第9話
ロス=リオス伯領がデッセル伯領となり、それまでロス=リオス家の警護をしていた護衛隊はデッセル家の護衛隊になることになっているのだけど、ロス=リオス家の護衛隊には移民も含まれていたためロス=リオス家の護衛隊からデッセル家の護衛隊へ加入できたのは数えるほどしかいなかった。それ以外の移民の護衛隊員は失業してしまった。
デッセル伯による現行体制に反対する集団である移民連合はそんな護衛隊を失業してしまった移民たちと一般の移民たちによって構成される集団だ。
と――目覚めた俺は移民連合の概要を聞かされた。
ここは教会の地下。崇拝する宗教はハイランド教、宗派はノイ正教会。ハイランド教ノイ正教会はローデンバルト王国の国教なのだそうな。
ハイランド教とは簡単に言えば世界の終末に救世主が現れて救済が行われるという予言/宣託を信じる宗教で、ノイ正教会という宗派はこの救世主に関する予言を行ったのは神より宣託を受けた一人の予言者であると主張している。ちなみに、最大宗派は別にあり、これをアルト教会と言うらしい。こちらは救世主に関する予言を人類へ伝えたのは神そのものであると主張している。
まあ、宗教のことはどうでもいいし興味もない。目下、問題はこれからの移民たちの行く末だ。
教会の地下に拠点を張る移民連合は反体制派として反対運動を繰り広げている。しかし、集団で行進したところで委員会の奴らはすぐに実力行使へ移るので結局戦闘になってしまう。
「奴らがその気ならば、こちらもまた戦うしかない。戦い、自由を勝ち取るのみなのである」
そう言うのは移民連合の総長であり、かつてはロス=リオス家護衛隊の隊長であった筋骨隆々の男、アレックス・アンドレアス・ベッシュである。
それにしてもこの脳筋め。まともに戦って、それで自由が勝ち取れると本気で思っているのであろうか。
日本でも反対運動というものはあった。しかし、改憲反対と声高らかに叫んで、国会前で集会を開いても、改憲は行われた。
大きな力の前では小さな力はないに等しい。少数の意見は民意とは言えない。民意とは大多数、そして権力者の意見のことを言うのだ。
そもそも戦闘で状況が好転することなんてまず有り得ない。戦争が忌まわしき過去として語り継がれるのを見れば明らかなことだ。
結局、移民はどこまで行っても移民で、少数派なのだ。
少数派である移民たちが徒党を組んでも、デッセル伯という大きな権力の前では無力。戦っても負けるだけだ。
しかし、戦わなければ勝てないのも事実。
そう。これは戦い方の問題なのだ。
正面切って殴り合いの喧嘩をしてもまず勝てない。
うぉおお、と血気盛んに雄叫びを上げる移民連合の面々を尻目に俺は考える。
かつて、ある人はこう言った。
目には目を。歯に歯を。
つまり、スキャンダルにはスキャンダルを以て対抗すればよいのでは。
ロス=リオス家を復権させるようなデッセル伯のスキャンダルを見つけて突きつけるのだ。
「そもそも、ロス=リオス伯の借金って何なんだ?」
ふと思ったことを口にしてみる。
アレックスが答えようと口を開くが、
「何ってそんなの……あれ、ロス=リオスが抱えた借金って何の借金だ?」
わかるか? と隣の男に質問を投げかけるアレックス。しかし、アレックスからバトンを受け取った男もただ首を傾げるだけだった。
一人の女性がこんなことを言う。
「むしろ、ロス=リオス伯はケチな方だったよね。借金なんて作りたがらない。今まで借金があるなんて話聞いたことないし」
「領地経営も今まで特に問題なかったような」と言った声もあった。
領地経営が上手くいっている領主にどうして借金という話が出てきたのだろうか。火のないところに煙は立たぬと言うけれど、何もないところから突然そういう話が出てくるというのも不自然だ。火がないのに煙だけ立っているというこの不自然な状況が意味していることはいったい何だ。
嵌められたのだ。
ありもしない借金があるという噂を立てられたのか、それとも騙されて借金を背負わされたのか。
いくら文明が未発達なこの世界でも噂だけで領主をその座から降ろすことはできないだろう。ならば、考えられることは何かしらの借金を背負わされたということだ。
しかし、借金を背負わされたとしていったい何の/誰の借金を背負わされたのか。デッセル伯はロス=リオス伯に何を背負わせたのだろうか。
何にしても。
「調べる必要がある」
喧嘩をするにも準備をしないと。今はまだ派手にやらかすときではない。
ロス=リオス伯の地位が転落した原因である借金の中身をはっきりさせなければ。
「領主をやっていた家なら、帳簿もしっかりつけているはずだよな。とにかく借金が何なのかをはっきりさせる必要がある」
「なぜ? そんな回りくどいことをしなくてもデッセル伯を殺してしまえば万事解決だ」
やはりアレックスの奴は脳筋だ。
「領主の護衛ともなれば規模は大きい。移民連合なんて数えるほどしかいない集団じゃデッセル伯の護衛隊を突破できない。いくら少数精鋭でも、苦しい戦いになるのは目に見えている。それとも、護衛隊を相手にせず直接デッセル伯へ辿り着ける方法を考えられるのか?」
「やってみなければわからない」
「そう言うってことは無策なんだな?」
「策など弄したところで、実際の戦いでは役には立たない。ならば最初からない方がよい」
「そもそも戦いなんてしない方がいいだろ。無駄な怪我人は出ないに限る」
これは戦い方の問題だ。
怪我人が出る戦いではなく、怪我人の出ない戦いをしよう。
負けるための戦いではなく、勝つための戦いを。
これは戦で片をつける問題ではない。相手は謀略を弄してきた。ならば、こちらもまた謀るまでだ。
「ここは一つ、俺に賭けてみないか」
こいつらは俺のことを知らない。そもそも俺を誰だと思っているのだ。
「失敗したら?」とアレックスは問う。
「この命を以て責任を取ろうじゃないか」
俺の名は高峰飛鴻。何を隠そう異世界転移を果たした日本人である。
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