第22話
裁判当日。
行われる場所は当然ながら裁判所である。俺たちが帳簿を奪うために潜入した例の裁判所だ。この国の女王様と邂逅した場所でもある。
俺たちは裁判所へ向かう。俺たちのことは領民にとっくに知れ渡っていたため、俺たちを止める者も阻む者もいなかった。彼らは死地へ向かおうとしている俺たちをまるで愚者を見るような目で見ているだけだ。
というか、裁判所が死地と決まったわけではない。勝てば死地でも何でもない。
裁判所へ着けばたくさんの人だかり。
「なんだよこれ……」
その人だかり驚く。
「思った以上に注目を集めているようだね、この裁判」とロス=リオスが言った。
「そんなにみんな移民が処刑されるのが見たいわけか」
「いや、ここは旧ロス=リオス領だから、むしろ逆なんじゃないでしょうか」とエルマーが言った。「移民との共存を重んじる旧ロス=リオス領民が移民の処刑見たさに集まるとは思えません。たぶん彼らは父の処刑が見たいんです」
「なるほどね。ほんと、変に期待されたものだよ」
まあ、いい。俺は俺のために裁判に臨む。その結果で周りがどうなろうと関係ない。変に背負うな。そもそもそんな性格じゃないのだから。素直に行こうぜ。
裁判所の中に入れば職員に睨まれる。それは当然で俺はここを襲撃したのだ。俺のことを快く思う人はいない。まして、デッセル伯領となったこの場所の裁判所職員が移民の襲撃者たる俺に愛想笑いすら向けてくれるはずがないのだ。
とりあえず、控室に通される。
椅子に座って来たる時を待っていたら、控室の扉が開き入ってくるのは一人の少女。見覚えがあった。
「お前は……っ」
「あら。これは、いつかの襲撃者さんではないですか。あのときは随分と怖い思いをさせられました」
「いや、俺、あんたに何もしてないよね?」
その少女の名前は確か……リーゼロッテ・メアリ・ユーディット・フォン・ローデンバルト。この国のプリンセス。
「そうでしたっけ?」と悪戯な笑みを浮かべる王女様。
「そうだよ」
俺は裁判所で彼女と邂逅した。ロス=リオス家の帳簿を彼女が持っていたこともあり、俺は彼女から帳簿を奪ったという体で帳簿をゲットした。ゆえに彼女は怖い思いなどしていない。俺は彼女にそんな思いをさせていない。
「まあ、それはともかく」と彼女は言う。「裁判ですけど、あまりにも傍聴人が多いので外で行います。ご了承くださいね。そして、裁判長は王女である私が努めますのでお願いします。では、時間までごゆるりと」
そう言って王女は去った。
ごゆるりとできる心理状態じゃないので、俺はただ部屋で緊張するばかりである。
「アスト、リーゼロッテ王女と知り合いなの?」
緊張する俺にエレナが問う。
「知り合いというか一度会っただけ。裁判所を襲撃したときに」
「怖い思いをしたとかなんとかって言ってたけど……なんかしたの?」
「してねえよ。なんやかんやで俺は王女様を脅したって言う体になっているんだよ。そうでもしなきゃ、逃げられなかったし」
「ほんとに?」
「そんなに怪しんでも、俺はやましいことはしていない」
「あの……」と不意に声が挟まれる。エルマーだ。「裁判の対策、何もしてないですけど本当に大丈夫ですか。父を相手に無策で挑むのはなんというか無謀というか」
「仕方ないだろ。証拠が集まらないんだ。当たって砕けろってやつだよ」
「本当に砕けますよ。もし失敗したら……」
「言っておくが、俺は無責任な男だ」
「もしものときの責任は取らないってことですか」
「どうして俺がお前らの責任まで取らないといけないんだ。俺はロス=リオスのためでもなくお前のためでもなく、自分のためにこの裁判に臨むんだ。この裁判に負けてお前たちが死罪になるのは俺の責任じゃなくて俺についてきたお前たち自身の責任だ」
「……ああ、そうですか」呆れたようにエルマーは言った。「まあ、それだけ口が達者なら、父を負かすこともできるかもしれませんね」
「別に俺に付き合わなくてもいいんだぞ?」
「ここまで来て、それを言いますか。いや、ついて行きます。ここまで来たら」
「当然、私もだ」とロス=リオス。
「私もね」とエレナが言った。
そして、コンコンと扉がノックされ、呼び出しがかかる。
「裁判を開始しますので、法廷まで来てください」
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