第12話
この世界の街灯はきっとガス灯ではないのだろう。魔法によってくべられた火が灯る街灯が辺りを照らす夜。
街灯の明りでは東京のような明るさは体現できず空を見上げれば星を見ることができた。
決行の夜である。
俺はジャニスの案内で裁判所の裏へ行き、スタンバイする。
表の方はアレックス率いる移民連合がスタンバイしているはず。
「おおおお――」という鬨の声が聞こえてくれば表の方は騒がしくなる。外から出も聞こえてくる。裁判所の中はどったんばったんと騒々しい。夜だから職員はいない。ならばいるのは警備員。彼らが一堂に表へと向かっているのだろう。
俺たちの目の前には裁判所の裏扉。しかし鍵が掛かっている。元職員のジャニスが鍵を持っているかと言えばそうではない。
だから仕方ない。この混乱に乗じて扉を破壊する。取っ手や蝶番は金属だが扉自体は木造だ。燃やすのが手っ取り早い。
「ファイア」と魔法式を唱え、扉に対して炎を当てる。
しばらく炎を当てたら、次は「ウォーター」と唱えて、水を当てて消火。
焦げてボロボロになった扉を蹴破って、俺たちは裁判所に侵入。
中はがらんとしていた。みんな表の騒動のため出払っている模様。
「たぶん証拠品は保管庫にあるはず」と言ってジャニスが先に歩き出す。
よくよく考えてみたのだけれど、どうして証拠品が裁判所なんかに保管してあるのだろう。普通は警察が保管しているんじゃないかって思ったけれど、この世界に警察なんて概念はなかった。領内の治安は領主の護衛隊が兼任しているのだった。
そもそもこの世界における裁判の流れというのもいったいどうなっているのだろう。警察という存在がないわけだから、もしかすると弁護士とか検察とかの概念もないかもしれない。
一応、身を隠しながらこそこそゆっくりと裁判所内を移動して、ようやく保管庫へと辿り着いた。
鍵はかかって――いなかった。
どうせ鍵がかかっているんだろうなと思いつつ、扉の取っ手を引いてみれば、なんと見事に扉は開いた。
そして、扉を開けて視界に入ってきたのは剣を掲げてこちらへ斬りかかってくる一人の男だった。騎士然とした服装から見るにここの警備員か。
ハッとして、俺はアレックスから護身用に持たされていた短剣を抜く。振り下ろされてくる剣に後退りながら自身の短剣を合わせる。
相手の剣の俺の短剣が衝突した瞬間、その衝撃は全身に重くのしかかった。
まともに剣術の指南なんて受けていない俺がこうやって反応できたことを誰か褒めてほしい。あの女神は俺に魔法と剣の才能を授けてくれた。きっとそのおかげで反応できたのだろう。
しかし、これが今の俺の精一杯だった。
さて、問題はこの次だ。
俺と男は互いに距離を取った。
「何のつもりだ、移民ども」と目の前の男は保管庫の扉を後ろ手に閉めながら訊ねる。
「なんで保管庫から出てくるんだよ」と俺は訊ねた。
「俺の質問に答えろ」
男が半歩ほどこちらに寄ってきた。俺は半歩ほど下がった。
「何のつもりと言われても、訊かれて答えるバカがどこにいる」
「移民の考えることはわからんな」
言って、男は一息にこちらへ迫ってきた。まともに相手をすればこちらが負ける。だから俺は横へ跳んで男から逃げる。しかし男は素早い足さばきでなおも俺に斬りかかってきた。俺は避けるので精一杯だった。
ほぼ紙一重で切っ先を避けている俺。
男を倒すには魔法を使うほかないのだが、これでは簡易魔法式すら唱える隙がない。
俺はジャニスに目配せをする。ジャニスが察してくれるのかはわからないが、彼女が何かしらのアクションを起こしてくれれば男に一撃を加えるチャンスが生まれるというものだ。
「――ライトニング」
ジャニスの声が聞こえ、瞬間、バチィンという音と閃光が耳孔に視界に入ってきた。
雷撃。
ジャニスの放った魔法は雷撃だった。眼にも止まらぬ速さでその雷撃は男のもとへ向かい、そして男に当たった。
「ぐっ」
男は剣を落とし、脱力、がくっと膝から頽れようとする。俺はその瞬間、その男の首元を掴み、簡易魔法式を唱える。
「ライトニング」
とどめの一撃である。
手加減はした。だから、死ぬことはないがこれで完全に意識は断たせた。俺が男から手を離せば、男はそのまま床に伏し、動くことはない。
「ありがとな、ジャニス」
見事なアシストをしてくれたジャニスに礼を言う。
「いえ、お役に立てて何よりですが……あの、死んでないですよね?」
「ん、ああ。息はしている」
そう言えば、ジャニスは安堵の溜息をした。
さて。
男はなぜかこの保管庫から出てきた。まるでここに守るべきものがあるみたいな感じだった。
何かがあるのだ。この保管庫には。
この保管庫に帳簿があるのは確定か。
俺は取っ手に手を伸ばし、そして扉を開ける。
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