第11話

「裁判所に侵入するとひとえに言うが、簡単なことではない。どうやって警備を突破する?」


 ロス=リオスがそんなことを言った。


「そんなの簡単なことだ」と俺は言う。「正面から突破すればいい」


「君は戦闘を好まない人間だと思っていた」


「正面から武器を持った集団が押し掛ければ、裁判所の警備隊はそれに対抗するため正面に集中する。その隙に裏から侵入するんだよ。よくある手順だ。あと、俺が嫌いなのは負けるとわかっていて戦うことだ。勝てる喧嘩なら進んでおこなう」


 負けてはいけないのだ。負けるのはとても惨めなことなのだ。楽しくないし。面白くない。幸福は勝利から生まれるものだ。もはや、負けてしまっては生きる価値も見いだせない。


 自殺して異世界へやって来た俺が思うのだから間違いない。


「なあ、アレックス」


「なんだ?」


「この移民連合は戦える集団か?」


「移民連合はロス=リオス家の護衛隊がその母体だぞ。何を当たり前のことを訊いている」


「それならいい。じゃあ、話は簡単だ。俺が隙を見て裏から侵入するから、アレックスたちは正面から攻撃を仕掛けてくれ」


「一人でか」


「そのつもりだが」


「アスト、お前は裁判所の中に入ったことはあるのか?」


「いや」


「じゃあ、どこに帳簿が保管してあるのかわかるか?」


「いや」


「侵入して、どうやって探すつもりなんだよ」


「それは……」


 ノープランであった。


「なんか、抜けてるな。お前」とアレックスに言われる。


 脳筋に指摘されて、どうにもばつが悪い。そんな俺にアレックスが言った。


「まあ、幸い、裁判所で働いていた奴がここにはいるからな。そいつと一緒に侵入しろ」


 おい、とアレックスがひと言呼びかければ、こちらへ寄ってくる人がいる。


「はい」とこちらへ来たのは女性だった。歳は俺と同じくらいに見える。


 肌を見るに赤色人種で髪はブロンド。あまりこちらを直視してくれず伏し目がち。しかし、顔立ちは端正で可愛らしい女性である。


「裁判所で事務官をしていたらしい。ま、今回の一件で仕事を失ったみたいだけど」


 移民であることを理由に退職を迫られたというわけか。


「ジャニス・ゲートスキル……です」


「ジャニス。話は聞いていたな。アストと一緒に裁判所へ侵入してくれ」


「はい」ジャニスは俺の方を向き「じゃ、よろしく」


「あ、うん。よろしく」


 言い合って、握手をした。


「というか、俺の案に乗ってくれるわけ、あんたら?」


「命を賭けるとさっきお前は言った。それだけの覚悟と自信があるわけだ。ならば、ここは一つお前にすべてを任せたい」


「会ったばかりの人間に移民たちの命運を託すって言っているんだぞ、あんた?」


「そうだ。だから、もし失敗でもしてみろ。死ぬより酷い目に遭うぜ」


「どうして、俺の案に乗ってくれるんだ?」


「真正面から戦うより、お前の案の方が勝てると思ったからだ」


 俺以外の誰かが俺みたいなことを考えても不思議ではないのでは、と思ったが、よく考えてみればこの世界の教育水準は日本のそれと比べればかなり低いのだ。基本的に庶民はまともな教育を受けていない。だから、どいつもこいつも力に訴え出る方法を執ろうとするわけだ。


 しかし、それを考えてもロス=リオスまでもが力任せに勝利を掴もうとするのは如何なものか。貴族なんだからもう少し知的な手段を考えろ。まあ、そこはたぶん彼の性格の問題なんだろうけど。


「俺に従ってくれるってことでいいのか?」


「お前が正しいことをしてくれる限りは、俺たちはお前のやり方に従う」


「正しくないことっていうのは、たとえば?」


「俺たちが正しくないと判断したら、それが正しくないおこないだ」


「せいぜい気を付けて行動するよ」


「そうしてくれ」


 さて。


 俺たちはとりあえずの団結をした。やることも決まっている。


 裁判所へ侵入し、帳簿を盗み出す。これが俺たちが今からすることだ。言ってしまえば逆転への第一歩。


「じゃあ、決行は今晩。それでいいかな?」


 訊けば、皆は一様に頷いてくれた。

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