綺麗!

野良山タマ

第1話 こんなに愛して!

 ねぇ。ねぇ。ねぇってば。好き。大好き。愛してる。海より深く山より高く。地獄の針山も火の海も、貴女と一緒ならね、スキップしながら駆け抜けられる。僕が居る場所が天国でも、隣に貴女が居ないのならば、天使の輪っかでも首にはめて、林檎の木から吊して殺してくれ。


 「愛してるよ瞳ちゃん」

 「もう、黙って、し、て」


 セックスの最中、喋りすぎるのはやめてよねって、いつも言われるんだけど、僕はなかなか辞められない。喋りに必死になって腰が疎かになってるわけじゃないし、僕は瞳ちゃんへの愛を言葉にのせてるだけなのに。


 「だってさ、言いたく、なっちゃう」

 「な、に、をっ…」

 「愛を!」


 僕が奥を突く度に途切れて、投げ出される瞳ちゃんの言葉の最後を、僕は舌先で拾うつもりでキスをする。首筋の汗ばんだ薄い皮膚に額をこすり付けて、瞳ちゃんの喉が唾を飲み込む音を聴く。


 言葉だけじゃ足りなくて、人はセックスするんだろ?でもセックスだけでも寂しくて愛を語るんだろ?セックスしながら愛を語るのは、一番満たされる形だと思うの僕は。


 「瞳ちゃん、可愛い。瞳ちゃん、綺麗。大好き。大好きです」


 瞳ちゃんが僕を締め上げる。このまま死んでもいいかなと思うくらい気持ち良い。死因、愛。最高。


 「瞳ちゃん、手どけて。顔、見せて」


 僕が首筋から顔を上げると、すぐに両手の甲で両目を覆い、いやいやと首をふる瞳ちゃん。僕を締め上げる瞳ちゃん。もう出そう。出る。出ます。でも貴女の、蕩けた目を見て出したいから。


 瞳ちゃんの両手を片方ずつ引きはがし、指を絡めて繋いだ。やっと顔が見えたのに、瞳ちゃんはかたく目をつぶったまま、口も一文字に閉ざしてしまって、まだいやいやする。


 「目、開けて。こっち見て」


 眉間に皺を寄せて、閉じた瞼から耳に向かって灰色の涙が一本線を引く。目尻に長く引いたアイラインが溶けている。どうして泣いてるの?良過ぎて?本当に?感じ過ぎての涙ならすごく嬉しいけれど。瞳ちゃんは、一昨日も、先週の土曜日も、先々週の日曜日も、同じ様に泣くんだもん。セックスの最後、僕が出す前、顔を見ると、いつも泣くんだもん。


 愛しさでいっぱいになった胸の中に、不思議な不安がよぎる。そんな不安も一緒に吐き出すつもりで出した、液体化した僕の瞳ちゃんへの愛。でもなんか、出してしまうと、僕はその思考を後悔した。愛情以外の感情を混ぜるなんてやっぱ嫌。意味と目的は違えど、ゴム越しでよかった。


 僕が上半身を起こして手を離すと、すぐさま瞳ちゃんは、自由になった両手の甲で目を覆った。


 なんなの?恥ずかしいの?照れてるの?わかんないよ。それされると寂しくなるよ。


 僕は瞳ちゃんの中から出ると、ゴムを片付けて、ベッドに胡座をかき、真横のガラステーブルの上ですっかり気の抜けたレモン酎ハイの缶に口をつけて、飲むのをやめた。瞳ちゃんが寝返りをうって、僕に背中を向けた。それも寂しくなるんだよ。セックスが終わった後は、糸を引くように甘えてきて欲しいのに。僕はまたベッドに横になって、後ろから瞳ちゃんを抱きしめる。


 「大丈夫?どうかした?僕なんかした?」

 「別に、なんもないよ!」


 今日も可愛いかった綺麗だったよ大好き、と、僕が言い終わらないうちにすごく冷たい言葉をかぶせた瞳ちゃん。


「それは違う!そういう言葉はもう…いらないんだってば!」


 チガウ?イラナインダッテバ?


 さぁどうするよ。今もう確実に、僕の胸の中には謎の不安しかない。瞳ちゃんの様子が変。怒っているような、悲しんでいるような。でもちっとも心当たりが無い…。


 僕は瞳ちゃんの二の腕を擦りながら呆然とする。春の夜はまだ冷える。薄い毛布を瞳ちゃんの肩までかけて、毛布越しに抱きしめる。もう顔をみることは出来ない体勢なのに、まだ目を覆ったままの瞳ちゃん。


 少しだけ開けた窓。派手なバイクのエンジン音、続いてパトカーのサイレンと若い女の笑い声。道路沿いに建つ僕達の住むアパートは、真夜中でも静寂を知らない。


 さっきの貴女の言葉が耳にひやりと張り付いて、外の喧騒もうまく鼓膜に伝わらなくなっている。


 「瞳ちゃん?」


 

 返事は無い。


 こんなにも謎だらけで寂しい。どうして。愛する人を抱きしめながら、愛する人が遠くって。抱きしめる腕に、時々力を込めたけど、無反応。


 僕は仕方なく目を閉じて、途方に暮れながら朝を待った。貴女の寝息が聞こえてきても、その夜僕に眠りは訪れなかった。






 






 




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