Trio!

遊座

第1話 ノリの場合


人生というものは、順風満帆とみせかけていても、思いもよらぬ方向から不意打ちを仕掛けてくるものである。そう、例えば、式を控えた婚約者が、浮気したり。


一体俺の何が悪かったんだ?今まで彼女には誠心誠意向き合ってきた。確かに仕事もある程度には忙しかったが、そのぶん埋め合わせはしっかりしてきたし、彼女をめいっぱい愛していた。性交渉だって、それなりにしてきたし…彼女も満足していたはず。…多分。自惚れるわけではないが、容姿だって平均値は超えて…。


いや、やめよう。今更何を言っても彼女はもう戻ってこない。俺の手元に慰謝料と言う名の札束を置いて、俺の隣からは消えてしまった。

精神的苦痛によるものなのか、一時期は仕事にも支障が出た。見かねた上司や部下達に言われて休職したはいいものの、特になにをやりたいでもなく、俺は今気の抜けた日々を送っている。



「そうですか、そうですか、それは辛かったでしょうね」


そして今、なんとなく入ったバーで知り合った男二人に、俺は全力で慰められていた。酒が入っているせいか、歳なのか、涙腺が弱くなっている気がする。ぐすっと鼻をすする俺の背を、二人の手が優しく撫ぜる。


「人生って急にハードモードになりますものね」

「…はい…」

「その通りです。私も先日妻に先立たれ、自宅も燃えましたが、なかなかこたえましたよ」

「それはハードモードすぎません?!」

「ナイトメア級ですねぇ」


ふふっ、と微笑む男のグラスがカロンと音を立てる。そうすると、今度は反対側に座った男が、酒に口をつける。


「…家…家かぁ…」

「貴方もなにか?」

「いえ、僕も先日寝床を失くしまして…」

「えっ」

「自宅を改装したら、居住スペースがなくなってしまって」

「どんな匠が手を入れたらそうなるんですか?」


そこで、うん?と思い当たる。つまりはこの二人、今は寝る場所がないのではないか?そう思い声をかけると、二人とも「そうだ」と言う。それならば、と俺は口を開く。


「なんなら、今日はうちに泊まっていきますか?」


二人の驚いた顔、笑顔を俺は一生忘れないだろう。


そしてこの日を境に、愉快な二人が俺の家に住み着くことになることを、この時点での俺はまだ想像もしていないのだった。

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