11:自覚のお話

 コースからは無事に脱出したものの、桜口さんの体力の消耗は大きく、僕たちは休憩室で休むことにした。

 けれど、桜口さんは言葉少なで、そのまま僕たちは帰路に着いてしまった。

 あれから、始業式までの間。桜口さんは、小説を更新しなかった。




 始業式の翌日。僕は深田に、体育館裏まで呼び出されていた。


「智美がね、ずっと気にしてるのよ。上野くんに嫌われた、ってね」


 始業式の日も今日も、桜口さんは僕と目を合わせてくれなかった。僕もそれを気にしていた。


「僕は別に、嫌ってないよ。だから、そう伝えておいてよ」


 しかし、深田はかぶりを振った。


「改めてあんたから言ってあげないと、そういうのは」

「だから、僕は嫌ってないんだってば」

「じゃあ好きなの?」


 深田の言葉が胸に突き刺さる。「好き」。決定的な言葉を言われると、僕はもう、陥落するしかない。


「好き……だな」

「ふうん、やっぱりね。思ってた通りだ」


 深田は手を後ろで組み、ローファーで石畳を蹴りながらくるりと回る。


「あんたなら、任せられるかな、智美のこと」

「いや、僕はまだ、そういうこと考えてないから……」

「知ってる。スローモーションだもんね。ゆっくり、考えなよ」


 行ってしまう深田。取り残された僕は、一人桜口さんのことを考える。

 そうだ。僕は、桜口さんのことが好きだ。

 けれど、今すぐ思いを伝えるべきじゃない。何故か分からないけど、そう思うんだ。


 僕は桜口さんに、長い長いラインを送った。スノーボードのこと、アクシデントはあったけど、どうか気にしないで欲しいと。

 そして、これからも今まで通りに小説の話をしたいと。

 しばらくして返ってきた返事は、短いけれど、僕の心を満たすには充分だった。




 僕はいつもよりも増して執筆意欲に燃えていた。今ならできる。完結までの道筋が、ハッキリと見える。

 ユウキがチエミに告白をする場所。それは、リョクの卵を拾った森林公園だ。

 彼らはそこを歩きながら、今までのリョクとの日々を回想する。

 そして、大きな風が吹いた後、ユウキはついに言うのだ。「僕の恋人になってください」と。

 チエミは少しはにかんだ後、「ええ、喜んで」と言う。そして二人は、キスをする。


「終わった……」


 ついに、終わった。僕は初めての小説を、書き上げることができた。

 最終章なだけに、妥協は許されない。僕は何度も何度も読み返す。

 そして、「マイスタイル」の小説管理ページを開き、震える手で投稿ボタンを押す。


 完結すると、しばらくは「新着の完結小説」のコーナーに載るので、一気に閲覧数が増える、いわゆる完結ブーストといったことが起きるらしい。

 それは、僕の小説も同様だった。もの凄い勢いで、閲覧数が増加していく。

 僕はこの喜びを、一番最初に誰に伝えようか迷う。考え抜いた結果、僕は例の四人のグループラインに「完結しました」と送る。


「読んだわよ。後でレビュー書くから」


 真っ先に返事が来たのは深田だ。


「読んだよ! 凄く良かった。また学校で感想言うね」


 そして桜口さん。また学校で、との一文に僕はホッとする。

 しかし、いつまで経っても篠原からのメッセージは来ない。既読になっているから、読んでいるはずなのだが。


(まあ、あいつも自分の小説に忙しいんだろ)


 僕は特に気にせず、増えていく閲覧数のグラフを眺め続けていた。




 翌日、僕は真っ先に桜口さんの机に向かった。


「おはよう、桜口さん」

「おはよう、上野くん。小説、おめでとう」

「ありがとう」


 それから桜口さんは、僕の小説をべた褒めしだす。そこまで褒めても何も出ませんよ、というくらい。


「わたしも、頑張らなくっちゃ。上野くんのが完結したのを見て、やる気が湧いてきたよ!」


 拳を握り、瞳に炎を宿した桜口さんは、今まで僕が見たことのない彼女だった。話す度、関わる度に、彼女は様々な顔を見せる。

 そんなところが、「好き」、なのかもしれない。

 

 ふと後ろを振り向くと、篠原はもう登校していて、自分の机に突っ伏していた。

 僕は桜口さんから離れ、篠原のつむじをツンツンと突く。


「やめろよ上野。いまちょっとそれどころじゃないんだ」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「後で話す。昼休みのときくらいに」


 そんな僕たちの会話を、桜口さんと深田も聞いていたようで、みんな怪訝な顔をしていた。

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