第19話

 まず、エレナの父親から風呂に入れと言われたので俺とロス=リオスは風呂に入った。


 そして、風呂から上がって、居間に集まり話をする。


「それで、これからどうするの?」とエレナが訊く。


「どうすると言われても……ロス=リオス伯領を再興するほか道はない。ここまでやらかしたんだ。もう後戻りもできない」


「勝機はあるの?」


「ない」


「いや、断言しなくても……。ていうか、ないの?」


「ない」


「どうするの?」


「考える」


 とは言ってみるが、考えてどうにかなるのだろうか。


「もし方法があったとして、それを実行に移せるのか? 委員会の活動が活発化しているこの状況で」とエレナの父親が言った。


「それは確かに……言われて見れば……」


 委員会の活動が盛んになっている状況下で動くのは難しい。俺とロス=リオスが逃げたことでただでさえ光らせていた目がさらに光るわけである。すべては結果論だが、あのとき裁判所を襲撃しなければよかった。裁判所を襲撃し、王女と邂逅した結果、委員会の取り締まりは激しさを増したのだ。


「裁判所を襲撃したのがそもそもの間違いだったのか……」なんて独りごつ。


 俺の独り言にエレナと彼女の父親が怪訝な顔をした。


「裁判所を襲撃? 何それ」


「いや、ロス=リオス家の帳簿が裁判所にあるから、襲撃して奪ったんだよ」


「裁判所を襲撃って……移民連合ってそんなことしたっけ?」


「いや、そんな話は聞いてない」


 エレナと彼女の父親は顔を見合わせて首を傾げた。


 しかし、そんなことを言われても俺たちは裁判所を襲撃して帳簿を強奪したのだ。これは紛れもない事実である。


 移民連合の裁判所襲撃が知られていない。つまり、情報操作が為されている?


「なぜ、そんなことに……」


 考えて、答えに至る。


「そうか。帳簿か。帳簿が盗まれたと知られれば人々は帳簿に何かあるのではないかと怪しむから。だから、裁判所襲撃のことを公表しなかった」


 帳簿には借金の全容が記されている。デッセル伯によって仕組まれた借金がそこにはある。


 もし移民連合によってその帳簿が盗まれたと人々に知られたら、おそらく人々は帳簿という存在を怪しく思う。帳簿が盗まれる理由は何だと詮索を始めてしまう。どこで綻びが生まれるかわからない。何かのきっかけでデッセル伯の悪事がばれてしまうかもしれない。


 だから、秘匿してあるのだろう。


「じゃあ、委員会の活動が盛んになったのは、移民連合が裁判所を襲撃したからなんだね」


「ほかに理由はないだろ。それともほかに心当たりが?」


「まあ、あるんだけど」とエレナ。


「え、あるの?」


 予想外の返答で俺は唖然とする。


「入ってきていいよ」


 エレナは居間の扉の方へそう声を掛けた。


 すると、扉は開き、居間に入ってきたのは一人の青年であった。見覚えはまったくない。


 誰だ? と俺は首を傾げる。


「君は確か……」とロス=リオスが知っているような口を利く。


「彼は――」とエレナが言う。「――エルマー・ハルトムート・フォン・デッセル。デッセル伯の息子だよ」

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