20 真実を知る町
福が街を出てからも、その街の様子は変わらずに一日一日が過ぎていった。はじめのうちは雪も陸もソワソワとどこか落ち着きがなく、何となく二人で――雪と陸とで――海を見たりすることが多かった。海はとても綺麗でいて、柔らかく温かい砂浜が気持ちよかった。特に夕方時の少し肌寒くなるくらいが一番良い。もちろん、太陽が沈む景色はいつみても神秘的な気持ちに駆られる。夕日を見るたびに三人でいた時を思い出せる。
そして二人でマキの家にも訪れた。マキは変わらず二人を歓迎してはお手製のお菓子や自慢のココアを淹れてくれる。コニーのことも忘れてはいけない。コニーは福が訪れなくなってからというもの、誰かが来るたびに何かを期待するように起き上がるが、なぜか少しだけしょんぼりとした風に見えるのは気のせいではないだろう。恐らく、子供たち以上に行動に感情が正直に表れているのだ。
そして雪は定期的にマウスや柚子のところも訪れた。柚子ももちろん喜んでくれるが、パン屋の店主が少女が来てくれるのを一番楽しみにしていた。
「やぁ雪ちゃんいらっしゃい。今日も食べてって」
少女はにっこりと微笑み頷くと、窓側の定位置に座った。しばらくすると奥から着替え終わった柚子が出てきて雪に挨拶すると、同じテーブルの少女の隣の席に座り、鞄からバレッタを出してカールの効いたベージュの髪の毛をサッと束ねて肩くらいまでの髪の毛をまとめた。その姿は雪にとってはとても魅力的な動作で、大人の女性を思わせた。
「その髪留め、とても素敵ね」
「ありがとう。彼から貰ったの。私、髪留めを集めるのが趣味でそれで、プレゼントしてくれたの」
「その彼ってとても素敵な人なのね」
雪はマウスのことを想って言った。なかなかマウスも女性に対して優しいではないかと。柚子はとても嬉しそうにして気分が良くなったのか、少女にも今度、髪留めをプレゼントしてあげると言った。
「雪ちゃんの髪の毛はとても長いし、それに艶もあるからきっと似合うわ」
「雪はユズ姉みたいなフワフワの髪の毛がいいな」
「えーほんとに? 私、これが結構コンプレックスだったのよ」
「ほんとよ! とっても憧れちゃう」
柚子はまた嬉しそうにして、今度は雪の髪の毛を編み出した。それはほんの数分で終わると、雪は目を丸くした。
「凄い! なんだか魔法みたい!」
「こう見えても編んであげるのはとっても上手なのよ。よくお友達のもやってあげてたし」
「ユズ姉は何でも出来ちゃうのね!」
雪はとてもいい気分だった。早く誰かに見せてあげたい衝動に駆られたが、店主の出してくれた甘いパンの誘惑には負けてしまい、三人で話しながらそのひと時を楽しんだ。
そして、話がある程度終わって、パンも食べ終わると雪は颯爽とパン屋を後にした。
雪が訪れたのはもちろんマウスのところだった。いつもと違う姿を見せたかったのもあるが、それよりも褒めてほしかった。マウスに褒められるのは今の雪には誰に褒められるよりも嬉しいことなのだ。
公園のベンチにはいつものように子猫と一緒にマウスは座っていた。太陽の心地いいぬくもりと、どこからか漂う花の香りにウトウトと一緒になって眠っていた。
いったんはマウスの隣に座って様子をうかがう様に顔を覗き込み、両足をぷらぷらとさせた。
そしてそれに気が付いたのは子猫だった。子猫が目を覚ますとマウスの載せていた手をするりと抜けて、それに気が付いたマウスが、ふわーと大きな欠伸をして目を覚ました。
「おはようマウス」
少女はにっこりと首を傾げてその編み込まれた髪の毛をいたずらにアピールした。
マウスはまだ少しだけふわふわした雲の上にいるように目をぱちくりさせて隣の少女を見た。
「あぁ……やぁ……お嬢ちゃん……ふわぁ――――」
「もう、マウスしっかりして」
