第2話 愛されてるけど

 目の奥がジンジンする。目がさらに腫れぼったくなってる。頭も痛い。昨日も、Hの最後の方でまた泣いてしまった。近頃ずっとそう。泣いちゃう。その上昨日は、かなり冷たい態度もとってしまった。だっていっくん、絶対私の顔を見たがるんだもん。なんで?可愛いとか綺麗とか言うんだもん。やめて欲しい。そんな言葉、どうして言うの。


 目覚まし時計を見たらもう昼前で、テーブルの上には、点滅するスマホ、昨日二人ではんぶんこして飲んだ缶酎ハイの空き缶がそのまんま。珍しい。いっくんいつもは必ず片付けてから寝るのに。しかも三本も空いてるよ。いつも二人で一本なのに。いっくんお酒、激弱のくせに。夜中に一人で飲んだのか。私にイラついたの?そりゃそうだよね…。



 『おはよ。気分悪くない?頭痛くない?』


 気分は憂鬱、頭痛は少々…。


 『体調悪いなら、今日は休みなんだからゆっくり寝てなよ?いってきます!大好き』


 いっくんは、恐らく私のせいで、二日酔いで、でも仕事。今日はキツいよね。ごめんね私休みで。


 『今日も絶対まっすぐ帰るから、晩ごはん一緒に食べよう!何食べたい?』


 食べたい物…。なぁんにも浮かばない。


 『昨日の夜は、ケンカしたとは思ってないけど、きっと僕が無意識に瞳ちゃんを傷つけちゃったのかな…と思ってます。ごめん』


 いっくんが謝ることなんて何もない。彼に非は全く無い。大好きな相手からの優しい気遣いやごめんねの言葉にますます膨らむ罪悪感。自分で自分を勝手に追い込んでおいて、ひどい態度や言葉で、今夜またいっくんを傷つけてしまうかもしれないと思うと恐い。


 『ごめん!空き缶片付けるの忘れてた!』


 とりあえず全てのメッセージに既読をつけてスマホの画面を消した。でもちょっと考えて…ケーキの絵文字とキスマークの絵文字だけを送った。即、既読がついてちょっとびびる。仕事中、だよね?


 『OK!愛してる♡』


 なんかまた泣きそうになって、薄手の毛布にくるまった。いっくんの枕に顔を埋めて、いっくんの匂いを吸い込む。私といっくんは、シャンプーもボディーソープも同じものを使って、香水もおそろいにしたのに、それでもいっくんの枕には、いっくんの匂いだけがしっかりとする。不思議。男の人の、匂いがする。


 付き合って半年、同棲して半年。お互いの親にも紹介済み。時間が経つにつれて、彼はますますマメになっていく。普通は逆が多いのにね。外国人かよと突っ込みたくなる程の、キスやハグのスキンシップ。毎日たっぷりの甘い言葉。Hの頻度も、付き合い始めの頃より今の方が多いかな。彼は、釣った魚に餌をやり過ぎて太らせる、稀なタイプの男なのかもしれない。


 幸せだよ!とっても…。


 でも泣いちゃうし、冷たい態度もとっちゃう。誉めてもらって、喜びながらも同時に腹を立てて、ひどいことを言ったりもする。何故か。それは、自分に自信が無いからだ。


 見た目、顔。特に目。細い糸の様な目。大嫌い。分厚い脂肪ののった腫れぼったい一重瞼。短くて少ない下向きの睫毛。子供の頃からもうずっとずっと許せない。


 たかがそんなこと。きっと皆思うでしょ。私だって思うもん。でもどうしても認められない。これでもいいやって、諦められない。本当は、一番大嫌いで許せないのは、見た目だけにとらわれた狭い狭い私の価値観。そうだよ知ってるよ。解ってる。そんなこと。


 

 キッチンでバナナを一本食べてから頭痛薬を白湯で飲み、レンジで蒸しタオルを作る。


 「こ…この細い細い目がね、すんごいコンプレックスでね、すっぴんの目を見られるのが嫌なの。昔はね、カラコンとか付けまつげとかメザイクとかアイプチとかアイテープとかそういうありとあらゆる化粧方法でね、目を、おっ…大きく見せたりしてたんだけど、もうそんな、派手な化粧も出来ない歳だし?あの、ねぇ気付いてないかもしれないけど私ね、お風呂上がりも寝る時も、いっくんと居る時は絶対アイライン引いてるの。バレない程度に。バレてるかもしんないけど。あ…アイラインなんて、引いても全然目は細いまんまなんだけど、き、気安めなんだけど。半年間ずっと毎日だよ。お肌には良くないよね。でもだってすっぴんだとHできないし、というか、目を見て話すのもできないよ。化粧してても、真正面から、えっ…Hの最中に顔を、目を、見られることには…たたた耐えられないの。だから泣いちゃうの。泣いちゃう理由はこんなくだらないことなの。いっくんは何も悪くないの。ごめんねなんて言わないで?謝らないといけないのは私なのこんなくだらない考えに縛られて生きてるつまんない女なの私もうにじゅうななさいなのに…きっ…きき、嫌いになっちゃわないあいあぁあぁあぁん」


ピピッピー、ピピッピー、ピピッピー。


 レンジの中でゆっくりと回るタオルをじっと見ていたら、急に胸がいっぱいになってしまった私は、何故か電子レンジに思いの丈をぶつけて号泣し、鼻水を垂らしながらレンジ前にしゃがみ込み、上を向いて熱々のタオルを目の上に乗せる。上向いた途端に鼻が詰まり、下品な音をたてて鼻水をすすり飲み込みながら、情けなくてダサ過ぎて、そんな自分に途方に暮れてしまう。


 いっくんが、こんな私を見たらどう思うかな?なんて言うかな?


 好き大好き愛してる。

 可愛い綺麗愛してる。


 いっくんの甘い言葉に、幸せに満たされていく私の半分。あとの半分は、見た目も中身もブスでショボいこの私への、それは慰めの言葉なんじゃないかと疑っている。


 いっくんは誠実な人だ。…と思う。否絶対そう。だから親にも紹介したんだよ!私のことも紹介してくれたじゃないか!彼の言葉に嘘はない。…と思う。思う。思いたい。


 泣き過ぎてパンパンに腫れ上がった目は、もうあんまり開かない。視界も何時もよりさらに狭い。通常時の見開きにまでなんとか戻したかったけど、いっくんが帰る頃までに間に合わないかもしれない。でも元々が元々なんだし、こんなに泣いたって気付かれないかもね。泣いてなくてもパンパンだもん。糸だもん…。


 いっくんは今夜、仕事が終わったら速攻で帰ってくる。私が好きなスイーツを買って帰ってくる。いっくん大好き。でも今日は早く帰ってこないで欲しい日。大好きだけど、こんな時、一緒に暮らしてるってしんどい。


 少しだけ開けた窓から、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。私は一文字に口を閉じて、熱いタオルに涙を吸わせた。タオルが冷たくなっても、瞼はずっと熱いまんまだ。



 





 


 




 



 


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綺麗! 野良山タマ @hanakado41411

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