー…脱臼した?」
僕がゆっくり小さな声で話せば、またケルシーの小さな、痛みを堪えている声が聞こえた。
「…うぅ…うん…っふ…」
僕は慌ててスタンドライトを付け、ケルシーのベッドに向かえば、ケルシーは右肩を抑えていた。
「…今、入れるからね」
そう呟いて、調節した力を入れて外れた肩の関節を元に戻した。
関節が戻った事で少しづつ痛みが引いて来たケルシーは、ゆっくり横になった。
「ありがと、ジェイソン…起こして、ごめんね」
そう呟いたケルシーは、本当に申し訳ない表情だった。
「…これぐらい別に良いよ、ケルシー…後、謝らなくて良いからね」
ケルシーの表情につられたように僕は寂しげな表情になりつつ、それだけを呟いて布団に潜って…また眠りにつく。
そして、明日がやって来る。
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