第27話

 俺が提示した条件はこうだ。


 かねてより魔法の勉強をしたいと言っていたエレナを魔法の教育機関へ入学させること。


 そして、デッセル伯の息子であるエルマーは今後辛い目を強いられる可能性があるので、彼の生活を保障すること。


「うん。そのくらいなら父に頼めばなんとかしてくれるでしょう」


 俺の提示した条件はあっさりと受け入れられた。


 そして、エレナは王都の隣のオストヴァルト伯領にあるネテスハイム魔法大学への入学が決まった。しかし、それはエレナが家を出るということを意味しており、となると鍛冶屋を継ぐ者が不在となってしまう。エレナの父親はエレナに家を継がせようとしていたために彼女を魔法の学校へと行かせなかったわけであるから。


 だけど、エルマーがいる。デッセル家がなくなった今、エルマーには身を寄せる場所がない。そこで、エルマーをエレナの家に住まわせて、いずれは跡継ぎとして鍛冶屋を継いでもらえばよい。


 エレナは父親を説得し家を出る許可を得て、エルマーは行く場所もなかったこともあり鍛冶屋の跡継ぎとして住み込みで修業をすることに首を縦に振った。


 なんやかんやで上手いことよい形に納まったわけである。


「エレナのこの家にずっと縛り付けるわけにはいかないって思ってはいたんだよ」


 エレナの父親と二人きりになったときに、彼は俺にそう言った。


「だけど、うちは子供がエレナだけだから、鍛冶屋を継ぐとなればエレナしかいなかった。母親はエレナを産んですぐに逝ってしまったし、再婚も考えられなかったから、二人目を作るなんてこともできなかった。エレナが魔法を学びたがっていたのは知っていたけど、それを後押しできる家庭事情じゃなかった。親ならどんな事情があっても背中を押すべきなんだろうけど、家のことを考えるとどうしても難しいことだった」


 家を持続させる。どの時代、どの世界においてもこれは大切なことらしい。


「アスト。お前には感謝するよ。お前の存在があったから、いい形に納まった。エレナは魔法を学べるし、うちの鍛冶屋も安泰だ。――なんていうか、お前を見ていると昔の友人のことを思い出すよ」


「友人?」


「あいつも移民だったな。そう、顔もお前と同じだ。きっと同じ民族だろうよ」


 俺と同じ民族の移民。いや、それってつまり日本人ってこと?


「あいつも頭がよくてな。俺はあいつからいろいろ教えてもらったよ。あまりにも頭がよくて、結局、王室の家庭教師として王都で働くことになったんだ。たぶん、今の国王はあいつに勉強を教わっているはずだ。まあ、あいつが王都へ行ってからは連絡を取ることもなくって、今、どうしているのかは知らない。死んだのか、まだ王都にいるのか」


 そうだ、とエレナの父親は立ち上がる。


「ちょっと待ってろ。王都へ行くお前に餞別をやる」


 彼は部屋を出て、工房の方へ向かう。工房の方からごそごそと何かを漁る音が聞こえてきた。しばらくして、彼は戻ってきて、その手には鞘に収まった刀が握られていた。


 そう。刀である。剣ではなく刀だ。反りのある刀身を持つ、それだ。


「これの形が珍しいと思うか?」とエレナの父は訊く。


「いや……むしろ懐かしいと言うべきか」


 別に剣道をやっていたり剣術道場に通っていたりしたわけではないけれど、それは時代劇でよく見る刀の形状だ。


「そうか。俺はこれを見たとき、珍しい形だと思った。さっき話した例の友人から教えてもらったんだ。自分の国ではこういう形の武器を使うんだって。これはそいつに作り方を教えてもらって、俺が作った一品だ。こういう形を持つ刀のことを、確か……」


「……日本刀」


「そうだ。それ。ニホントウとあいつも言っていた」


 日本刀の中にもいくつか種類があるが、反りがあることと長さを考えれば打刀という徒戦用の刀。一般的に日本刀といえばまずこれを思い浮かべる。そういう刀だ。


 日本刀という武器がこの世界にすでに存在しているというこの事実。これが意味するところはつまりそういうことなのだろう。


 いや、そもそもこの可能性を考えていなかった俺が愚かなのだ。


 そもそもどうして俺は異世界へ遣って来た?


 あらかじめ定まっている寿命を全うしなかった人間に、ちゃんと寿命まで生きてもらうために異世界での新生活を用意する。


 このために俺は女神の手によってこの世界へやって来たのだ。


 つまり、俺だけではない。決まった寿命を全うできなかった――自殺した人間は俺だけではない。


 過去、現在、未来。どの時間軸においても自殺者は存在する。自殺者がいる限り異世界転移者も存在する。


 日本刀の存在が意味することはただ一つ。


 俺よりも前にこの世界へやって来た日本人がいるということだ。

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