10:スノボのお話
結局、クリスマスの夜は家族で過ごした。元々そういうイベントなんだ、恥ずかしがることは無い。
そして、僕は黙々と執筆作業を進めた。ユウキが告白するまでの繋ぎの場面を書いていたのだ。
篠原の小説は、主人公が十八歳になり、バトルが増えてきた。累計ランキングもどんどん上昇中。
桜口さんの小説は、クッキーを作る場面が詳細に描かれていた。小麦粉はふるいにかけながら入れるとか、実際にやらないと知らない情報だろう。
そうこうしている内に、スノーボードの日はやってきた。
早朝。眠い顔をした僕たち四人は、のそのそとシャトルバスに乗り込んだ。
僕たちの荷物は少ない。手袋や帽子、ゴーグルなど、最低限のものは自前だが、あとはレンタルで済ませるつもりだ。
篠原の隣に僕は座り、深田たちとは少し離れているのをいいことに、クリスマスのことを聞いてみる。
「で、何かあったのか? 無かったのか?」
「どういう意味で聞いてるんだ上野。健全なお付き合いだからな。お揃いのネックレスは買った」
そう言って篠原は、プレート型のネックレスを胸元から取り出した。
「いいな、それ」
「だろ?」
篠原め、小説の人気のこともそうだが、どこまでも羨ましい奴だ。
でも、良いのだ。今日はスノーボード。僕が活躍できる数少ない機会なのだから。
シャトルバスから下りるなり、桜口が大きな声を上げた。
「すごーい! 一面銀世界だよ!」
「智美、子供じゃないんだから」
深田は苦笑いをしているが、彼女もまんざらでもなさそうだ。
リフトに乗っているときも、二人の女の子はキャアキャアと騒ぎ合っていた。
「じゃ、あたしが健太を。上野君が、智美を教えるってことでいいわね?」
この中でスノーボード経験者なのは僕と深田だった。桜口さんを教えることについて、異論はない。
「じゃあ、思い切って立ってみよう。さん、にい、いち、それ!」
「きゃっ!」
桜口さんは、一発目から盛大にコケた。まあ、予想の範囲内である。それから僕は、のんびりと授業を進めた。
何も急ぐことはない。時間はまだまだある。
「おおっ、オレ凄くない?」
「健太! 調子乗ってるとぶつかるわよ!」
目線を下に移すと、はるか遠くに篠原と深田の姿が見える。篠原は筋がいいらしい。
「ご、ごめんね。わたし、足をひっぱって……」
「いいんだよ。ほら、もう一度やってみよう?」
桜口さんは、ゆっくりだけど着実に、滑れるようになっていった。
たっぷりの時間をかけて、下まで降りた僕たちは、一度昼食を採る。
「次は中級に行かないか?」
チキンを頬張りながら、篠原がそう提案する。
「そうね。スノボって、転びながら身に着くものだし。基礎ができたのなら、行ってもいいとあたしは思うわ」
深田も同じ意見だ。それは僕もなのだが、桜口さんが一人、不安な顔をしている。
「大丈夫だよ、桜口さん。みんながついてるから」
「うん、そうだよね」
僕は、本当に言いたかったことを飲み込むかのように、ホットコーヒーを飲み干す。
本当はさ、僕がついてるから、って言いたかったんだ。
中級コースにやってきた僕たちは、さっそくそれに挑戦し始めた。
たどたどしい動きだが、桜口さんは僕にしっかりと着いてきてくれていた。
しかし、程なくして、後ろから悲鳴が聞こえだした。
「きゃあ! 止めて、止めて!」
桜口さんのボードは、コースを外れ、別の脇道へと入り込もうとしている。まずい。
「今行くから!」
僕は桜口さんを猛スピードで追いかける。しかし、彼女は止まることなく、脇道のカーブにあった雪の塊にめり込んでしまう。
「桜口さん!」
ようやく追いついた僕は、桜口さんを抱きかかえるようにして雪から引っ張り出す。
「ごめんなさい! わたしったら、迷惑かけてばっかりで」
「大丈夫だよ。それより、これからどうしようかな……」
僕たちが今いるのは、どうやらクロスカントリー用のコースであった。坂がゆるく、スノーボードを滑らせるには向かない。
元のコースに戻ることも考えたが、高低差がありすぎて登るのは困難だ。
「よし、歩いて降りよう。そうするしかない」
僕たちはスノーボードを抱え、歩き出した。
「本当にごめんね。わたしがグズだから……」
ゴーグル越しでも判る。桜口さんは泣いている。こんなこと、僕は何とも思っていないのに。
「いいんだよ。大丈夫だよ」
そんな貧困な語彙しか持ち合わせていない自分に腹が立つ。小説を書くときなら、もっと上手く言えるかもしれないのに。
「さ、頑張ろう?」
僕は桜口さんの手を取る。それは手袋越しだったけれど、彼女の繊細さが伝わってきたような気がした。
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