日常生活


トロイ達と別れてから、僕は車椅子を押しながら歩く。


ケルシーはそんな僕を見上げ、たまに悪戯して来たりなんかもして。


そうして2人で笑って帰り道を歩きながら、僕はぼんやりと考えていた。


ケルシーの事や、エーラスダンロス症候群の事を。


ケルシーにとって…エーラスダンロス症候群を患っている人にとっては日常生活も重労働みたいなものだ。


家でだって、サポーターを付けてないと脱臼してしまいかねないし、ぶつければ皮膚が裂けて血が出るのだから。


それは玄関でもリビングでも、お風呂や自室でだって関係ない。


その上に、何が・どんな行動が、脱臼や皮膚が裂ける原因になるかすらわからないのだから。


だから、外なんかは危険がいっぱいな危険地帯になる。


他人とぶつかって脱臼したり、鞄などが当たれば皮膚が裂け、当たりどころによっては脱臼する。


止まる時等の電車などの揺れで脱臼する事もあるし、何かにぶつけた衝撃で脱臼したり皮膚が裂けたりもする。


昔は病名がわからなくて、皮膚が脆くて怪我しやすいってことだけしかわからなかったから、家でも動くのは母親の目の届く範囲だけに制限されていた。


理由は、歩き始めた小さな子供は好奇心旺盛で何にでも興味を示し、そしてはしゃいで走って、ぶつかったり転んだりするから。


普通の子供が出来ること、それがケルシーには殆ど出来なかった。


身体が小さいし、何よりも皮膚が弱いから、ケルシーの母親も怖がっていた事もあって、椅子に座っていることかほんの少しだけ歩くことしか、ケルシーには出来なかった。


エーラスダンロス症候群は難病だし、珍しいから知らない人が多い上に見た目からじゃわからないという辛さ。

(クローン病などにも言える)


小学校に上がり、何となく危険を察知出来るようになって、少しづつ遊べるようになっても、普通の人より遥かに怪我しやすい事を他人には中々理解して貰えなかった。


だから、普通の行動を起こされて転んだりぶつけたりして、酷い時には皮膚が広く裂けて結構流血して泣き叫んでいた事もあった。


広く裂けたりとか酷い時は、病院で皮膚を縫うこともあった。


小学校に通い始めて一ヵ月で、何かしらで頻繁に皮膚が裂けては泣くケルシーを学校では見きれない、というような事を当時の僕らの担任がケルシーの母親にやんわりと伝え、それからケルシーは小学校に通えなくなった。


母親にそれをやんわりと伝えられたケルシーはわんわん泣いて、僕も一緒に泣いた。


母さんに、ケルシーが学校に通えないのは何故か、って八つ当たりみたいに聞いた事もあった。


“どうしてケルシーは学校に行っちゃダメなの!?”


“…ケルシーちゃんの身体の病気が、普通の病気では無いからよ”


“何で!?だって、だってケルシーは『ふつう』の女の子だよ!”


“あんなひどいあくまがいる学校なんて、ぼく行かない!ぜったい行かない!”


僕はさんざん泣いて叫んでワガママ言って、母さんや担任の先生を困らせて。


それから、学校から帰宅しては家で遊んだりしていた時、ケルシーは良く膝や腕に激痛を訴える事があった。


それは1週間に何度も何度も有り、酷い時には脱臼していた。


食事中に顎が脱臼したり、椅子に座ろうとした瞬間に股関節を脱臼することもあった。


何度近所の病院に行っても、病名はよくわからないまま、脱臼だけを直していた。


そうして中学校に上がるころ、近所の病院で進められた大きな病院の詳しい検査でやっとケルシーが患っている病名がわかった。


それが、エーラスダンロス症候群。

ケルシーは「古典型」のタイプだった。


病気を理解してから、ケルシーを通わせてくれる中学校を探した。


中々見つからなかったけど、やっと1校だけ受け入れてくれる中学校があって、僕とケルシーは入学した。


その中学校では車椅子の利用やサポーターを学校中ずっと付けたりするのを条件に、早退や検査休みなどが結構ありつつも何とか通わせて貰い、無事に卒業させて貰って。


そしてケルシーはピアノ推薦でイースト高校に合格した。


ピアノは自宅に母親の使うピアノがあるから、僕の家に居候するようになったぐらいの頃にそれを僕の家に運んで、家でだけ毎日毎日、少しづつ練習していた…ケルシーの才能と努力の賜物。


合格証が届いた時のケルシーは、合格証を興奮気味に喋りながら僕に見せて来て、ハイテンションで本当に心から喜んでいた。


僕は高校を卒業したらどうするか、なんてまだ決めちゃ居ないけど…今まで通り、ケルシーを支えてあげたいと思ってる。


今までも、これからも…その先もずっと。



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