12:エターナルのお話
昼休み。篠原の机の周りに、いつもの四人が集結する。
「で、一体どうしたのよ健太?」
口火を切ったのは深田だ。彼女の鋭い目つきに、篠原はおののく。
「それが、さ。エタりそうなんだ……」
ああ、このときが来てしまったか。僕は愕然とする。
「エタり、って何かな?」
桜口さんの疑問はもっともだ。これはネット小説用語なのだから。
「永遠、を英語で言うとエターナルだろ? そこからひっかけて、物語が永遠に終わらないことをエタる、って言うんだ」
解説終わり。桜口さんは、興味深そうな表情で篠原を見ている。彼女は言った。
「何でエタりそうなのかな?」
「それがよ。アレン……主人公が何やりたいのか、わかんなくなっちゃってよ」
篠原はぽつぽつと語りだした。
ウケるために、転生とハーレムという要素を詰め込み、走り始めた。
読者の期待に応えて、女の子のサービスシーンを量産した。
主人公とハーレム要員は、全員くっつけることができた。
「その後、一体どうすればいいんだ? 今まではずっと、話が降りてきてたんだ。それが、全く降りてこないんだ」
「無様ね。ゴールを決めないで走り出したから、こうなったのよ」
恋人であるはずの深田が、最も辛辣な言葉をかける。
「小説はマラソンよ。ゴールを決めて、ペースを決める。それで走りきった者が評価されるの」
「オレは、スタートダッシュをしすぎたってことなのか?」
「そうとも言えるわね。ゴールの見えないマラソンなんて嫌でしょう? それなのに、健太はダッシュした。それだけのことよ」
僕は、いつかの体育の授業を思い出していた。桜口さんが、ランニングで倒れた日のことだ。
桜口さんは、最終的には倒れてしまったけど、きっちりと完走することができた。
あれは、初めから周回数が決まっていたから、ゴールがあったからできたことなのだ。
「エタるなんて、あたしは許さない。これを見なさい」
深田はスマートフォンを取りだし、ブックマークリストを表示した。それはいくつかにカテゴリ分けされていて、彼女が表示しているのは「エターナル」というカテゴリだ。
「一年以上更新が無い小説は、こちらに放り込んでるわ。いわば墓場ね。これを見て、あたしがいかに悲しい気持ちになっているか、分かる?」
そこには、僕の知っている小説もいくつかあった。登場人物の設定が良いのに、世界観が緻密なのに、続きがない。
その悲しさは、僕にもわかる。篠原もきっと、わかっている。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ? オレ、好きなのはゆかりだけだからさ。ハーレムなんて、書きにくいよ」
「……ちょ、ちょっと! あたしのせいにしないでよ!」
またもや夫婦漫才が始まった。僕と桜口さんは顔を見合わせて笑う。
皮肉な話だが、篠原は彼女ができたことで、主人公と気が合わなくなってしまったらしい。
一応、僕は解決の糸口を持ち合わせてはいるが、それが篠原に合うかどうかは分からない。
そう思って黙っていると、桜口さんに先を越される。
「アレンさんと、話し合ってみるのはどうかな?」
「は? 小説の登場人物と?」
「うん。わたし、けっこう真面目に言ってるよ。わたしもね、困ったらアスカとお話するの」
「話しかけたところで、返事なんて返ってくるのか?」
「返ってこなかったら、キャラクターを作り込んでいない証拠だよっ」
ほほう、なるほど。それは僕もよくやる手ではある。僕はゆっくりと口を開く。
「あー、篠原はさ、書籍化目指してるんだよな?」
「今は心折れてるけどな」
「じゃあ、書籍化されたときのことを妄想しろ。お前の作った女の子たちの絵が描かれた表紙。踊るキャッチコピー。そしてアニメ化」
「アニメ化って!」
「動いて喋り出すキャラクター。設定のときにはな、声優さんまで決めてる奴もいるんだぞ?」
「オレ、さすがにそこまではしてないわ」
「そしてついに映画化。大スクリーンでアレンのバトルが見れる。パンフレットのデザインまでさあ、妄想だ。これでモチベーションが高まらないなら、妄想力が足りないね」
柄にもなく一気に喋ったので、疲れてしまった。僕はコーヒーを一口飲む。
「まあ、桜口さんの言うことも、上野の言うことも、よく分かった」
「もう一言だけ、いいかしら」
深田は声のトーンを落とす。
「今まで貰った感想、読み直してみたら? 読者の中で、わざわざ感想を書いてくれる人なんてね、本当に貴重なんだから」
「……そうか。オレ、感想を貰えるのが当たり前だと思ってたから。それが、いけなかったんだな」
篠原は、大きく息を吐きだし、目を閉じた後、こう言った。
「お前ら、本当にありがとう。オレ、エタらせないから。時間がかかっても、完走してみせるから」
その日の帰り道。僕と桜口さんは、二人並んで坂道を下っていた。
僕が好きだと自覚した女の子。彼女と二人きり、というのはどうもバツが悪い。
告白する前のユウキは、どうやってこの時期を過ごしていたのだろう。
「ねえ、上野くん。わたしも完走してみせるから、待っててね」
「もちろんだ。といっても、あと少しなんだろう?」
「うん。でもね、ラストシーンの細かい所が決まらないの。構想はばっちりなのに」
「僕もラストは苦労した。でも、今の僕なりに精一杯のものが書けたと思ってる」
僕は桜口さんと二人きりであるという事実から逃れるかのように、無駄なお喋りを沢山した。
それでも、二人きりであることには変わりなくて、僕たちはさながら恋人のように笑い合っていた。
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