07:観覧車のお話

 ショーが終わり、僕と桜口さんは観覧車の中にいた。これが最後のアトラクションだ。

 もう、日が傾きかけている。これが終わり、買い物をしたら、校外学習は終わる。


「集合時間に間に合うようにしないとね」

「そうだな」


 向かい合った僕たちは、そのまま会話を無くしてしまう。先ほどのショーのこと、他のアトラクションのこと、話せることは沢山あるというのに。

 それで僕は、二人の共通点――小説の話を始めてしまう。


「桜口さんの小説、いいところまで進んでるね」

「うん。マモルが亡くした恋人のことを語るシーン、自分で書いてて泣けてきちゃった」


 僕は、桜口さんが小説を書いている様子を想像する。主人公が笑えば、彼女も笑い、泣けば彼女もそうするのだろう。


「あとは、アスカがどう乗り越えるかだね」

「それなんだけど、わたし、迷ってて」

「というと?」

「わたし、恋をしたことが無いの。だからそもそも、恋愛小説なんて書けるのかな、書く資格なんてあるのかなって」


 桜口さんは、指を組み合わせ、俯く。その迷い、僕にも解る。


「僕だって、恋をしたことが無い。それに、竜だって育てたことは無い。篠原だって、転生したこと無いだろ?」

「それはそうなんだけど」


 ふうっ、と息をつき、桜口さんは僕の目を射抜く。


「恋の経験がない私が書く小説なんて、説得力が無い気がするの。ただの妄想だって、叱られないかな?」


 桜口さんは、いつだって真剣だ。僕は言葉を選び、そして口にする。


「いいんだよ、それで。物書きは、妄想を食い物にして生きてるんだから」

「……あははっ」


 しまった、慎重に言ったつもりが、何故か笑わせてしまった。僕は頬をかく。


「それ、いいね。妄想が食べ物、かあ」

「そう。もちろん、経験に裏付けられた小説の方がリアリティはある。取材したり、実際に体験したりして、現実味を出すのが一番だ。けれど、僕たちはまだ高校生。限界があるんだよ」


 これは、僕が日ごろ感じていたことでもある。高校生の僕に、プログラマーを主人公とした職業小説はとてもじゃないけど書けない。

 けれど、これでいいんだ。分からないなりに、想像を膨らませて。それでできる小説があったって、良いじゃないか。

 それが今、僕たちが書ける精一杯なのだから。


「だから桜口さん、書く資格が無いなんて言わないで。僕たちには、今しか書けない小説があるはずなんだ」

「そうだね、ありがとう上野くん」


 観覧車を降りた僕と桜口さんは、揃いのニャンティのキーホルダーを買った。

 篠原と深田は、集合時間ギリギリに走って戻ってきた。




 帰りのバスの中で、篠原は延々とジェットコースターの素晴らしさについて語った。

 ふと通路越しに桜口さんと深田を見ると、彼女らは疲れて眠っているようだった。


「それでな、聞いてるのか上野!」

「あー、はいはい」


 僕は篠原に肘打ちをされる。


「深田と言ってたんだが、今度は四人で遊びに行こう」

「ああ、いいよ。結局、昼以外は別行動だったからな」


 何だかんだ言って僕は、この四人の関係性を心地よく思っていた。小説という繋がりを持った四人。きっと、大人になっても忘れられない関係になるはずだ。

 僕が物思いにふけっていると、篠原はスマートフォンで「マイスタイル」をチェックしていた。


「ケーラちゃん、やっぱり評判いいわ」

「えっと、クーデレの獣人だっけ?」

「そうそう。この子のサービス回が必要だな。シャワーシーン、作るか」

「よくポンポンと思いつくな。篠原は羨ましいよ」


 僕もスマートフォンを取りだし、同じようにホーム画面を確認する。


「おおっ、久しぶりに感想きてる」

「何だって?」

「……ヒロインに魅力がない、とな」


 あからさまに落ち込む僕の頭に、篠原はぐりぐりと拳をぶつける。


「そんなの気にすんなよ。オレも、批判されることは多いぜ? 特に、深田からな」

「ありがとう。リアルでそう言ってくれる奴が居なかったら、更新停滞するとこだった」

「上野は上野のペースで進めばいいさ。例えゆっくりでも、読んでくれている奴は居る。オレもその内の一人だ」


 篠原は親指を自分の顎に向け、歯を見せて笑った。


「そうだ、桜口さんと話してたんだけど……」


 僕は、観覧車での会話を篠原に説明する。桜口さんが、恋愛小説を書く資格が無いと悩んでいたということを。


「そっか、真面目だなあ桜口さんは。オレ、そういうこと考えたことなかった」

「そうなのか?」

「おう。だってオレも恋愛なんかしたことないし? ハーレムはまさに妄想だ、夢だ。それだけで突っ走って書いてるんだよ」


 何度も思っていることだが、やはり僕は篠原が羨ましい。僕の悩みを軽く飛び越えてくれる。才能ある、ってこういうことなのかな。


「上野、これからもじゃんじゃん書いていこうぜ」

「うん、そうしよう」


 そして僕たちは、バスが学校に着くまで、小説談義を続けていた。

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