あいのかたち

加田シン

あいのかたち

 出し巻き卵と、筑前煮と、鯖の塩焼きと、ほうれん草のおひたしと、ごはんと、豆腐とワカメのお味噌汁。全てをテーブルにきちんと並べて、私はリビングでテレビを見ていた夫を呼んだ。向かい合って座りいただきますと言い合い、食事を開始する。

「ねぇねぇ聞いて聞いて!一昨日、超可愛い子ナンパしちゃった!」

「へー」

「23歳で肌きれーで感度よくてサイコーだったよ!」

「ふーん。煮物の味どう?」

「……美味しいよ。それでね、その子が言ったの『お兄さんすっごい上手ですね』って!上手いって言われちゃったよ、ヤバくない!?テンション爆あげでもう一回しちゃった」

「良かったねぇ。ごはんのおかわりいる?」

 コンニャクまできちんと味の染み込んだ筑前煮はご飯によく合う。鯖にも油が乗っているし、今日の夕食はほぼ完璧だと言っていいだろう。テンションの高い夫の相手をまともにしても疲れるだけなので、淡々とごはんを茶碗によそい手渡す。

「でねでね、その子が今度合コンしましょうよって言ってきて!相手の職業なんだと思う?」

「なに?」

「読モと美容師!これもう当たり間違い無しって感じしない!?」

「そうかもしれないねぇ」

「でさ、上手くいったらぱーっと乱交しましょうよってことになってるんだけどヤれるかなー!」

「できたらいいねぇ。あ、病気だけには気をつけてね。結構増えてるらしいよ。出し巻きに醤油ちょっとかける?」

「……そうなの?醤油、うん」

 出し巻きに添えた大根おろしに醤油を垂らして、自分の分にも少しかける。完璧だとは思ったものの、これには少し白だしを入れ過ぎてしまったかもしれない。塩分過多になってしまうのは避けたいが、出し巻き卵はやっぱり醤油を垂らした大根おろしと一緒に食べたい。悩ましい問題だ。

「ちょっと出し巻きしょっぱくない?」

「そう?あー乱交で思い出した!先月かな?初めて3Pしたんだよ。最初は3Pってどうなのよって思ってたんだけど、超興奮した!3Pってデフォルトの体位がバックなのね。こっちが突っ込んでる時にフェラされてるもう一人の顔見るのがまた興奮するっていうか」

「ほぉ~。ほうれん草のおひたしは完璧だと思わない?おばあちゃんになったら定食屋でもやろうかなぁ」

 夫が悲しげな顔で私を見つめる。何だその顔は。ちゃんと話は聞いているじゃないか。これ見よがしにため息をつくな。ごはんが不味くなる。

「……あのさ、嫉妬とかそういうのないの?」

「逆に聞きたいんだけど、何で私が嫉妬すると思うの?」

「愛はないの?そこに愛はないの?」

「どこの屋根の下だよ」

「夫婦なんだよ?籍入ってんのよ?結婚式で永遠の愛を誓ったんだよ?新婚旅行にも行ったんだよ?ちょっとはさー、俺に興味とか関心とかをね」

 私は箸をばしっとテーブルに叩き付けると、夫の胸ぐらをテーブル越しに掴んだ。

「あんたが若い子にモテまくるのはご勝手にどうぞ。どうぞ何でもヤりまくって下さい。何で私にまで興味持たれたいの?仕事して家賃半分出してるじゃん、毎日炊事洗濯掃除してるじゃん、嫌いな人間にそんな面倒なことしないよ!」

「でも……夫婦なんだよ?夫が他の人間とセックスしてきたーって話の返しが『煮物の味どう?』はなくない!?」

「夫婦、夫婦ってうるさいわ!私はビアンあんたはゲイ、偽装結婚でしょ!私は女の子にしか興味がないの!それでもいいって結婚したんでしょ!?30越えて独身だと親や周りが五月蝿いって言って!ぐだぐだ言ってないでさっさとメシ食え!おかずが冷める!」

 胸ぐらを突き放し、しょんぼりと項垂れた夫を眺めながら私は食事を再開する。上目遣いで夫がおずおずと口を開いた。

「……話するのは、いい?」

「だからそこはちゃんと聞いてるって」

「すげー適当に返事するのは愛がないよね」

「だからー!私は女の子が好きなの!あんたが男とセックスして褒められようが乱交しようが3Pしようが何しようが興味ない!一切!全く!でもあんたの話はちょっと聞いてて楽しいから、まぁ許す」

「俺の話、楽しい?」

「私は絶対しないからね、そういうはっちゃけた遊び。今付き合ってる彼女可愛くて大好きだし」

「じゃあいいや!そういえば今度SMクラブで……」

 嬉々として喋ることを再開した夫の話を音楽のように流して聞きながら、私は明日の夕食は洋風にしようと胸の内で決めた。

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あいのかたち 加田シン @kada-shinn

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