13:男同士のお話

 とある日の放課後。僕は篠原を、ファーストフード店に呼び出していた。

 篠原は、何か思うところがあるのか、ハンバーガーの数を三つに減らしている。それでも僕に言わせれば多い方だけど。


「あれから、色々と妄想してみたんだ。オレの小説の、映画の特報まで考え付いた」


 篠原は目を輝かせる。


「それで、どうだった?」

「楽しかったな。けど、課題も見えた。これを見てくれ」


 そう言って取り出したのは、A4用紙にまとめられた年表だった。


「今さらだけど、プロットの真似事をしてみたんだ。アレンがどう生き、どう考えたかをまとめた」

「凄いじゃないか」


 エクセルで作ったと思われるその力作を、僕は隅から隅まで眺めていく。


「それで、今まで貰った感想も読み直した。耳の痛いやつは読み飛ばしてたんだが、今回はきちんと向き合ってみたよ」

「偉いな、篠原」

「でな、ちょっと推敲期間を設けることにしたよ。近況報告にもそう書く。ランキングは下がるだろうけど、仕方ないさ」


 ここ数日で、篠原は変わった。小説に対する熱意は元からある奴だったが、取組み方が変わったのだ。

 僕は一作目を終えてホッとしているところだが、篠原のこういうところを見習いたいと思った。

 篠原は、ハンバーガーを味わうようにしてゆっくりと口に運ぶ。


「ゴールは、結末は、決まったのか?」

「ああ。桜口さんの言うとおり、アレンと話してみたんだ」


 そうすると、アレンはこんな結末を望んだらしい。

 ハーレム要員の三人の全員と結婚し、それぞれ子供をもうける。幸せな日々が続くはずが、以前から何度もぶつかってきたライバルとの決闘をすることになってしまう。

 勝負には勝ったが、アレンは重傷を負ってしまう。ベッドの上で朦朧としていると、嫁と子供たちが心配そうにアレンの顔を覗き込んでくる。

 そしてアレンは思う。「いい人生だった、もう転生なんてしなくてもいい」と。


「アレンが死んで、終わるんだな」

「そうだ。死から始まった物語だ、死で終わるのが理にかなっているだろう?」


 篠原は少し寂しそうだ。アレンの物語を、本当は永遠に書いていたかったのかもしれない。

 しかし、読者が望むのは、結末だ。その評価がどうであれ、物書きは物語を終わらせなくてはならない。


「上野、次回作は書かないのか?」

「もちろん書くさ」


 実は、嬉しい感想をネットの誰かから貰っていた。「とても面白かったです。次の作品も期待しています」というものだ。

 それで僕は、ぼんやりと次の構想を練り始めた。一作目しかり、僕は現代を舞台にした不思議な話が好きだ。

 だから次も、そういったものにしようと思っている。人語を喋る猫、なんていいかもしれない。


「一作目を書き上げて、僕は自分のペースというものが完全に掴めた気がする。だから二作目は、もっと早いテンポで書けると思うんだ」

「いいなあ、オレも早く完結させて、その境地へ至りたいよ」


 トレイから、ハンバーガーが無くなった。僕のポテトだけがしつこく残っている。


「あれ? っていうか上野、お前話あるんじゃなかったか?」


 僕はそう言って篠原を呼び出していたのだった。その話とは、もちろん。


「うん。僕、桜口さんのことが好きなんだ」

「マジかよ!」


 予想通りの反応に、僕は思わず吹き出してしまう。元々騒がしい店内だ、篠原の叫び声をさほど気にする人もいない。


「深田にはとっくにバレてたけどね。上野くんになら智美を任せられる、とのお墨付きも頂いた」

「じゃあ、いつ告白するんだ?」

「それを迷っているから、こうして呼び出したわけだ」


 篠原は、口をへの字にしてうーんと唸る。


「いつから、好きだったんだ?」

「わからない。校外学習かな。それとも、もっと前からだったのかも」

「おいおい、オレってば全く気付かなかったよ」

「僕だってそうさ。自分で恋愛ものを書いておきながら、自分の恋心には無頓着だった」


 僕はポテトを一つつまむ。もう冷え切っていて美味しくない。


「よし、明日だ。明日、告白しよう」


 篠原がそんなことを言うので、僕はポテトを喉に詰まらせそうになる。それをコーラで流し込んで、僕は口を開く。


「明日って……そんな急な! 僕はスローモーション人間だぞ?」

「わかってるって。だが、こういうのは鮮度が大事だ! オレだって、もっと早くゆかりに告白しとけばよかった、って思ってるしな」

「でも、どこで、どうやって?」

「そうだな。オレは喫茶店に呼び出したけど、人目につかなさそうな場所なら、どこでもいいんじゃないか?」


 僕と篠原は、話がまとまりきらないまま解散した。それでも、「明日告白する」ということは決定事項だった。




 帰宅した僕は、パソコンに向かい、「マイスタイル」の「サクラ」のページを開いた。更新されている。

 ついにマモルに告白することを決心したアスカ。友人のキヨミが、震えるアスカを鼓舞し、送り出すというシーンで終わっている。


(なんだ、まるで僕みたいじゃないか)


 僕は今日のやりとりを思い出して薄く笑う。次いで、活動報告のページを開く。


「いよいよ残すところあと一話です。明日の夕方に更新予定です。アスカとマモルの結末を、ぜひ見届けてください」


 ということは、桜口さんは既にラストシーンを書き上げている。迷っていたみたいだが、ついに彼女もここまできたか。

 僕はベッドに寝転がり、大きく伸びをする。明日、告白するというのに、呑気なものだ。


 僕は、桜口さんとの出会いを思い返した。

 あの日、教室で話しかけてきたオドオドした女の子。小説を書きたいと言う女の子。

 まさか僕が、彼女を好きになるなんて、思いもしなかった。そうだ、なぜ好きになったんだろう?


「時間、かな……」


 いつかの桜口さんの言葉がリフレインする。

 僕たちは、多くの時間を共に過ごした。テーマパークやスノーボード。沢山の楽しみや苦しみを共有した。きっと、だからだろう。

 彼女も、同じことを思っていてくれますように。そんな願いを抱き、僕は眠れぬ夜を過ごした。

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