少しだけムスッとした少女は今度は反対に首を傾けて再度、髪の毛を揺らしてアピールした。マウスはそんな少女のひたむきな姿を見ずに正面を見ていた。もうそんなマウスにしびれを切らした雪は大胆にもマウスに尋ねた。
「ねぇマウス。雪、いつもと違うって思わない?」
マウスはそういわれると、まだ重たそうな瞼を懸命に開くようにして少女を見た。顔をみて、服をみて、足元をみて、また顔をみて。そしてじっと髪を見た。
「かみ……がたかなぁ?」
少女はそんなことはどうでも良くて、次の言葉を待つのに、なかなかマウスは口を開かなくて少女は少しだけ悲しい気分になった。そして、違う、と言ってため息をついた。
「違うのか。おかしいな。何が違うんだろう」
「もういいわ」
少女はぷいっとして空を見た。もうどうでもよくなってしまった。
「違いはわからなかったけど、お嬢ちゃんのその髪型は可愛いよ」
どうでもよくなった雪だったが、そんな事を言われたら飛び跳ねるように嬉しい気持ちになり、また首を揺らして見せびらかした。
「そうでしょ! ユズ姉がやってくれたの! 素敵でしょ?」
「うん。素敵だ」
さっきのが嘘だということがバレてしまう事はどうでも良くて、とても嬉しい気持ちになった。男の人がみんなマウスのように素敵な人ならいいのになと思った。
それから雪は最近の話をしたり、マウスの話をせがんだりした。いつものように。
「マウスのお父さんはどんな人なの?」
最近の少女はマウスの家族の話を聞くのが好きだ。
「僕のお父さんは怖い人だよ。とても怒る人で良く僕は叱られたよ」
「お父さんはみんな怖いの?」
「そんなことはないさ。むしろ珍しいよ。だけど、それでも僕はお父さんが嫌いにはならなかったな。厳しくされたから今の僕がある」
「雪のお父さんはどんな人だったのかな?」
雪のその質問はただ何となく感じて出た言葉だった。もちろんマウスは少女の父親だったり母親だったりの事を知っている訳ではなかったが、マウスはしっかりといった。
「きっと、お嬢ちゃんのお父さんやお母さんは優しい人だよ」
「そうなのかな」
「お嬢ちゃんを見ていればわかるよ。子は親に似るっていうからね」
「お父さんやお母さんに会ってみたいな」
少女は普段、両親のことを話さない。それは決して辛いわけでもなければ、欲している訳でもない。雪には雪を見てくれている大吾郎だっているし、それにマキや、柚子やパン屋のおじさんもいる。雪のことをみんなが見てくれている。だから寂しいとは思わない。そして、両親の事を聞くのは自分の中で遠ざけている部分があった。その理由はわからない。けれど、大吾郎に両親の話を聞くと、なぜだか口籠るため自然と会話をしなかった。
そして何も知らないマウスは控えめに訊いた。
「お嬢ちゃんのお父さんやお母さんはどこにいるの?」
自然とマウスに訊かれるのは何ともなかった。時々訊かれては何も言えずに言葉を濁していたが、マウスには話すことができた。
「わからないの。物心ついた時にはおじいちゃんに育てられてたから」
「辛いかい?」
「うぅん。おじいちゃんだって雪の事、大切にしてくれるし、他の人だって、雪に優しくしてくれるもの」
「良かった」
「ただね。少しだけ気になるの。だから一度でもいいから会ってみたいな」
マウスは様々な仮定を考えた。それはたくさんの事を。そして言葉を選んで少女に告げた。
「お嬢ちゃんには知る権利がある。お父さんやお母さんの事が気になるのなら、おじいちゃんから話を聞かないといけない」
「――――うん」
少女は微笑んでいった。微笑んでいるのに酷く悲しい顔だった。追い込まれるような顔。マウスは同じようには微笑めなくて、顔を背けた。夕日は落ちかかっていた。そして子猫もどこかに消えていた。
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