08:告白のお話

 季節は移ろい、冬休みが近くなってきた。ということは、定期テストも近い。僕が小説に割ける時間は短くなりつつあった。

 それでも少しずつ話は進んでいて、ユウキがチエミへの恋心を自覚するところまで来た。

 篠原は相変わらずの毎日更新。勉強しているのか、こいつ。

 桜口さんの方はというと、近況報告に「テストのため更新停止します」との文字を掲げている。律儀である。




 テストを数日後に控えた日の放課後。僕は篠原とファーストフード店に来ていた。

 篠原はよく食べる。その日もハンバーガーを五つも注文していた。僕はハンバーガーとポテトのセットで精一杯だ。


「はあ、なんでテストなんかあるんだろうな」


 篠原のぼやきに、僕は面白味のない返事をする。


「そりゃあ、学生だからだ」

「わかってるけどよお」


 篠原は口いっぱいにハンバーガーを頬張る。どこまでもよく開く口だ。


「もし、オレの小説が書籍化されたらさ。印税入ってきて、楽に人生過ごせるのにな」

「篠原、書籍化狙ってるの?」

「当然だよ。自分の小説に表紙絵がついて、本屋に並ぶんだぜ。それって最高じゃないか。あーあ、どこか拾い上げてくれないかなあ」


 僕はどうだろう。正直、書籍化やプロといったものに興味は無い。好きなものを、確実に書くことができたら、それでいいと思う。

 それに、スローモーションな僕は、きっと出版社とのやりとりに向いていない。そんなエッセイを読んだことがあるのだ。


「とまあ、上野。今日はそんな話をしにきたわけじゃないんだ」


 気が付くと、篠原は五つのハンバーガーを全て平らげていた。


「じゃあ、何の話だよ?」

「えっとな、上野。その、オレさ……」


 篠原がもじもじしている様子はどうにも気持ちが悪いが、僕は急くような人間じゃない。黙って彼が本題に入るのを待つ。


「深田に、告白したいんだ」

「ええっ!」


 さすがの僕も、これには驚いた。二人の仲がいいことは分かっていたが、まさか本気だったなんて。


「本当は、校外学習のときから、いいなって思ってたんだ。でも、もし失敗したら、四人の仲が崩れるんじゃないかと思って、こわくてよ」

「篠原、僕たちのことまで考えてくれてたんだな」

「当たり前じゃないか。オレは、今までみたいな関係をずっと保ちたい。でも、深田のことも好きだ。もう、わかんなくなっちゃってよ」


 篠原は、両手でわしゃわしゃと髪の毛をかく。


「大丈夫だよ、篠原。仮に失敗したって、深田は今まで通り接してくれる。そのくらい、大人な女の子だろ、あいつは」

「そうかな? オレ、告白しちゃってもいいかな?」

「おう、頑張れよ。僕は応援するよ」


 そして篠原は、テストが全部終わった日に、深田に告白すると僕に約束した。




 テストが終わった日。僕は家に帰るとすぐさまパソコンを開いた。

 しばらく見ていない内に、閲覧数とブックマーク数は伸びている。物語も終盤に近い。ネットの向こうの誰かが応援してくれていることを想像しながら、僕はキーボードを叩く。

 場面は、いつも通りユウキがチエミを待っているが、中々来ないので、心配しているというところ。

 実はチエミは暴漢に襲われて車に乗せられており、それに気付いたリョクがチエミの所へ飛んでいく、といった筋書きだ。


(ここではまだ、ユウキはチエミの危機を知らない。チエミへの恋心をどうするのか、自問自答する心理描写を入れよう)


 自問自答といえば。篠原も、僕が知らない内に、深田への想いをつのらせていた。きっと、様々な葛藤があったのだろう。

 僕は時計を見る。二人で喫茶店に行くと言っていたから、そろそろ告白をしている頃だ。

 他人のことなのに、僕は緊張してしまう。報告の電話が待ち遠しい。


(いかん。今は執筆中だ)


 僕はぶんぶんと頭を左右に振り、画面に集中した。

 篠原からの報告があったのは、それから三時間後のことだった。


「上野。告白、成功したぞ」

「おおっ。おめでとう」


 僕はスマートフォンを充電ケーブルに繋ぎ、ベッドに寝転がりながら篠原の話を聞く。


「早速、下の名前で呼び合うことになった。聞いても笑うなよ?」

「笑わないって」

「それと、クラスの奴らにはオープンにするつもりだから」

「まあ、今でも充分、仲がいいことは知れてるけどな……」


 校外学習の後から、二人は付き合っているのかどうか、散々聞かれていた。

 僕と桜口さんは、目撃談が無かったのか、話の的にはなっていない。

 そうだ、桜口さんは、このことを知っているのだろうか。


「桜口さんには言ったの?」

「深田……いや、ゆかりから話すって。びっくりするだろうな、彼女」


 テスト期間が始まってから、僕はあまり桜口さんと話していない。真面目な彼女は勉強に集中したいだろうからと、距離を取っていたせいもある。

 篠原との電話を終えた僕は、桜口さんのユーザーページを開く。すると、「サクラ」の近況報告が更新されていた。


「テスト期間が終わったので、更新再開します。たいへんお待たせいたしました」


 簡潔だが、桜口さんらしさが伝わってくる文章だ。ページをスワイプすると、コメントもついている。どうやら彼女は、固定ファンを獲得していたらしい。

 僕は近況報告をあまり書かないのだが、こうしてコメント覧で読者さんと交流ができるのなら、書いておけばよかったと今さら思う。

 まあ、書かないスタイルっていうのも悪くはないか。僕は自分を納得させた。

 そのままゴロゴロとベッドに横たわっていると、桜口さんからラインが届く。


「ゆかりちゃんと篠原くん、付き合ったんだってね。おめでとうだね!」


 そんな文言と、ニャンティが目をハートマークにしたスタンプが送られてきた。


「二人のこと、これからも応援してやろうな!」


 桜口さんは、文章を打つのが速い。既読がついたかと思うと、瞬時に返信がくる。


「これからも、四人で仲良くしようね!」


 僕は、その言葉に胸が温かくなる。これからも、四人で。桜口さんも、僕と同じことを望んでいるのだと思うと、叫びだしたいような気持ちになった。

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