第21話

 裁判所へ提訴したら、すぐにニュースになった。


 移民連合の一人とロス=リオスがデッセル伯を訴える。デッセル伯は逃げも隠れもしないらしい。


 このことは瞬く間に領民たちの知るところとなり、国王からの承認も得て、本当に裁判を開くに至る。


 これといった確定的な証拠もなく、こちらは不利な状況だ。しかし、これ以上、何か証拠が出てくることもないだろうから、一か八かで訴えてしまうのが手っ取り早かった。


 つまり、作戦なんてないのである。それに、デッセル伯からやるならすぐにやろうという提案が出されたことで、裁判は提訴を出してから三日後に執り行われることになったのだ。デッセル伯曰く「裁判を起こすぐらいなんだから勝機があるのだろうし、そのための準備も完璧なのだろう。ならば、すぐに裁判を行っても問題ないであろう」とのことだった。そう言われて、首を横に振ればそれは負けたも同然だ。だから、俺たちは首を縦に振るしかなかった。


 そして、今日はそんな裁判の前日であった。当然、勝機も準備もありはしない。これは賭けだ。用意すべきは強運のみ。


「負けたら、確実に処刑だろうな」


 特に何をするでもなくエレナの家の居間で天井を仰ぎ見て、そんなことを言ってみる。


「不穏なことを言わない」とエレナに釘を刺されるけど、現実問題そうなのだから仕方がない。


 裁判に負けたら俺とロス=リオスは間違いなく処刑だし、それに加担したエレナや彼女の父親、そしてデッセル伯の息子であるエルマーでさえ命の保証はないだろう。


「よくよく考えたら、俺、いろんな人の命を背負ってないか?」


「今さら気付いたの?」


「大丈夫かな、ほんと」


「弱気にならないの。負けたときのことを今から考えても仕方ないでしょ」


 まあ、一度死んだ身だ。俺が死ぬのは構わない。だけど、死を経験していないエレナたちを死なせるわけにはいかない。ならば、もし負けた場合、どうやってエレナたちの命を守るかを考えなくてはいけない。


「もしものとき、俺はどうやってお前たちを守ればいいんだ?」


「自分の身は自分で守るよ。というか、いつからアストは私たちを守る役目になったわけ?」


「いつからって……」


 なんか気付いていたら、そんな思考をするようになっていた。


「アストは何のためにデッセル伯と戦っているの?」


「なんのためって……」


 デッセル伯がロス=リオスを騙し、ロス=リオス伯領がデッセル伯領になり、移民が追放されるようになり、おかげで俺も移民追放のとばっちりを受けた。だから、流れでデッセル伯を打倒して居場所を取り戻そうとしたわけだ。


 これは……自分のための行為である。


「自分のためだな」


「じゃあ、アストは自分のことを考えるべきだよ。自分のために行ったことが周りを助けることになる。ただ、それだけのことだよ」


「じゃあ、俺は好き勝手にやらせてもらうぞ。どうなっても知らないからな」


「上等だよ」


 そして、特に準備もしないまま明日が来るのである。

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