第13話

 ガチャリと保管庫の扉を開けると――


「私を襲ってそれでどうなると言うの? あなたたちはいったい何を考えているのかしら?」


 ――豪奢な服を着た女性がいた。豪奢ではあるがラフと言える恰好で、ネグリジェというやつか。金髪碧眼の美形。俺と同世代のようだが、見るからに位の高い人であった。


「俺たちはロス=リオス家の帳簿が欲しい」


 俺はそう言った。


「だから、おとなしくここから出ていけばあんたに危害は加えない」


 欲しいのは帳簿だ。目の前のどこの誰ともわからない女じゃない。


 目の前の女は不意に一冊の冊子を俺の眼前にかざす。


「これ、何だと思う?」


 このタイミングで冊子を見せつけてきた。それならば、彼女が手にしている冊子は、あれである。


「それが帳簿か?」


「そう」


「じゃあ、それを渡してくれ」


「これは借金の証拠品。盗みに入ったあなたたちにはいそれと渡せるわけがないでしょう」


 それもそうだ。俺たちは帳簿を盗みに来たのだ。


 相手は女だが仕方ない。力ずくで奪い取る。


 俺は短剣を持つ手に力を籠め、一気に駈け出せるように少しだけ腰を落とす。


「ちょっと待ちなさい」と目の前の女性は言う。「痛い目に遭うのは嫌なの、私。だから、ね」


 女は帳簿を投げる。帳簿は床を辷り、俺の足もとで止まった。


「あなたは私を脅して帳簿を奪った。そういうことでいいかしら」


「何のつもりだ?」


「私は親切心で言っています。あなたたちは私に危害を加えない方がいい。だから、帳簿を拾って速やかにこの場から去りなさい」


 これは何かの罠なのか。


 俺が目の前の女の言葉の真意を測りかねていると、ジャニスが俺の服の裾を引っ張り、囁く。


「言う通りした方がいいです」


 どうやら目の前の女は高貴な人らしい。俺たちが庶民がこうしてお目にかかれるのもおこがましいくらいの。


「誰だよ、お前」


 俺はそう訊く。目の前の人が俺よりも遥かに位が高いことはわかるが、俺はこの女を知らないのだ。正体くらい知っておいてもいいではないか。


「無知とは恐ろしいですね。そんな乱暴な言葉遣いでよく私に質問ができますね。しかし、です。私の正体を知りたいのなら、まずはあなたの自己紹介が先でしょう」


「アスト・タカミネ」


「あなたはこの国に来てまだ間もないのですか?」


「まあ、そうだけど」


「そうですか。だから、私を見ても臆しなかったわけですね。でも、私の名前を聞けばきっとあなたは私が誰なのかを知るところとなるでしょう」


 そして、目の前の女は名乗る。


「私は、リーゼロッテ・メアリ・ユーディット・フォン・ローデンバルト」


 ローンデンバルトって……まさか……。


「気付きましたか。私はこの国、ローデンバルト王国の王女です。以後お見知りおきを」


 彼女は意地悪な笑みをその顔に湛えた。

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