04 灰燼姫、邂逅す(1)

「殿下! 配置、完了いたしました!」


 駆け込んでくる伝令の兵。

 その報告を聞き、エルはなんとも言えない表情で頷く。

 ハイペリア皇国首都――キョーノミヤ。

 格子状に整備されたひとつの巨大な都市。中央にはハイペリア皇族の居城たるコウキョ城が、その傘を折り重ねたような特徴的な形状を誇っていた。

 そのコウキョ城に対する包囲網が、いままさに、完成しようとしていた。

 エルの旗下にある軍勢は3万を超える。

 そのすべてが高度に訓練された兵士であり、同時に魔術師でもある。魔族の軍勢であるゆえに、容姿こそ多様であるが、その団結力は十全であるとエルは自負していた。


(まあ、死ぬような訓練と実践で練磨されているのだ、そうであってもらわなければ困るのだが)


 そう思いながら、自陣の軍勢を彼女は見渡す。

 この道程までに割いた兵は5000。無抵抗を貫くハイペリア国民を捕虜として扱い、補給線を維持するために必要な最低限の人員である。

 残る25000のうち、6割が歩兵であり戦のかなめ、2割が導師級の魔術師であり防御や補助、大規模破壊を専門にする。

 そして残る2割こそ精鋭。

 呪化騎兵部隊。

 いわゆる――騎士。

 幻夢暦1930年代頃に確立されたその技術は、戦争を一変させたといっていい代物だった。

 重力制御術式を組み込んだ魔術的リアクターの完成により、それまでカダス共和国の有する鳥と馬の形質を有する奇妙な飛翔眷属――シャンタク鳥、そして夜鬼ナイトゴーントに奪われていた制空権を、フォマルハウト第三帝国は奪還する。

 飛翔魔霊騎ゴルゴー

 その有用性は、シャンタクとナイトゴーントが次々に葬り去られたことで、たちまち証明された。

 騎兵といえばシャンタクを駆るものだった時代は終わり、どちらの大陸、どちらの国家でも、魔霊騎の製造が活発に行われるようになった。

 とくに帝国では、かねてより実践への投入が図られていた〝神器〟との組み合わせにより、その戦闘力を爆発的に上昇させることに成功し、ついには拮抗状態を維持するに至ったのである。


(その騎兵が、5000以上だぞ?)


 彼女の指示のもと、速やかに展開していくを見ながら、エルは複雑な胸中を隠しきれずにいた。


(ハイペリアの皇族とは、そこまで無能なのか……? 攻め込んできた相手にすべてを無条件で与えるほど、頭が妖精境のような花畑で出来ているのか? 私が知るハイペリアの戦士は、魔族に劣らぬ魔術の技と、人種に劣らぬ悪辣さを持ち合わせる勇者であるはずだったのに――)


 だからこそ、彼女はハイペリアの侵略に合意したのだ、指揮を執ったのだ。

 それだけの、つわものと相見える事を夢見て。

 その兵力を手中に収めることこそが、魔王とは異なる彼女独自の目的だったというのに。


(だが……それは幻想だったか)


 その美しい眉間にしわをよせ、やがてエルはため息を吐く。

 もはや逃れようのない包囲網が完成すると、誰の目にも明らかだった――そのときだった。


「――む?」


 くすんでいたエルの顔が跳ねあがる。

 彼女のそばにいたアトラが驚いたような声を上げる。


「高密度の魔力反応を検知! キョーノミヤの中心からなにかが――」


 そこから先は、エルにとって聞くよりも見るほうが早かった。

 首都の中央に位置するコウキョ城――その五重塔の最上階から、なにかが飛びだす。

 銀の光を帯びたそれは、凄まじい速度で上昇を初める。


「データに該当なし。ですが、おそらくはひとり乗りの――ハイペリアの魔霊騎です!」


 アトラの叫びにエルは口元を歪める。


「来るか! 音に聴こえしハイペリアの皇族が、この魔力だ間違いあるまい! 一騎駆けで、皇族自ら私と戦いに来るか!」


 パッと花開いたような笑顔を咲かせ、エルは腰の剣へと手を伸ばす。

 周囲の騎士たちが即応、彼女を守るように立ちふさがる。同時に熟練の魔術師たちが砲撃呪法に防御呪法をくみ上げる。

 それを押しのけながら、エルは期待をもって銀の光を見つめ続けた。

 しかし――


「……あ?」


 銀の光は、急速にその場から離脱していくのだった。天上へと、ひたすらに上昇を続け、消えていく。

 まるで、一目散に逃げ出すかのように。


「殿下、追いますか?」


 駆けつけたソダグイが、エルに問いかける。

 彼女はしばらく唖然としていたが、やがて失望も露わに、怒ったような調子で答えた。


「放っておけ! 民草を見捨てて逃げ出すような皇族に用はない! あんなものを討ち取っても、侵略は容易くもなんともならん! 二度と戻ってこれんように障壁でも立てておけ! それにどの道、私の魔霊騎でも今更あれの速度には追いつけん。くそ、警戒だけは怠るなよ!」


 それだけ吐き捨てると、彼女はぷりぷりと怒りをあらわにし、その場から去ってしまう。


「あ、待ってください姫殿下!」

「死にたいのかアトラ!」

「い、痛いですううウウウウウウウウウウウウ!?」


 寸劇を繰り広げながら去っていく主従を見送りながら、残されたソダグイはしばし呆けて、そののち盛大にため息をついた。


「全軍、包囲網完成に尽力せよ」


 彼がエルに変わってそう命令を下すには、いましばらくの時間が必要だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る